第5話 店長

「幽霊が見えるって本当? ――実は、僕もなんだ」

丸眼鏡に青白い顔。都内の小学校から転校してきたばかりのクラスメイト。彼が町に引っ越してきて一か月くらいの頃だったと思う。一人下校している僕に急に話しかけてきた。

性格は大人しそうで、いかにも勉強が得意そうな少年だった。クラスには馴染めなかったようで、僕と同様、教室ではいつも一人で居た。

どこかで僕の噂を聞いたのだろう。恐る恐ると、しかし期待に満ちた目で、僕に近付いてきた。

今から思えば、この接近はとても危うかった。彼が興味を示したのは僕ではなく、幽霊が見えるという特別な能力。人とは違う力に強く惹かれる時というのは、大抵現状に満たされないものを抱えている。その空っぽの部分は、同じく満たされずして逝った亡者達の未練に、知らずと影響されやすい。

しかし、満たされていなかったのは当時の僕も一緒だった。同年齢の友人など居らず、遠巻きにされるか攻撃されるかしかなかった僕にとって、クラスメイトが話しかけてきてくれるというのは物凄く嬉しい出来事だった。

「全部君のせいだ、君に逢わなきゃ僕は――」

彼との最後の記憶は、恨みと罵声。転校して一か月を孤独に過ごし、三か月を僕と共に過ごして、八か月を家に引きこもり、春に再び転校していったあの少年は、今はどうしているのだろう。

――御剣聡みつるぎさとし

僕は、僕が不幸にしたこの少年を、忘れてはいけないのだ。



体育の授業での宣言通り、翌日から佐藤君は店に来た。平日、高校生が働ける時間帯は夕方しかない。案の定、僕と佐藤君のシフトは被ることになった。

幸い、はじめは研修期間として、佐藤君が勤務する時間帯は店長か鴨川さんを含めた三人体制になるよう、店長が計らってくれた。おかげで今のところ、僕は佐藤君と二人になるのを避けられている。

しかし、佐藤君は真面目で、どんどん仕事内容を吸収している。研修期間が終わるまでそう長くはかからないだろう。

別のバイト先を見つけるべきか。

僕は真剣に悩んでいる。

僕が佐藤君を避けていることに彼も薄々感付いているようで、学校で親し気に話しかけられることはなかった。バイト中、時折気遣わしげに向けてくる視線に心は傷むものの、こればかりは仕方ない。長年一人で過ごしてきた僕には、程よく他人と距離を保ったままコミュニケーションをするなど難易度が高すぎる。

出来ればバイト先を変えることはしたくない――

自分がそう望んでいることに気付き、僕は少し驚いた。佐藤君が新しく入ってなお、このコンビニは居心地が良いのだ。



今日は、店長と佐藤君と僕の三人体制だった。

二人がレジに入り、僕は商品出し。このまま裏方に徹して勤務が終わることを僕は期待していた。

すると、思いがけない展開が待っていた。僕が陳列棚に隠れて見えなかったのだろう、佐藤君は店長に僕のことを質問し始めた。

「店長、一ノ瀬ってもしかして、俺のこと嫌いなんですかね」

どきりとした。佐藤君が僕の内心を気にかけてくれているという事についてもそうだし、店長が何と答えるかも怖くて聞きたくないと思った。

「なんだ急に」

「いえ、なんか避けられてる気がして」

音を立てて存在に気付かれたら気まずくなると思い、僕は出来るだけ息を潜める。こんなことで心臓がバクバクいう自分の小心ぶりが恨めしい。

「嫌われてないぞ」

驚いたことに、店長はあっさりと断言した。

「ですかね」

「ああ。いちの奴は、人を嫌ったりできるタイプじゃないからな」

特別褒められたわけでもないのに。

僕は店長の言葉に救われていた。他人の自分に対する評価を――悪口以外の評価を――初めて聞いたからだ。

「あれはひょろいなりをしてるが、今時立派ないい漢だ。そして佐藤、お前もだ。だから俺はお前らを雇うし、助けもする」

「いやだな、店長。そんな大したもんじゃ――」

「大したもんだぞ。もっと自信を持て」

ばしん、と大きな音がした。きっと店長が佐藤君の背中を叩いた音だ。

店長は絵にかいたような親分肌の人だ。鬼のように強面で、身体が大きくて、最初の面接では威圧感に随分と気圧されたが、僕が家の事情を話すとまるで長年の知り合いかのように親身に聞いてくれた。

僕は嘘をつけるほど器用ではないため、店長には正直に家の事を話した。頭がおかしい奴だと思われるかと思ったが、店長は太い腕を組み、うんうんと重く頷き、最後には僕の両肩に手を置いて言った。「お前は立派な漢だ。うちで働け。何かあれば俺を頼れ」

父親以外で、自分を頼れと言ってくれた大人は初めてだった。

だから僕はここで働きたいと望んでいる。

佐藤君にも、僕と似たような事情があるのだろうか。

「アタル、休憩してきていいぞ」

「ありがとうございます」

佐藤君が裏に入っていくのを見計らって、店長は僕に呼びかけた。

「いち!」野太い声に、僕は恐る恐る棚から顔をのぞかせる。「お前も休憩いってこい」

僕が「でも……」と躊躇すると、店長は鬼のような顔を鬼のように顰めた。この人がそうするとプレッシャーはいつもの三倍に増す。

「仲良くなれとは言わん。だが、相手を知る前に自分の中で答えを出すもんじゃない」

店長は顰め面の後、いつも最後にニカッと笑う。「仲良くならんでいいから、その人が何を考えて生きてるかだけ、聞いといたら良い」

こういう時の店長は太陽の匂いがする。僕は大人しく頷き、佐藤君のいる休憩部屋へ向かった。



「いちにぃ」

その日の夜、アパートに帰ると茉莉花が居た。少女は形の良い鼻をすんと動かす。まるで自分の縄張りを見回る猫のような仕草だ。

「知らない匂い」

「うん、バイト先に新しい人が――」

「悪くないわ」

そう言って、もう興味を失ったらしく玄関のドアを開けろと指示する。

僕の周りに変化が起こると、茉莉花はどうやって知ったのか、決まって此処に訪れてくる。今世紀最高位の霊能少女は、僕程度のことなどお見通しなのだろう。

「店長さんは相変わらずのようね」

太陽の匂いを思い出す。本当にすべてお見通しである。

「私、その人の匂い、嫌いじゃないわ」

うん、僕もだ――口には出せなかったけれど、多分彼女は見透かしてしまうだろう。

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