069. 終焉の平原

 サーラムの街門詰め所に馬車を預け、蒼一たちは徒歩で中に入る。

 深夜の強行軍で着いたのはいいが、さすがの冒険者の街でも開いている店は少ない。一部の酒場と宿くらいが、来客を受け付けていた。


 裏通りにあるダリアの店も、当然、明かりを落として閉店中だ。

 一度、詰め所に戻ろうというラバルの提案を、蒼一は事もなげに却下した。


「店を開けてもらおうぜ。明るくなると、葉竜で一騒動起きかねない」

「それもそうなんですが……寝てる主人を起こすんですか?」

「クピクピィ」


 マーくんが、勇者の代わりに返事をしてくれる。

 問題は、どうやって起こすかだ。


「ハナは鍵を開けられるか?」

「解錠の魔法? 簡単なのなら、使えるわよ」


 彼の言わんとするところを察して、ハナは店の扉に近寄った。

 簡素な薄い戸は、内側から南京錠のようなもので閉じられている。

 彼女が扉に押し付けた手から、高まる魔力の光が漏れて広がった。


「解錠っ」


 ガチャリという音に続き、床に落ちる錠前の重い響き。ハナが片開きの木戸を押すと、抵抗無く店内への入り口が開いた。


「先に素材を運び入れとこう。みんな手伝ってくれ」

「はーい」


 もっぱら男二人が率先して荷物を運び、雪たちが店の床に素材を整理して並べる。

 遠慮の無い彼らの行動が騒がしかったのか、熟睡していたダリアも奥の住まいから起き出してきた。


「誰じゃ? 何をしとる!」

「おう、おはよう。言われた素材を持って来たぞ」


 不法侵入者が勇者一行であるのは、ダリアにもすぐ分かったらしい。

 店内のランプを点けて回りつつ、深夜にあるまじき所業を呆れた声で非難した。


「こういうことは、昼間にせえ。随分、仲間が増えとるのう?」

「こっちにも事情があってな。自己紹介しとくか? 俺が十八番目の勇者だ」

「十八番目の女神です。また来ました」

「十七番目の勇者だよ。来たことあるのかな」

「女神よ、七番目。大賢者の方がいいかしら」

「二番目の勇者……デス。この街は、やはりツライ……」

「ロウは無理すんな」


 勇者が二・五人に、女神が二人。そうそうたる面々に、老婆も目を丸くした。


「なんてこった。まだこんなに勇者や女神さんがいたのかい」

「女神ならもう一人、十五番目にも会ったぞ」

「おお、その女神さんには世話になった。大陸ギルドの本部長さんじゃろ?」


 そうだと肯定し、蒼一は本題を切り出した。


「言われた物は揃えた。お守りを作るのに、どれくらい掛かる?」

「半月……いや、急いどるのか?」

「まあな。魔竜次第だが、もう少し早いとありがたいな」

「それなら、一週間で準備してやろう。人生最後の大仕事じゃて」


 彼はハナに振り向き、ダリアの言葉をよく聞くように諭す。


「これが正しい姿だ。そう思わないか」

「何よ、私の仕事が遅いって意味?」

「違う、ババア感だよ。“じゃろ”とか“じゃて”とかさ。ハナやエマは、老婆として間違ってる」

「お前さん、お守り作ってやらんぞ」


 蒼一たちは、街中で泊まるつもりはなかった。ダリアの店で用事を済ますと、即座に馬車へ取って返す。

 ハナは馬を含め全員に、回復魔法をかけて回った。


「睡眠時間を削れるのは、助かるな」

「癒しの女神の名はダテじゃないわよ」


 緑の魔光を浴びながら、雪にしては珍しく、誰に言うともなく愚痴をこぼした。


「私はどうして力を貰えなかったんですかねえ」

「えっ、何の女神なの?」

「雪の女神です。雪は降りませんでした」


 皆の回復作業を続けつつ、偽少女は首を捻る。


「そんな女神はいなかったわ。魔法が発動しないのは、効果と対象が間違ってる時」

「“雪”の効果って?」

「んー、冷え込む?」

「そういうとこはババ臭いですねえ」


 ハナの推察によれば、女神も勇者も同等の力を与えられていると言う。勇者は多種多様なスキルを、女神は一点集中型の特化能力を持つはずだ。

 女神でありながら、ハナが各系統の魔法に通じるのは、二百年に亘る修練の賜物だった。


