第7話 異世界の自分への手紙
風待の言っている事がよく分からない、とりあえず、私が行くのはいつもの教室ではないみたいだ。特別クラスって何かお仕置きでもされるのだろうか、一体、この異世界の私は何をしでかしたんだろう……。
科学視聴覚室に入ると、数学の西脇先生が外国人と二人で談笑していた。西脇先生が英語を話せたなんて、びっくりだ……。
「おはよう、炎堂明日菜さん、こちらがマーク・フラーミル先生だ、炎堂さんは英語大丈夫でしたよね?」
「え? 英語大丈夫? どういう意味ですか?」
と、理解できる前に、外国人のおじさんが英語でまくし立ててきた、なんだか、えらく興奮している、金色のあごひげって初めて見た。ふわふわして柔らかそう……キャラメル味の綿菓子があったら、こんな感じかな?
「ああ、失礼、興奮してしまってね、ここは日本だから、日本語で話そう、僕は数学者のマーク・フラーミルです。君に会えるのを楽しみにしていたよ」
「?」
「どうしたの? 炎堂明日菜さん、具合でも悪いの?」
「先生、こいつ朝から変なんですよ、なんだかボーっとしていてですね、それで、僕が連れてきてあげたんだ、あの、西脇先生……僕もここにいていいですか?」
「もちろんさ! 僕も日本の中学生の話が聞いてみたいよ、いいでしょう西脇先生」
「そ、そりゃ、フラーミル先生がそう仰るなら……数町君、くれぐれも、粗相のないように……」
「やったぁ! ありがとう、マーク!」
「こ、こら!
「いいんですよ、僕らは今日から友達だ! KAZUMA!」
「いいぇーい!」
なんだか、勝手にみんなが盛り上がっている中、私は放心状態だ。なんだかよく分からないが、このワタアメヒゲおじさんと一緒にいなければならないらしい。何の罰かは分からないけれど、一体何をされるんだろうか。
「さて、アスナ、僕がここに来た理由を説明しておかなきゃならない、もちろん、知っていると思うけど、一応決まりなんでね」
ワタアメヒゲは笑顔でウインクした。えらく流暢な日本語を話す人だ。
「ここへ来たのは君も会員になっている、世界新鋭能力者会議の能力伝達プロジェクトの一環だ。ま、簡単に言うと、来月開催される世界数学オリンピックで、君にゴールドメダルをとってもらうために派遣されたわけさ」
「世界……能力者……オリンピック!? そんな! 無理無理無理無理! 私、そんなのマジ無理です!」
「OH! アスナ、大丈夫、君の数学能力の高さは、世界中に知れ渡っている、あとは気持ちの問題さ、僕はそのために来たんだ! だから安心してね。会議メンバーが実績を重ねて、世界のイニシアティブをとって行く為なんだから、遠慮なく何でも話しておくれ」
「気持ちとかそんなんじゃなくって……私、こんな世界知らないよ、何でこんな事に?」
「HAHAHA! こんな世界知らない……か、アスナは面白い事言うね。でもね、世界は知らない事ばかりだ、新しい何かを知った時点で、その世界は新しい世界に生まれ変わるんだよ。この世界が、どの世界なのかって事は重要じゃない、重要なのは、自分が何をしたくて、何を知って、どう変えて行くのかって事さ」
「……難しいよ」
「難しく考える事じゃない、感じるんだ。新しい事を知る喜びを、ただ、感じればいいんだよ」
「感じる……」
「そう、出来るだけ沢山ね……」
「できるだけ沢山……ああああ、やっぱダメ……鳥居なんかくぐってこなければ良かった……」
「――アスナはトリーを知っている……のかい?」
「は? 逆に、おじさんは鳥居なんか知ってるの? やっぱり日本に住んでたんだね、じゃないと、なかなか神社の鳥居なんか知らないよね」
「神社……ShrineのToriiか……なるほど……興味深い話をありがとう」
この世界では、どうやら私は数学の能力がすごく高くて、数学オリンピックに出る事になっている、そして、世界なんたら能力者会議のメンバーで、何か実績を残さないといけないって事らしい……。あれからワタアメヒゲおじさんといろいろ話をして、今日の学校は終わってしまった。風待は興奮しっぱなしで楽しそうだった、お気楽なもんだ。
「いやー今日は楽しかったな! 炎堂、お前のおかげでマークと友達になれたし、ありがとう!」
「気楽でいいねぇ、私は数学オリンピックなんて、気が重いよ、て言うか、無理だよ」
「いいじゃないか、マークも言ってたろ? 何でもやってみりゃ、新しい何かに出会えるんだろ? 何でもやってみたらいいじゃんか、せっかくチャンス何だから」
「何がチャンスよ! ピンチだよ」
「なるほど、わかった」
「何が?」
「ピンチはチャンスだって、こう言う事なんだな」
「……?」
「今まで、チャンスってやつに出会った覚えは無いと思っていたけど、実は、出会ったチャンスの事を、俺がピンチだとしか思えなかっただけってことか……」
