第4話姉から9時までには帰るように言われてるけど高校生なんだが

 

放課後、帰宅時。

 

五つ目のねえさんはすでに高校三年生として大学受験を控えているため、強制的に学校に居残りさせられ、遅くまで自習することになっていた。

 

これに関してはまったくのところ学校による最も偉大な政策の一つだろう、受験生には勉学に専念させ、学校の外の世界のさまざまな誘惑から遠ざけようというわけだ。

 

どう言ってみたところで、高校三年生にとって最も重要なことは良い大学に進学することなのだから、雑念を振り払い一心に勉強に励んでこそ、なにが弟と一緒に帰宅するだ、なにが弟と一緒に夕飯の準備をするだ、そんなものは浮雲のように些末なことに過ぎないのである!

 

「四つ目のねえさん、五つ目のねえさん、あなたたちは真面目に勉強に打ち込んでください、ははははは」

 

僕は意気揚々と校門から出て行った。頭の中にあるのはすでに帰宅するまでの途上にはどんな楽しいことがあるだろうかという青写真だった。


雲逸は僕の後ろに現れたことで、すぐに僕によって発見されてしまった。

 

「なんで僕を着けてるんだよ?」

 

「一緒に校門を出たんじゃないか。お前の後ろを歩いていて何の問題があるっていうんだ」

 

奴は片手に通学カバンを提げ、もう片方の手でいつもそうするように髪を梳いていた。

 

「じゃあ一緒にネカフェ行こうぜ。二時間もすれば帰ればいいや」

 

「ねえさんが怖くないのか?」

 

「勘弁してくれよ、僕はもう身の丈七尺になる堂々たる男子なんだぞ。どうして家の女が怖いなんてことがあるんだ?」

 

「お前の勇気には感服しきりだが、けど俺には先約があるから」

 

雲逸が僕の誘いを断るのは珍しいことではなかった。


もともと奴は知る限り一、二を争うという約束を取り付けるのが難しい男なのである。けれど奴が最後に口にした「先約がある」という言葉が、僕の脳内に設置されていたレーダー探知機に尋常でない事態を知らせることになった。

 

雲逸はヲタクだ。一日の内で奴が所在している場所は三か所に限られている─教室、補習用の教室、自分の部屋の三つだ─これでなんの先約があるっていうんだ?

 

まさか……

 

「ネット上でクエスト消化の約束でもしてるのか?」

 

きっとそうだろう。ヲタクはヲタクらしくあるべきなんだ。仮に先約というのがあったとしてもそれは二次元のことであって、三次元とは何の関りもないというのが正解というものだ。

 

「違う。映河高職の広告設計科の学生と連絡を取り合っていて、一緒に食事をしようって話になっているんだ」

 

映河高職、僕たちが通う高校とはそう遠くない場所にある学校だ。


商業科としては全国で三番目の志願者数で、男女の比率は一対九、それぞれの女子生徒は聞くところによると魂がひっくり返るほどで、制服は水色のシャツに超ミニのタイトスカートという噂だった。

 

そりゃなんの冗談だよ!

 

雲逸はもはや脳に錯乱を来し、美少女育成ゲームのシナリオを現実生活に投影してしまうまでのヲタクになってしまったのか?

 

「行こう、LOLで何プレイかしてから家に帰るんだ」僕は憐憫の情を浮かべた。

 

「俺には時間がないんだ。失礼する」

 

奴は回れ右をして行こうとした。

 

けれど僕としては、奴の親友として、奴の妄想を破壊してやらなければならないという義務があるのだった。

 

「雲逸、映河高職には広告設計科なんてないんだぞ……お前知らないのか?」

 

奴は振り向くとしばしぼんやりとした後、慌ててカバンから携帯電話を取り出し、モニタを確認していた。

 

その様子は本当にいくらか凄惨といってもいいぐらいだった。まるで弁当もまともに食べられない孤独な老人が、弁当屋の店先でポケットの中から永遠に見つけ出すことなどできない五十元を探し続けているようですらあった。

 

そう経たない内に、雲逸は悶えるようにしていった…「え? 広告設計科じゃなかったかな、俺の記憶違いみたいだ、情報処理科だった」

 

僕は手を振って奴にこっちに来るように示すと、柔らかな声音でいってやった…


「行こう、LOLの中でだってアリが食事付き合ってくれるから」

 

雲逸は面倒そうにこちらまでやって来ると、携帯電話のモニターを僕の目の前にかざした。一言だってなかった。なぜなら画像があるということは真実だということだという通り、言葉を尽くす必要などなかったからだ。

 

僕が目にしたのは映河高職の制服を来た女の子の自撮り画像だった。僕の口がかみ合わなくなってしまっていたとしても、事実は事実だった。

 

「僕お腹がちょうど減ってたところなんだよね、良かったら……」

 

「予約いっぱいなんだ。男三人に女三人、お前のはタイミングが遅すぎたな」

 

「こんなことなんで僕に言ってくれなかったんだよ、水臭すぎるだろ」

 

「俺たちの間で交わされた約束を忘れないことだ。俺がどうしてお前に手を貸すなんてことがあるんだよ」

 

「……」

 

「じゃあな」

 

「……」

 

そう別れを告げると、雲逸は去って行った。学校の正門のところに一人取り残されてしまった僕はゆっくりと遠ざかっていく奴の後姿を凝視しているしかなかった。


道理からすれば、奴が遠く離れていくにつれて、僕の目に映る雲逸の影はより小さくなっていくはずだった。けれどそうではなく……奴はその瞬間とても巨大に、とてつもなく巨大な、まるで僕の兄のようになってしまっていた。

 

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