第3話 通りゃんせの二番の歌詞
朔夜はなぜ天神様の境内に私を呼び出したんだろう……しかも、こんな夜中に……。
「朔夜……一体どうしたの? しかも、こんな時間に、こんな所で……」
「この時間に、この場所じゃなければならないの、でなければ行けないの」
「行くって……そうそう、どこへ行くの? 出かけるなら、もっと……ゲームセンターとか、コンビニとか……街の方で待ち合わせればいいのに、なんだか呪いでもかけるのかと思ったわよ」
「ふふふ、呪い……ちょっと近いかもね」
朔夜は楽しそうに笑った……勘弁して欲しい、いくら朔夜のお願いでも、誰かに呪いをかける手伝いなんかまっぴらだ。いつの間にかオカルト女子に成長してしまったのだろうか。
「やめてよ……もう、帰るよ、そんな事言うなら……」
「ごめんごめん、実は呪文を唱えるの……異世界に行く為の」
「異世界に? どういうこと? やっぱりオカルトJCになっちゃったの?」
「――私……いじめられているの……知っているでしょう?」
私はゴクリと息を飲み込んだ……やっぱりそうだったのか、たまに見かける朔夜は、誰かと一緒にいても楽しそうにしていた試しがない……それに、今朝、上履きを履いていなかった事も気になっていた、もしかしてと……。
「何で朔夜がいじめられなくちゃいけないの? 私、協力するよ、一緒に先生に相談しに行こう」
「ううん、必要ないの、実はね、図書館でこの本を見つけたの」
支離滅裂だ――私と朔夜の会話は全くかみ合っていない様に見えると思う……でも、そんなものだ。人の会話なんて、はたから聞いてたら、飛びまくって訳がわからない。成立している会話になんか、そうそうお目にかかれるものではない。
もちろん私は釈然としていないのだけれど、いじめられていると朔夜の口が話すのだから、聞かなければならないのだと肌で感じた。
スマホのライトで照らされた朔夜の右手には、風土記と書かれた古い本があった。
「この中にね、見つけちゃったの、ほら、昔話に、『神様が現れて、村のみんなに野菜やお米の作り方を教えてみんなを幸せにしました』って話があるの知っているでしょう? 」
「ああ、あれね、『天神様の言う通り』ってお話だよね、おばあちゃんから小さい頃に聞いたよ。うちも古い家だから、そんなお話はいっぱい聞いたよ」
「そう、それ、私も明日菜のお婆ちゃんに小学生の頃に聞いたんだよ、それで、思ってたの。神様はどこから来たんだろうって」
「お話では、いきなり村人の前に現れたんだよ」
「違うの、どこに現れたか、じゃなくて、どこから来たのかってことよ……そして、この本に書いてあったの、その答えと、方法が」
「方法? 何の?」
「だから、異世界に行く方法よ」
「まさか、そんなの本気にしてるの? おとぎ話だよ? その為にこんな時間にこんな所に呼び出したの? いい加減にしてよ、どうかしてるわ」
「そう……どうかしちゃったのかもしれないわ……」
朔夜は悲しそうに笑った。どうかしているのは私の方だ。こんな時間にこんな所に呼び出すには、それなりの覚悟があっただろう。もし、私が来なければ、真っ暗な神社の境内に、たった独りで何時まで待っているつもりだったのだろうか……何だか悲しくなって涙が出そうになった。
「……で、なんて書いてあったの?」
朔夜はにっこりと微笑んだ。
「実はね、『みんな幸せになりました』の後に続きがあってね……ここ、一緒に読んで……ほら、通りゃんせの二番の歌詞ってところ、ねぇ、スマホを持って照らしてくれる?」
「通りゃんせの二番の歌詞……」
少し興味が出てきた、こんな風な都市伝説的な物は嫌いではない。でも、渡されたスマホの時計は零時十分を表示していた事が私を現実に引き戻した。もうこんな時間だ。大体の時間はわかっていたが、時計を見てしまうと、もう夜中なんだと言う事実が、しんしんと肩に積もってくるようだ。
私は肩をすくめて、改めて真っ暗な境内を取り囲む、大きなクスノキ達を見回した。朔夜は平気なのだろうか、LEDの明かりが朔夜の顔を下からぼんやりと照らし、笑顔を薄気味悪く浮かび上がらせる。
だんだん帰りたくなってきた。早く、やることやって切り上げようと、しょうがなく、スマホのLEDで薄汚れた郷土史を照らした。古ぼけた文字がならんでいる。どうにも読みずらい……何故、うちに来てくれなかったのだろうか、そうすれば、こんな思いもしなくて済んだのに……。
――通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
「この先よ……せーので、一緒に読んでね」
「何なのよ……いくよ、せーの!」
『こわい ねのとき うしのとき あのよいき』
「これでいい?」
その時、朔夜はニヤリと笑った。その微笑みの意味が分かったのは、実はずいぶんと先の話になる。
そして、その時に起こった事にも全く気が付いていなかった。世界がひっくり返るような……いや、世界が変わってしまったとは、思いつきようもない。びっくりはしたが、めまいや立ちくらみ程度にしか思えなかった。
そう、その時、ぐらっと地面が揺れたのを感じたかと思うと足下にぽっかりと大きな穴があいた――様に見えた。
「え? 何これ!」
叫んだ時にはもう、二人揃って穴の中に落ちて行く所だった。
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