第6話 ガーン

 今日も異世界へ行くことになるのだろうか……この橋を渡って、まっすぐ行けば天神様の目の前だ。


(やっぱり、今日はすんなり白壁の抜け穴を通れた……昨日の異世界では、どう言うわけか穴の大きさが少しだけ小さかったんだ……そんな、ちょっとだけ微妙に違う世界が存在するなんて……不思議……)


 真っ暗な細いあぜ道は、ちょっと怖いけれど、異世界の事について考えていると、それも忘れてしまう。ゲコゲコと鳴くカエルの大合唱も、今日はクラシックのBGM程度にしか聞こえない。

 もう、十二時になる頃だ、朔夜はもう、来ているのだろう。


 念願の柏木先輩の彼女になれただけで、なんだかもう満足だ。デイズネイルランドには、いつかは行って見たいけれど、今はお腹いっぱいな気がする。

 次の世界はどんな事になっているのだろう? もしかしたらお姫様になっているかもしれないし、映画スターになっているかも知れない……こんな私でゴメン!


 まだ見ぬ、ファンのみんなへの謝罪の言葉を考えながら、昨日と同じように階段を駆け上がると、やっぱり朔夜は先に来ていた。鳥居の真下で腕を組んで仁王立ちしている。

 鳥居の柱に隠れて待っていた初日の様子とは全然違う……もしかしたら、この朔夜は異世界の朔夜ではないだろうか……まさか、でも、それぐらい違う……何だか怖いぐらいに。


「待ってたわ。もう零時を過ぎたよ。早く行こう」


「朔夜……朔夜はどんな世界に行きたいの?」


「そ、それは……どんな世界だっていいのよ、この世界でなけりゃ……」


「どんな世界だって? だったら昨日行った世界でも良かったんじゃない?」


「……もう行こう、その話はいつかする……その時が来たらね」


 そう言うと、朔夜はまた、呪文を唱えた。今度はそば耳をたたて聞いた。確かに通りゃんせの歌を歌っている……でも、異世界からの帰りに歌っていた歌とは違う様な……と、思った所で、例によって大きな穴が足下に現れて二人を飲み込んだ。今度は着地も上手く行く、だってもう、三度目何だから……。


「あいったぁ……失敗したぁ!」


「境内には変化はないようね……家に帰って何が変わったか確かめよう」


「朔夜は着地が上手だね! すごいなぁ、私の方が運動神経良いと思ってたのに……あいたたた」


 朔夜は少し嬉しそうな顔をしたが、直ぐにその表情を曇らせた。何か、笑顔ではいけない理由でもあるのだろうかと疑ってしまう。

 今日も白壁の抜け穴を通ってみた。今日の穴は小さくない。家の様子も、周りの景色にも何も違いはないようだ。明日を楽しみにして、その日の夜は眠りについた。



 何の変哲もない通学路をいつものように歩く。柏木先輩が道の先にいるのが見える、の二人の関係はどうなんだろう? もとの同級生の妹のままかな? だったら試したいことがある……。


「柏木先輩! おっはようございます!」


「あれ? 明日菜ちゃん、大毅はまた寝坊かい?」


「私の事、呼び捨てにしないんですか?」


「え? そうだね、呼び捨てにした事はないね、何でだい?」


(どうやら彼氏と彼女ではないらしい……じゃあ、例の奴を試してみよう、いひひ)


「昨日の夜、目が覚めたら神社の境内にいたんです」


「え? どうしたの? 大丈夫だったかい?」


「分かりません、私、どうかしちゃったのかもしれません……きっと、毎日の生活のストレスなんです! 解消しないと!」


「そうか、明日菜ちゃんはそりゃ大変だろうね……僕にできる事があったら何でも言ってね」


(きたきた、えーっとなんだったっけ?)

「じゃあ、デイズネイルランドに連れて行って下さい!」


「え? デイズネイルランド? 僕がかい?」


「そうに決まってます!」


「嬉しいけど、僕でいいのかな?」


(ここだ! いくぞ!)

「柏木先輩! いい加減にしてください、さっきから調子をあわせてあげてたらいい気になって……柏木先輩が私を好きだから、私に付き合う、私を好きだから、私がストレスで夢遊病になってしまったのを心配する、私を好きだから、心配してデイズネイルランドへ連れていく! わかった?」


(キマッタ! これで、柏木先輩は私のとりこ……)

「……ありがとう、でも、やっぱり僕じゃ力不足だよ、明日菜ちゃんみたいに、これからの日本を背負っていくような人を僕の一存で連れまわしたりはできないよ」


「は? これからの……日本?」


「じゃあ、なんだか様子がおかしいから、放課後、ここで待っていてあげるね、じゃあね」


(そ、それ……私が言う予定のセリフ……)

「か、柏木先輩? あ、あれ? 行っちゃうんですか? え? おーい……」



 ガーン


 頭の中で何かが鳴った。


「よう、炎堂! 今日も元気そうだな!」


「風待……これが元気そうに見える? 逆だよ、最悪、ガーンだよ」


「ガーン……なにそれ? ところで今日、マーク・フラーミルが来るんだろ? すげーな!」


(何言ってるの? そんな事より、大失敗だよ……こんな世界、来るんじゃなかった……せっかく、柏木先輩と恋人同士になれたのに、また振り出し……というより後退……いや、これってふられたんじゃない? 優しく、やんわり、ふられたんだ! 私……)


 ガーン


「そ、そうね、よかったね……」


「そうねって、おまえ……さすがだな、世界的数学者が来るっていうのに『そうね』って……ありえねぇ」


「うん、もういいの、何がどうでも……私は終わったの、いろいろなものが、今、終わったのよ」


「へー、なんだかわからないけど凄いなぁ、ところで、もうすぐ教室に着くけど、いいのか?」


「なにが?」


「いや、今日は、特別クラスだろ? へ行くんだろ?」


「なにそれ?」


「なにそれって……なんだ、ねぼけてんのか、しょうがないな、俺が連れて行ってやるよ、マーク・フラーミルも見てみたいし……こっちだ、こっちこい」



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