「雪をイメージして、いろいろ試してみたら? 発動対象を変えながら」

「そうですね……とりあえず、手近なところから」

「ちょっと、私はやめなさいよ!」


 実験台にされては堪らないと、ハナは馬の後ろに隠れる。

 仕方がないので、次に近くにいたマルーズの横顔へ、雪は右手を掲げた。


「むむむ……雪っ!」

「え、えっ、どうされたんですか? 私はマルーズですよ」

「マジカル知ってます。マルーズは役に立たない、と」

「ええ!?」


 空はダメ、岩も無反応、人も変化無し。

 今まであまり気にしていなかったが、ハナの活躍ぶりを見ると、雪にも思うところがある。


 南へ向かう車中、彼女はずっと難しい顔をして、ぶつぶつ試行錯誤を繰り返したのだった。





 サーラムからしばらく南へ進み、朝の日差しに暖かさを感じ始める頃までは、長閑な森と草原が広がっていた。

 並走するマーくんも、気持ち良さそうに風を切る。

 周囲の様子が急変したのは、短い昼の休憩後のことだ。

 再び南下を始めた蒼一たちは、目まぐるしく変わる風景の遷移に驚いた。


「さっきまで赤かったのに、今度は黄色か」

「縞模様みたいに違う木が生えてるね」


 メイリの言う縞模様は、南端に着くまで繰り返される。

 百メートルくらいの間隔で植生が変化し、その度に草木は違う彩りを見せた。


「綺麗なのはいいけど、なんでこんなことに?」


 唯一、仲間の中で訪問経験のあるハナが、彼の疑問に答える。

 トムスを探して、彼女は二度この地に足を踏み入れていた。


「霊力の量が異常なのよ。魔物の隔離所として大陸西端を選んだのは、この平原の存在も理由だと思う」

「魔物が大量発生でもしてるのか?」

「今はいないわ」


 各地に発生する霊力溜まりは、時として巨大に成長して、最後には崩壊する。

 これは大陸を襲う自然災害であり、大崩壊と名付けられる歴史に名を残すような天変地異を引き起こしたこともあった。

 地形を変え、そこに棲む動植物を駆逐するだけではなく、霊脈崩壊には大きな副次災害が伴う。

 魔物の大量発生だ。


 幸いなことに、この平原で発生した魔物は歴代勇者が尽く討ち果たした。

 現在では小動物の数すら少なく、霊脈の同心円に沿って無害な植物だけが生い茂っている。

 これが“終焉の平原”と呼ばれるようになった原因だった。


「……同心円?」

「ええ、大きな霊力溜まりが中心。その回りを、幾重にも霊脈円が取り囲んでる」

「まさか魔竜ってのは……」

「御明察ね。魔竜はその霊力溜まりを巣にしてるのよ」


 王都に近い場所を根城にする巨大な魔物。いつ北上して暴れるか分からない、そんな竜を放置するわけにはいかない。

 歴史上、幸いにも魔竜が平原から出た記録は無いものの、今も王国の最大の懸念事項であった。


「勇者の王国巡りは、最後に平原で終わる。エマやダリアの両親みたいに、任務を途中放棄した者だけが生き残れた」

「……帰ろうかな。勇者のスキルで対抗できないのかよ」

「一撃でも食らったら、もう負けだから」


 蒼一が二の足を踏むと考えたのか、ハナは魔竜について詳しく説明してこなかった。

 敵の本拠地が近づいた今なら、もう教えても大丈夫だろう。


「もうすぐ見える」

「何がだ?」


 赤い地草の帯を越えると、干し草のような黄土色の草の絨毯へ。

 その次が、植物の見当たらない岩と黒土の大地。


「焼き払ったのか? 岩しかねえな……」

「よく見て」


 ハナはラバルに街道脇の岩陰に、馬車を停めるよう指示する。ここはもう、魔竜の活動範囲だ。

 日中を移動に費やし、陽の光は既に力を弱めている。

 他の惑星のような荒涼とした光景に、馬車を降りた蒼一は目を凝らした。


「おい、あの辺りに転がってる岩って――」


 前方に点在する奇妙な形の岩の群れ。


「全部、魔竜にやられたのよ。魔竜バジリスク、石化の王」

「……帰ろうかな、やっぱり」


 大量の人型の岩を遠くに眺め、彼は詳しい説明をハナに求める。

