第4話 佐藤中
小中学生の間、僕にとって学校に行くことは苦痛だった。
幽霊は恐ろしく避けがたいもので、至る所に存在する。視たことに気付かれては憑かれ、家に逃げ帰る毎日だった。また一ノ瀬家の生業を知る同級生や教師から向けられる奇異の目も苦痛だったが、いつも見えない何かに怯える僕をおかしい子供と思わない方が無理がある。始めはからかわれる程度だったものが、徐々にエスカレートしていった。
そのうち僕は見えないものから身を守る術を学び、やたらと怯えなくても良いようにはなった。高校に上がり、昔の同級生も散り散りになったおかげで、クラスの中の僕の印象は「いつも一人でいる暗い奴」程度までには回復した。
おかげで高校生活は昔に比べると幾分過ごしやすくなっている。
それでも、未だにどうしても苦手なのは体育の授業。
「はい、じゃあ二人組になって準備体操して」
女教師の指示に、僕は暗澹たる気持ちになった。
この二人組指令は、ぼっちの僕にとって最も過酷な時間だ。
クラスは偶数の40名。うち男子の数は22名と、これまた偶数。奇数であれば「やむを得ず教師と二人組を組む生徒」ポジションに落ち着けるのだが、誰かが休んでくれないと叶わない。そうすると僕は、普段奇数数の仲良しグループに所属している誰かと組まねばならないのだ。
教師が二人組指令を出した後、仲良しグループ達の間で誰があぶれるかを話し合う時間。更に、あぶれた人たちの中で誰が僕と組むかを話し合う時間。これが僕には最も過酷な時間なのだ。
「一ノ瀬!」
思いのほか早く今日一番不幸な男子から声がかかり、そちらに顔を向けた。
地毛か染めているのか判断がつかない絶妙な茶髪、僕と言うババを引いたのに爽やかな様子で手を振るクラスメート、佐藤君だ。
「ちょうどいいや、組もうぜ!」
ちょうどいいの意味が僕にはわからなかったが、何やら率先して僕と二人組を組んでくれるらしい。彼の前世は仏か何かなのだろうか。「――うん、ありがとう」
佐藤君はいつもの仲良しグループ――派手でも地味でもない人達だ――から離れて、教師から遠い後ろの方を陣取ろうと言った。何やら僕に話があるらしい。
「一ノ瀬さ、三丁目のコンビニでバイトしてるんだろ」
「え」
なぜ知っているんだろう。
バイトしているところを目撃されでもしただろうか。
僕が通う高校は一応バイト禁止だった。だから恐らく同学年で既にバイトを始めているのは僕ぐらいだろう。いずれは隠れてバイトを始める者も出てくるだろうが、入学したてで教師に目をつけられる愚を犯そうという人間はそういない。
僕はというと、入学早々に教師と話をつけて特別学校からの許可を取り付けていた。幸い校長が父の知り合いであったため、許可はすんなりと出してもらえた。
とはいえ、バイトをしていることで目立つのは本意ではないため、公にはしていない。
「なんで知ってるの」
「いや、さ――」佐藤君は少し言葉を詰まらせ、殊更声を低めて言った。「内緒にしてくれよ。実は、俺もそのコンビニでバイトすることになったんだ」
「――え」
予想外の事態だった。いや、予想できる事態でもあった。
町の中に、高校生をバイトで採用してくれる店などそうは多くない。
しかし、それにしたって、困った。
「一ノ瀬ってどれくらいシフト入ってんの?」
「……週6か7日」
「え、それってほぼ毎日」
「……うん」
他に時間を使う当てもないため、高校生の労働時間は週40時間までという制限の範囲内で出来る限り働いている。店長は面倒見の良い人で、僕の「できるだけ自立した生活をしたい」という意志を汲んでくれて、高校生を雇う上で知っておかねばならない法令などについても随分調べてくれた。
「すげーな。そんだけ入ったらどれくらい稼げんだろ」
「月10万円を超えないように調整してるよ……税金かかると面倒みたいだから」
「おお~」
佐藤君は何やら賞賛の声をあげる。そうしている間に準備体操の時間が終わった。
「そういうことだから、一ノ瀬! 明日からよろしく。いろいろ教えてくれな!」
そう言って彼は爽やかに仲間たちのもとへ戻っていった。
それにしても、クラスメートとこんなに長い時間話したのは何時ぶりだろうか。
――悪くない、と思ってしまい。僕は自分を戒める。
――僕と親しくしたがために不幸になった彼のことを思い出す。
苦い気持ちがよみがえってくる。
僕は、明日からどうやって佐藤君と距離を置くかを考え始める。
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