第8話姉から三十になるまで弁当を用意して貰うわけだが
僕は口を開けた。キスするってことじゃないか? 僕は少し恥ずかしかった。
「もっと大きく、目一杯開けて」
僕は努力して口を大きく開けた。すぐにこれはキスって感じじゃないなと思った。
困惑する中、バラの花束が僕の口の中に入って来た。さらに困惑する中で、筒状に丸められたラブレターもまた僕の口の中に押し込められた。
「ゴミはゴミ箱に入れないとね」
彼女はそのセリフを残すとその場を立ち去った。
僕の瞳孔に残された高慢な姿は、僕の心理に消えない傷となって留まることになった。
けれど不思議と少しの怒りも湧いては来なかった。楊文泱がそんな風にして僕を辱めることは、彼女の天命であるかのようで、その上で僕がこうしていじめられるのもまた僕の責任であるかのように感じてしまっていたのである。
その晩のこともまだ記憶にあるけれど、僕は五つ目のねえさんの胸の中で夜通し泣き明かしたものだった。
「なにバカみたいにぼんやりしてるんだ?」
僕の後ろの席に座っていた雲逸が僕の肩を叩き、僕の意識が苦い記憶から引き離されることになった。
「バカみたいにじゃない、過去に思いを馳せてたんだよ」
「過去って一体何の話だよ?」
「暗然神傷(あんぜんしんしょう)だ、そんな話語る価値もないだろ」
「お前のは暗然、含むキリのない神傷、ってことだろ?」
「僕たちってこの手のエセ優等生みたいな会話やめられない?」
「そうだ、昼だけどお前のねえさん来ないのか? なんだったら一緒にクラブで飯にしないか?」いつもの態度に戻った雲逸はそう誘って来た。
今朝は四つ目のねえさんと、五つ目のねえさんは一緒に登校していた。確実にその手には弁当箱が握られていたはずだった。僕は仕方がないといった感じでいった…「クラブで食べようか」
「じゃ行こうぜ」
僕が通学カバンから百元札を取り出し、五つ目のねえさんには先生に呼び出しをくらったからと言い訳をしようと準備を練った。けれど予想だにしなかったことに、雲逸と一緒に教室の後ろの出入り口から出て行ったところで、誰かが僕を呼び止める声を聞くことになった。いや……
二人の人物が同時に僕を呼び止めてきたのだ。
「龍龍」
「狂龍くん」
二人は左右から分かれてやって来た。それぞれから挟み撃ちにされる格好になった僕は、その場で両足を釘付けにされてしまった。
左手にいたのは弁当箱を持った小夢。
右手にいたのは弁当箱を持った五つ目のねえさん。
前にいたのは雲……いや、今や奴の存在は重要じゃなかった。
「一緒にお昼しながら、ついでにグループ別発表の打ち合わせしない?」
小夢は無邪気な表情でそういった。かりにこれが肥溜めの中で弁当を食べないかという誘いだったとしても、僕は乗ったんじゃないだろうか?
「ねえさん」
僕は彼女の手の中にある弁当の一つを受け取った。
「僕とクラスメートでとても重要なグループ別発表の討論をしないといけないんだ。これはたぶん推薦入試のための内申点にも影響する課題だと思う。だから今日はねえさんとは昼は食べられないんだ」
「……うん」
五つ目のねえさんの顔に疑念の色がよぎった。
「だけど三つあるから……」
「ねえさん、弁当ありがとう」
僕は誠実そうな笑みを浮かべつつ、両手を彼女の肩に置き、その場で三百六十五度回転させると、そのまま五つ目の姉さんを三年生の教室へと返してしまった。
雲逸もまた自分は退場するべきだと悟ったのだろう、余計なセリフもさよならすら口にしないまま、自発的にクラブまで昼食を食べに行ってしまった。
さすがは僕の親友ってところだ。頭脳は常にはっきりしていて、振舞いは君子のごとし、僕の足を引っ張ったりはしないのである。
そうして、僕と小夢はそれぞれ弁当箱を手に、一緒になってグラウンドの傍の草地に向かった。そこには誰も使っていない木製のベンチがあるのだった。
弁当を食べている間、僕は一体どんな話をすればいいのか分からなかった。
女子と一緒にいて緊張していたからというわけではなく、僕は本当に何を話せば良いのか分からなかったという意味だ。美術のグループ別発表に関しては、僕は完全にその内容を覚えていなかったし、日常生活についておしゃべりをしようにも、僕は小夢のことについてもそもそも良く知らないのだ。まさか彼女とLOLや波多野結衣について話せとでも?
幸いなことに、小夢は気まずい雰囲気をそう長くは続かせなかった。
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