第9話姉から貰った弁当は普通に最高なわけだが
彼女は上品に弁当を食べながら、発表の手順について説明してくれた。
僕がその説明の中から推理していったところによると、美術の先生はくじ引きの方式で男女一人ずつの班を作り、二人一組で協力して作業にあたらせることにしていたらしい。
カメラで互いのポートレートを撮影するらしいのだけれど、当然ながらその中には美術的な演出を適用することになる。どっちみち今回はテーマと言えるものがなく、どんな背景、場所、服装でも良いというのだ。
けれどそうした「理由」を添える必要があり、また授業でそのことを発表しなければならないのだった。
簡単に言ってしまえば、これは適当に撮影すればそれで済むという課題ではないということである。
僕は小夢の眉間から、彼女がこの課題を重視していることが伺えた。このままだと本当にまずいことになりそうだ。
美術方面に関しては僕は全くもってからっきし、万が一赤点でもとったりしたら……とんでもない赤っ恥をかくことになるじゃないか?
正直に言ってしまうのが正解だ。今この段階で自分はすごいのだと見栄を張るのは、後になって余計に恥ずかしい思いをすることにしかならない。
「実は……僕はカメラの扱いがそもそもよく分からないんだ。授業中もサボってたし」
僕は恥ずかしそうに髪をいじりつつそういった。
「分かってる。心配ないよ」
小夢は依然として落ち着き払って相槌を打った。
「だから先生も私たちを組ませたんだよ」
彼女はほんの少しだって僕を見捨てようという意図を見せなかった。本当に素晴らしいまでに友好的な女の子だ、と僕は心の中で感嘆した。
「明日……遅くても明後日には、写真の構図とおすすめの場所をいくつか教えてあげるよ。私たちで撮影する内容を決めてから、週末に撮影しに行こう」
小夢は意外にも、こどもっぽい外見とは対照的に成熟した内面と賢さを持ち合わせているようだった。この特殊なギャップのせいで、僕は彼女についてもっと知りたいと思うようになった。
「お弁当のから揚げ食べないの?」
突然、小夢が僕にそう訊いた。
その時になってようやく、五つ目のねえさんが用意してくれた弁当にほとんど手をつけていないことに気付いた。
「いいんだ、あんまりお腹減ってないから」
「ふぅん、だったら私にくれてもいいよね?」
「……いいけど」
小夢は全く遠慮なく僕の弁当箱に箸を伸ばすと、から揚げを彼女の小さくて赤っぽい口の中へと放り込んだ。
「まだお腹減ってるの?」僕は驚いてそういった。
彼女はふふっと笑ってみせると、手で口元を隠していった…「違うよ。君のお弁当がおいしそうだったから」
「そう?」
僕にはいつもと何も変わらないようにしか思えなかった。
「実際、食べてみたら美味しかったよ。きっと時間をかけて作ってあるんだろうね」
「たぶんね」
そうは言ったものの、僕は全く知らなかったのだ。五つ目のねえさんがどれぐらいの時間をかけて僕のために弁当を準備してくれていたのか、一年の中で登校するのは二百日以上、だったら二百以上の弁当を用意しているというのにだ……
小夢と僕は他にもいろいろと些細なことを話し合った。
彼女が質問して、僕がそれに答える、そういう風にやり取りを続けていく内に、僕たちの間にあった気まずさも徐々に解消され、彼女の僕に対する認識もいくらか増えたようだったし、僕もまたこの徐心夢というクラスメートのことについて理解したような気がした。
彼女はそうして話をしていく中で、突然話題の矛先を変えた。口調まで少し沈んだようだった。
「思うんだけどね……私たちって友達になれるんじゃないかな」
「え?」僕は少し驚かされた。
「クラスでは楊文泱以外に、友達がいないんだ」
小夢は口ではそんなことを言っていながら、態度の方は少しも辛そうにしている様子ではなかった。
「クジで班分けするってなった時は、ほんとにほんとに心配だったの。万が一私のことを嫌っている子と一緒になったらどうしようって?」
「僕もだよ……」
僕は適当に話を合わせてしまった。正直な話、誰と当たろうが僕にとってはそう変わらなかった。
「そう思ってたんだけど、運よく狂龍くんと一緒になって良かったよ」
小夢は光を放っているかのような笑みを浮かべた。
「君だって友達いないんだもんね」
「……」
僕はとうとう、小夢にたくさん友達がいない理由を知ってしまった気分だった。
「それに李狂龍っていうその名前、一生を孤独に過ごす人って感じがするもん」
「……」
「君と知り合いになって嬉しいよ」
小夢はすでに食べ終わった弁当箱を片付け、ナプキンで手を拭いていた。そうしてから僕に手を差し出して来た。
「握手しよう」
「握手?」
僕は左手を持ち上げたまま、少しぼんやりとしてしまった。
小夢はそんな僕の態度を気にすることなく、僕の手を握って、上下に振って見せた。顔に浮かんでいたその笑顔ときたらハチミツがあふれ出ているかのようで、その甘さに僕の血圧は上昇していった。
女の子の手ってこんなに柔らかいものだったのか。
「じゃあ、明日も一緒にご飯にしようね」
僕の脳内ではぐわんぐわんと音が反響していた。
小夢が僕の手を放し、ゴミを片付け、僕に対してさよならと言い、明日も一緒にご飯を食べようと約束している間も……僕の脳内ではぐわんぐわんという音が鳴り響き、口の端を持ち上げてバカみたいな笑みを浮かべることしかできなかった。
彼女にさようならすら言えなかったことは、前代未聞の失態といえるだろう。
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