第6話姉から波多野結衣を禁止されているんだが

 

パンダのカーテン、

パンダのテーブル、

パンダのポスター、

パンダの壁紙、

パンダの衣装箪笥、

パンダの枕、

パンダのベッドシーツ、

パンダの掛布団……はては僕のパソコンのモニターの周囲にまでパンダのシールが張り巡らされている。

 

パソコンの壁紙はもともと僕のアイドルである周杰倫(ジェイ・チョウ)先生だったのだけれど、五つ目のねえさんの抗議により、双方が妥協した結果、周杰倫は彼が主演・演出を務めたパンダマンになってしまっていた。

 

そうだ、間違いない、やっぱりこいつは滅びるべき動物だ!

 

たぶん小学校のころからだったと思うけれど、五つ目のねえさんが狂ったような愛情をパンダに注ぎ込み始めてから、僕は二度とどんな友達だって自宅に呼ぶことはできなくなってしまっていたのだ。

 

はっきり言うと、パンダ自体は可愛らしいとは思う。


でも数が多すぎるし、その中の少なくないグッズはかなり女性向けのぬいぐるみで、それが僕の部屋の床から箪笥の上まで占拠しているとあっては、同級生なんて呼ぶことなんてできないし、ましてやここが僕の部屋だなんて訴え、連中に聞き入れられるはずがないのだった。

 

「はぁ……五つ目のねえさんと相談して、部屋を変えられたらなぁ」

 

僕はそんなことを呟きつつ、ついでにパソコンの電源を入れた。

 

一般的な男子高校生といえば、放課後特に用事がなければ彼女とデートかゲームといったところだろう。そこへいくと僕には彼女と呼べるような関係もないから、ゲームをするか、ネットにつながるしかないわけだ……


 「ま・っ・て・ま・し・た!」

 

しかし今はねえさんが不在なんだから、男子高校生として「第三種事情」に取り組むことが可能なのである。

 

僕はマウスを握ると、パソコンのDドライブを開き、李狂龍の授業ファイルを展開、さらに高二課程講義ファイルを開き、テーマ/歴史ファイル、日本史ファイル、日本近代史ファイル、日本映像史学ファイルまで開いていくと……

 

最後に「波多野結衣」と名前がつけられたファイルをクリックした。

 

この長い道のり全てが報われる瞬間だ。

 

「波多野ちゃん、おまたせ」

 

この混沌とした世界の中で安寧を手にするようにして、僕は五つ目のねえさんの机の上に置いてあったティッシュペーパーの箱をつかみ取ると、官能の特殊空間へと足を踏み入れる準備にかかった─

 

波多野の声と笑顔。

 

僕はその光景に集中しているけれど、目の端はパンダのぬいぐるみを捉えている。

 

波多野の身振り手振り。

 

僕はその様子を食い入るようにして眺めているけれど、両目は何度もテーブルの上のパンダの上へと引き寄せられてしまう。

 

波多野の夢中にさせるような演技。

 

僕は目を離せなくなってしまうけれど、モニターの上に張り付けられたパンダのシールもまた僕に微笑みかけているようだった。

 

波多野の肌の色が白と黒のツートンに代わり始め、だんだんと僕を錯乱させ始めた。言葉にできない罪悪感が僕の体を這い上がり、騒がしいほどの後ろめたい感情が僕の脳内へと流れ込んでくる。さながら僕が五つ目のねえさんのパンダに対して、とても人には見せられないような行為に及ぼうとしているかのように。

 

ゆっくりと、動画の中のセクシーな女性が、僕の目の中でパンダに変貌を始め……

 

「ちくしょう!」


僕はテッィシュペーパーの箱をモニターに投げつけ、悲愴な声でいった…


「こんなこと続けてたら、性的に支障をきたしてしまうぞ」

 

この問題はこれまでずっと続いていたものだった。今日になるまでずっと、僕が部屋に一人でいる間、僕は数百という目で監視されているように感じてきた。


その美しく澄み切ったような瞳、長い睫毛が揺れるさまときたら……まるで五つ目のねえさんの両目のようなのだ。

 

「怖すぎる!」

 

事態はここまで逼迫していたのだ。


僕はなんとしてでも一番上のねえさんに対し、僕と彼女が使っている主寝室を交換してくれるように、つまり一番上のねえさんと五つ目のねえさんが一緒に寝起きしてくれるようにと訴えなければならないのである。

 

そうだ。絶対そうするべきなんだ。一番上のねえさんが僕に原因を尋ねてきたら、僕はエロ動画を見ている時にもパンダを連想してしまう、このままでは僕が目にする全ての女性がパンダになってしまうと告げるんだ。


家系を繋ぐことができなくなるというのは、これはとんでもない話である、なんといっても僕は李家の唯一の男種じゃないか!

 

善は急げだ。僕はすぐに動画を閉じると、主寝室に向かい、一番上のねえさんの部屋のドアを開けた。

 

鼻を刺すような酒の匂いが充満する中、一番上のねえさんの半裸という艱難を極める状況を前にしながらも、僕は毅然と口を開いた─

 

「ねえさん、僕と部屋を交換してくれない? 僕もうあの山積みになったパンダには耐えられないんだ」



 

「……あ?」



 

一番上のねえさんは目が覚めたばかりのようで、だらだらとパンツを引っ張っていた。

 

「部屋を変えたいんだよ、お願いだから……」

 

僕はそのまま嘆願を継続しようとしたけれど、一番上のねえさんはそこで口を開いてしまった……




「だめだ、出ていけ、ドアを締めろ、いますぐ」




もしこの世界に本当に目に見えない「覇気」というものがあるとすれば、それはきっと今僕の目の前に迫って来たこの恐ろしい気迫のことをいうんじゃないだろうか?

 

僕はなんだって一番上のねえさんを叩き起こそうなんて考えたんだ? 自殺するにしてももっと他に方法があったんじゃないのか? どうして僕は最も苦痛を伴う方法を選択してしまったのか? まさかパンダが僕をそうさせたとでも?

 

長女は母の如し。これはこの家における絶対的権力を有する存在ということを意味しているのだ。

 

一番上のねえさんの部屋のドアを閉めても、まだ僕の心臓はバクバクと激しく鼓動していた。

 

弱り切った足を引っ張り、改めてパンダ地獄に戻って来た。

 

全身から力が抜けきった状態でベッドに倒れ込むと、まだ荒い息を整えていた。

 

そんな時。

 

電話が鳴った。

 

僕の白黒地獄の中に差し込んで来た、一筋の希望の光だ。

 





「もしもし、李狂龍くんはいらっしゃいますか?」

 





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