第31話姉と死からは逃れられないんだが

 

今日のことで変態という汚名をすすぐことには成功したものの、僕としては少しも喜べる気持ちではなかった。

 

唯一喜べる点があるとすれば、小夢が嬉しさと悩ましさという矛盾した状態の中で、僕が粗製乱造したディスクを受け取らなかったことだった。


彼女はあのディスクを取り出す際に僕にいくつか警告を発していたものの、彼女が僕を許してくれていることは分かったし、僕たちはまた元の状態に戻ることができていたのだった。

 

ノートパソコンを雲逸に返すと、僕が今やらなければならないことは、あの残念な女性観察家に、僕が処理すべき案件についてアイデアを受け取ることだった。

 

雲逸は非常に厳粛だった。

 

前代未聞の厳粛さだった。その態度のせいで、僕の信頼はいや増しに増した。

 

昼休みの時間はすでに終わっていて、雲逸には僕の考え方をなんとか伝えられるだけ伝えることはした。


僕としてもこの件は非常に複雑であることは理解していた。なにより奴には今さっき詳細を伝えたばかりなのだ。


つまり僕としては、奴には時間が必要だということを、肝に銘じておかなければならなかった。




 

午後一コマ目は数学だった。僕からすれば、本当に昼休みはここから始まるようなものだ。

 

僕が机に突っ伏して居眠りをしていると、後ろから丸めた紙が僕の後頭部に飛んで来た。

 

まだ眠り込んでいなかったことで、僕は不機嫌に雲逸を一瞥した。けれど奴の表情はどうも妙だった。なにがしかの沈痛な一撃を食らったような表情をしていたのだ。

 

「なんだよ?」

 

僕は口元の形だけでそう訊いてみた。先生はまだ授業中だったからだ。

 

奴はただ僕に対して首を振ってみせるだけで、渾身から一種のやるせなさ、無言、怨嗟、悲愴といった苦みを滲ませ、まるで奴の家族が揃って殺され、その殺したという奴がこの僕だといわんばかりだった。

 

振り返り、先生が僕を見ていないことを確認すると、ゆっくり慎重にその紙を広げてみた。

 

そこには……


 

『つまりお前は小夢に告白したってことか? しかも彼女はお前を拒絶しなかったって?』


 

待て!

 

待て待て!

 

僕はもう一度紙に書かれた短い文章を読み直した。

 

「くそっ、あれも告白した内に入るのか?」

 

僕が思わずそう口にすると、数学教師の赤いチョークがすぐさま僕の顔面めがけて飛んできた。


クラスメートたちはそろって振り返ると、みんなそれぞれでバカにするような笑みを浮かべていた。


小夢だけが目の中に?マークを一杯にさせていた。どうも彼女だけが今の言葉を聞いていなかったらしい。

 

そうだ、彼女には聞こえていなかった。


ひっきょう僕と彼女の座席位置は離れているし、僕の今の発言だってごく小さなものだった。彼女に聞こえているはずがない。だけど聞こえてしまったクラスメートたちは僕のことをバカにして笑っているのだった。

 

僕は笑われてしまっていることはほとんど気にならなかった。ただ胸の内で、僕と小夢の関係はたぶんこれきり、美術のグループ別発表の終わりと共に、僕たちの関係も終わってしまうだろうことを、黙々と悲しんでいたのだ。

 

まさかずっと口には出さないと決めていたのに、「告白」によって僕と小夢の最後に残されたわずかな可能性まで殺されてしまうことになるとは思わなかった。

 

僕の告白にはろくな結末がないんだ。今回だって例外ではないに違いない……

 

死からは逃れられないのである。

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