「何偉そうな事言ってんのよ、こっちはそれどころじゃ無いよ!」
「まあ頑張れよ……。あ、朔夜……。お、おい炎堂……朔夜がいるぞ……」
「明日菜……帰るわよ」
「う、うん……」
「なんだ、お前ら最近復活したのか? 良かったな、朔夜は明日菜の事、もう解決したんだな」
「解決って何の事?」
「え? だって朔夜がいじめられるきっかけになったのは明日菜なんだろ?」
一瞬、三人の間に静寂が訪れた。
「風待……それ、どう言う事? 詳しく聞かせて!」
「あれ? 何かまずい事を言ったっぽい? まあ、しょうがないか、詳しくは本人に聞けよ、じゃあな!」
「あ、風待……逃げやがった……。ねぇ、朔夜、さっきのはどういう意味?」
「さあ……この世界で何があったかは知らないわ、とにかく、もう帰ろう」
「う……うん……」
私と朔夜は、いつものように神社の鳥居から元の世界へ戻った。今日も私は着地に失敗し、朔夜は成功した。
「いたーい、おしりが腫れちゃうよ……もう、いい加減なれないかなぁ、朔夜は何でそんなに上手なわけ? まったくもう……」
「なかなか上手くいかないわね……」
「本当よ、もう…」
「違う! あなたのお尻の話じゃないわ! 何故、私はいつもと変わらない最悪の世界ばっかりなのに、明日菜にはいい世界ばっかりなの? 何で……」
「そ、そんな事ないよぉ、数学オリンピックとかに出されるところだったんだよ!」
「もういい……今夜も、必ず来てね……」
◇
今日は白壁の抜け穴ではなく、玄関から家に入った。なんだか、この頃、抜け穴を通るのがデフォルトの様な気がしてきて、ついつい裏へまわろうとしてしまう。
「おい、明日菜、何で俺を起こさないんだ?」
「大毅兄ちゃん……今日は学校行ったんだ」
「毎日行ってるさ……まあ、ほとんど授業は終わっているけれど……」
「何それ?」
「それより、お前、最近どうしたんだ? いろいろ聞いたぞ」
「いろいろって何?」
「まず、柏木の事だ……付き合う事になったんだって?」
(え? そ、そうか、この世界では昨日から柏木先輩と付き合う事になっていたんだった。何だか、もう、フラれて終わってしまった様な気がする……いろんな世界を行き来すると混乱するなぁ)
「えーっと、そうみたい」
「そうみたいって……俺に相談もなしに……まあいい、それから、数学のテストで百点取ったって?」
「は?」
「は? じゃねーよ、でも、まあ、いい事だ。何時の間にか猛勉強してたんだな。工学博士とバイオ研究者の娘なんだから、やればできるんだ。やっと、お前も目覚めてくれたんだな、良かったよ」
「百点? そんなの知らないよ!」
「知らない? そりゃそうだろう、採点した俵先生から今日直接聞いたんだら――俺の中学の時の担任で、数学部の顧問だったから、今でもグループチャットでたまにやり取りしてるんだよ、それで全学年でたった一人、お前の妹が百点取ったぞって、何があったんだ? って連絡が来たわけだ」
(私じゃない……いや、私なんだけど、入れ替わった異世界の私……)
「それで、お前を数学部に入れるって息巻いてたぞ、目指すは数学オリンピックだってな」
「はあ、そうですか……」
(何だか、異世界に行くたびに、何かしら影響をもらって来てしまう……このまま続けたら、この世界はどうなってしまうのだろう)
「大毅お兄ちゃん……実はね……ううん、やっぱりいいや」
「何だよ、話せよ」
「言っても信じないよ」
「それは、俺が決める。俺が信じるかどうかを、お前が決めるな」
「なるほどね……じゃあ、言うわ。実はね、私、天神様の境内から異世界に行って来たの、そして、入れ替わって異世界から来た私がテストで百点取ったのよ。信じた?」
(さあどうだ! 信じてみろ! バカ兄貴!)
「信じない」
「なによ、やっぱり信じないんじゃん、言って損した」
「信じる為には情報が足りない、かと言って、そんなウソを改まってつかなければいけない理由も見当たらない。信じてはいないが、ウソだとも思っていない。それに、そんなに信じて欲しいという気持ちも感じない」
「まあ、そうね、信じてもらわなくても、差し障りないよ」
「だろ? だから、この件は保留と言う事で……」
「なんか、よくわからないけど、いいわ、そう言う事で……」
「とにかく数学部へは入れよ」
「明日は異世界に行くから、代わりに来た私にもう一度言ってくれる?」
「ああ、そう言う事になるのか、めんどくさいな……おまえ、自分で一筆書けよ」
「はあ? 何て?」
――異世界から来た私へ
数学部に入る事になっているから、入部してください。
「拇印も押しとけよ」
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