 魔竜の攻略方法は、楽観思考の蒼一であっても簡単には思いつかなかった。





「石化ブレスの仕組みは、解明されていないわ。高魔力による呪いのようなものだと思う」

「浴びると何でも石になるんですか?」

「動物でも、植物でも、触れたものは全てね」

「ハナさんの解術は?」

「効かない。平原の犠牲者に試したけど、変化無し。生きている波動すら感じ取れない」


 雪とハナの会話に、蒼一は僅かな光明を見つける。


「あの人型石、ちょっと近くで調べてくる」

「メイリも行く」


 喋るよりは行動という二人組で、魔竜の被害者の調査に向かう。

 石となったのは、兵や功名心に駆られた冒険者たちだ。魔竜と対峙した時期には、数百年前のバラつきがあり、装備品や格好に統一感は無い。


「この石、硬いんだね。欠けたりしてないよ」

「体はな。でもほら、これとか見てみろよ」


 蒼一が指したのは、兵の持つ槍の先だ。

 握られた柄はしっかりと残っているが、あるべき刃先は砕けている。


「うーん……あっ、ここも無い」

「よく調べりゃ、装備は不完全なのが多い」


 魔術師のマントの裾、腰の剣の鞘、兜の頭頂飾り。どれも中途半端なところで、一部が失われていた。


「ブレスが当たれば石になるんなら、この辺りの地面も石になってないとおかしい」

「そうか……何でも石化するんじゃないんだ」


 調査を適当に切り上げ、腕組みして戻る蒼一。

 石化ブレスの性能、そいつが攻略の鍵にならないだろうか。


「お帰りなさい、何か分かりました?」

「ああ……強敵だ。防御系スキルを強化しよう。まだあったよな」


 雪が巻物を開き、リストから蒼一に指示されたスキルを探す。

 何か対抗策を考えたらしい彼に、ハナが期待を込めて質問した。


「どうやって倒すの?」

「そりゃ、殴るんだよ。いつもと一緒」

「ブレスへの対策は?」


 その解答の一つを、雪が代弁する。


「風塵脚に空圧盤、これはブレスを吹き飛ばすつもりですね?」

「そうだ。つむじ弾は矢が勿体無いからいらない」

「風だけじゃ、防ぎ切れないわよ、たぶん」


 歴代勇者の惨状を顧みると、ハナの言う通りだろう。


「霊鎖と全力遁走での回避もできる。警戒系も全部取る」

「それでいけるのかしら……」

「トムスはどうしたのか、知ってるか?」


 かつての相方の名前を出され、彼女の顔が曇った。


「あの人、石波動で戦うって言ってた」

「まさかの石化対決か。ようやるわ」


 ――そりゃ勝てないはずだ。ガチ対決にこだわるにも、限度ってもんがあるぞ。


「巣の周りには、他の魔物もいるんだよな」

「魔竜の眷属ね。ブレスを吐かない、小さなトカゲがいるはず」

「そいつらは皆で倒そう。魔竜本体は、俺一人で行く」


 トムスと同じ行動を取ると言い出した蒼一に、ハナはけたたましく言い返した。


「なんでアンタまで、そうなのよ!」

「俺を熱血バカと一緒にすんな。勝つためには、それが一番なんだよ」

「どういうこと?」

「お前たちは、ベースキャンプだ。回復やら解術やら、安全圏でやらんと意味無いだろ」


 雪たちには、毎度お馴染みの戦法だ。


「今までこうやって、全部攻略してきたんです。十八番目は、割と強いですよ」

「やるときはやるよね」

「おっ、お前らもいいこと言うな。ハナはあの犠牲者たちの回復方法でも考えといてくれ」


 雑魚戦には、マーくんも加え全員が参加する。

 攻略基点になりそうな場所も探しながら、皆はさらに南を目指し、黒土の荒野に踏み出した。


 先頭を行く蒼一、その後ろを歩く雪とメイリの背中を、ハナはぼんやりと眺める。


「……私とトムスとは、ちょっと違うわね」


 七代目とは似ていなくても、三人もまた強い関係なんだと、ハナは気付く。


「信頼、か」


 多少羨ましく思いながら、彼らに遅れないように、彼女も足を運ぶスピードを上げた。

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