第2話 本当に嫌いなの?

「野球、本当に嫌いなの?」

と。

思う存分に気持ちを伝えたはずなのに、青年は私に疑いの目を向ける。

「今のうちに好きなものは好きって言った方がいいよ。大人になったら、抑えなきゃいけないこともあるから」

「こんな体じゃ、好きなものも出来ないけど」

青年は交通事故にあったらしい。

足はもう動かない。

車椅子が無ければどこにも行けない。

なのに、

「ずっとやってた野球を急に取り上げられたから、最初は戸惑ったけどね」

と。

なんで笑ってられるの?

もう野球できないんだよ?


「君が世界を変えなよ。その本みたいに規定を変えるんだ」

「君には野球を嫌いにならないで欲しい」

青年といると、すごく自分が小さく感じられる。

甲子園にこだわって、意地を張って。

そんな自分が惨めに思えて、青年の前から逃げ出した。

走って、走って、走った。

何かを振り切るために、何かを拭い去るために。

でも、その何かはわからない。



「君が世界を変えなよ」

頭の中で青年の声がこだまする。

その後で、

「野球、本当に嫌いなの?」

と、繰り返さないで、一度だけ。

でもハッキリと頭の中に響き渡る。

「野球なんて嫌い!夏も嫌い!」

急に叫んだ私に両親は驚く。

だけど母はすぐに微笑んで、

「嫌いなんてよっぽど意識してなきゃ、言わないわよ。

……本当は意識するほど好きなんでしょ?」

その言葉は私の心の棘を丸くした。

棘を丸くするのには涙は必須だった。

「野球も、夏も本当は…」

その先は嗚咽がこみ上げてきたために言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る