第3話姉から意識されているんだが

 

明らかに僕はこういうリアクションが出て来ることを分かっていたのに、どうしてまたこんな不可能な要求を出してしまったんだ?

 

今のねえさんは毎コマ授業が終わるたびにここまでやって来ているんだ、彼女と付き合うどころか、僕は自由に空気を吸うことすらできていないじゃないか。

 

「ごめん、ねえさん……僕は一時の気の迷いでこんな良心のない話をしてしまったんだ、泣かないでよ」


僕は雲逸の引き出しからティッシュを取り出した。「謝るよ、僕は今後二度とこんな話はしないよ」

 

五つ目のねえさんはティッシュを受け取ったけれど、ただ続けて泣いているだけだった…


「そ、それ本当?」

 

「本当だよ、本当」

 

本当も本当だったので二回繰り返した。

 

「おねえちゃんは龍龍に恥をかかせたりしてない……してないよね?」

 

「どうしてそんなことがあるのさ、ねえさんは勉強だってできるし綺麗だし、毎日教室まで訪ねに来てくれるなんて、願ってもないことだよ」

 

もし嘘を吐くことで舌が割れるのだとしたら、たぶん僕の舌は数百にも割れてしまっていたことだろう。

 

「じゃ、じゃあおねえちゃんの代わりに……涙を拭って……私たちが仲直りしたんなら」

 

「……」

 

「はやくして……龍龍のクラスメートが見てるから」

 

みんなが見てること分かってるんじゃないかああああああああ!

 

五つ目のねえさんは体を前に傾けた。ちょうど胸が雲逸の机の上に乗っかる恰好で、顔を僕に近づけて来た。


一組の目がきつく閉じられているところをみるに、彼女もまた恥ずかしさを感じているらしく、上向きに沿った両の睫毛もわずかに震えているのだった。

 

善を成すのは難しいというのはこのことだろう、このまま手を出せないでいれば善を終わらせてしまうのは更に難しくなってしまうに違いない。

 

何枚かのティッシュを取り出してねえさんの代わりに目尻の涙を拭ってやった。もちろん左右の頬にある二筋の涙の痕もだ。

 

こうしてやると彼女は喜ぶのである。

 

「ありがとう龍龍、ふふ」

 

彼女は手を伸ばして僕の頭髪を、まるで僕たちが小さかったころのように撫でた。けれど僕は少しも嬉しくはなく、クラスメートたちが僕に向けている視線に敢えて目をあわすこともできなかった。

 

伝説によると「マザコン」と呼ばれるある種の男は、最も女性から蔑視されていて、仮にどれだけカッコよく勉強ができたとしても、マザコンだというだけでその瞬間に勝敗が決してしまうのだという。

 

僕には理解できる。女性の立場に立てば、僕だって母親にべったりな男なんて受け入れられるはずがない。

 

けれど僕はマザコンではないまでも……

 

さらにひどい─







 「姉コン」なのだった。








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