第4話 ひとつ目の異世界 ~柏木先輩と付き会っている世界~
「え? あれっ? 穴に落ちたんじゃなかったの?」
尻餅をついて、痛いお尻をさすりながら辺りを見回した。確かに穴の中に落ちたと思ったが、ただ転んだだけだった。隣には朔夜が地面にペタンと女の子座りをして、ぼうっとしている。
「朔夜! ほら立ってよ! もう帰ろう、いつまでもこんな所にいたくないよ」
「え……うん」
私が腕をつかんで立ち上がらせると、朔夜はキョロキョロと周りを見回して頭を掻いた。きっと異世界へ行けると信じ込んでいたんだろう、気の毒だけど、世界は何も変わっていない。暗い茂みが神社の境内を覆っていた。呆然としたままの朔夜を家までさっさと送って行った。
私は暗い夜道を一人で家に向かって走った。朔夜の家は、近いとは行っても歩けば十分はかかる。夜中に女の子一人でとなれば、かなりの距離だ。やっとの思いで、家の前に辿り着くと、脱出に使った白壁の穴を、今度は侵入に使おうと頭を突っ込んだ。
「あ、あれ?」
穴を通り抜けるつもりが引っかかってしまった。
「気が付かないうちに太ったかな……? いや、そんなはずはないよね、何にも食べてないもん、外に出ている間……」
私は、小さくなってしまった壁の穴に釈然としないながらも、その日はぐっすりと眠った。きっと、疲れていたんだ、境内までの階段を駆け上がったから……。
◇
「柏木せんぱぁぁぁぁぁい、お早うございますぅぅぅぅ」
今日も大雅兄さんが寝坊してくれたおかげで、柏木先輩と二人きりだ。家にいない両親に感謝、寝てばかりの兄に感謝。
「やあ、明日菜、あれ? 大毅は? アニキは遅刻かい?」
「ソーなんですよ、本当にダメな兄で……柏木先輩の爪のアカでも飲ませたいぐらいですよ」
「ぷっ、それを言うなら、『煎じて飲ませる』だろ? いくらなんでも、そのまま飲ませたら可哀想だよ」
「先輩、昨日もこの話しましたよね、あはは、おっかしぃぃぃ」
「え? 明日菜、何言ってるの? 昨日は大毅と三人で学校へ行ったじゃないか、それに、僕の事先輩だなんて呼んで……何かの遊びかい? 明日菜は相変わらず面白いな」
(――え? そんなはずは……)
「なんだい? そんな、柿をぶつけられた蟹みたいな顔して……まあいいや、今日もいつも通り、中学校まで送って行くよ」
「は? 送ってくれるんですか? それに、明日菜って呼び捨て?」
「今日の明日菜は何か変だな? 付き合ってるんだから、呼び捨てぐらい、いいだろう?」
「つつつつつつつつ……付き合ってる? 私が? 柏木先輩と?」
「何を今更……ほら、もう、中学校に着いたよ、また、放課後ね」
「は、はいっっ!」
高校へ向かう柏木先輩の背中に向かって手を振りながら、この
「朔夜! ねえねえ! 何だか知らないけど、先輩が私と付き合っているって言うの! どうゆうこと? びっくり!」
「ふうん……そう言う世界なのね……」
「そういう世界? それってもしかして、昨日の話、まだ言ってるの? そんな訳ないでしょう? そんな事、起こりっこない!」
「そうかしら……じゃあ、先輩があなたと付き合っていることはどう説明するの? 先輩に何かした? 何か言った?」
「そ、それは……」
「でしょう? 信じられないかもしれないけど、それが、最も合理的な解釈よ……でも、私は――私の世界は何も変わっていない! 辛かったあの世界と何にも変わらない! 何で明日菜ばっかり……」
一瞬、睨まれた気がして背中がゾクッとした。朔夜がこんな顔をするなんて……なにか、邪悪な何かに取り憑かれでもした様な、私の知らない朔夜がいた。
「もう帰ろう」
「は?」
「行くよ!」
「ちょっと、ちょっと……そんなに引っ張らないでよ! 学校は!?」
「そんなもの、どうだっていいわ」
「朔夜……」
何だか今日の朔夜は怖い……いや、私は最近の朔夜を知らないんだ、昨日、久しぶりに話したそれ以前は、朔夜に何があったかなんてわからない。何かが彼女を変えてしまったのだろうか。
朔夜の迫力に押し切られて、遂に神社まで付いて来てしまった。境内までの階段を上がり、鳥居をくぐった。
「さあ、準備はいい?」
「準備って何があるのさ」
「多分……また、昨日みたいになるよ」
「昨日?」
聞き返しているうちに、朔夜は何やらつぶやき始めた……歌っている様だ。これは、通りゃんせの歌? 小さな声だから良く聞こえない。
「ほら! 身構えて!」
朔夜が叫ぶが早いか、ぐらりと揺れたと思うと、足下に大きな穴が空いた。昨日は暗くてよく見えなかったが、今日ははっきりと見えた。確かに、地面に大きな穴が空いている。そして、昨日と同じ様に、二人とも穴の中に落ちてしまった。
足場を失って、宙に浮いた足をばたつかせながら、上を見上げれば、小さくなっていく穴の入り口が明るく光っている。穴がどんどん小さくなり、真っ暗になった途端、お尻に大きな衝撃が走った。
「痛い!」
昨日と同じ痛みだ。そして、昨日と同じ様に尻餅をついていた。朔夜は……上手に着地した様だ。
「また、今日の零時にここで待ってるわ」
それだけ言うと、朔夜は一人で神社の階段を降りて行った。
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