064. 大怪鳥

 オークションに上がった情報によると、大怪鳥はナタンドから半日歩いた先にあるニムル山にいるらしい。

 貴重な霊草を採取するために登った冒険者チームが、山頂付近で巨大な翼の影を目撃した。

 元来、この山には大怪鳥の巣があると噂され、山を登る者は少ない。

 特にスキルを使うことなく、蒼一たちは麓まで歩き、ここで一泊する。


「明日の朝から、跳ねて一気に山頂へ向かう。途中で白いトカゲを見たら、そいつも収集対象だ」

「雪トカゲね。私の火炎で始末できるわ」

「…………」


 焚火を挟んで座る蒼一は、黙って対面の少女を見た。


「どうかした?」

「なんで馴染んでんだ、お前」


 短剣と交換で牢から解放されたハナは、監視付きで宿に軟禁される予定だった。

 しかし、宿まで同行した勇者が、ニムル山を目指すと聞くと、彼女はしれっとその仲間に混じる。

 ギルドとしても、勇者に監視してもらった方が気が楽なため、その行動を黙認した。


「逃げたら、懸賞金を倍額にするからな」

「懸っ……!? そんなことしてたの!」


 自分を捕まえようとする市民の必死さに、彼女はようやく合点が行く。

 蒼一までの勇者たちにも、ハナの行動を不審に思う者は存在した。だが、基本的には単純な人物が多く、ここまでハッキリ敵対したのは彼が初めてだ。


「あ、そういや、酒はうちの女神が飲み干したぞ」

「ええっ! 霊酒を自分で飲んだの? 全部?」

「美味しかったですう」


 まあいいわ、とハナに返事する隙は与えない。


「家も潰しといた。更地に」

「ええぇーっ!? なんでそこまでするのよ!」

「ムカついたから」

「スッカラカンですう」


 ワナワナ肩を震わす彼女を見て、蒼一は少なからず溜飲を下げた。

 極悪コンビにおののき、ハナはか弱いもう一人の少女を味方に付けようとする。


「この人たちに、酷いことされてないの? あなた、こんなタイプじゃないでしょ」

「酷いことはされるけど、平気だよ」

「ハナ、ちなみにそいつが白魔人な」

「いぃっ!?」


 トラウマになりそうな白い顔を思い出し、彼女はメイリから目を逸らした。暗闇に浮かぶ顔だけ魔人は、勇者が呼び出した幻獣だと思っていたのだ。


「俺たちは寝るけど、ハナは起きてるのか?」

「見張りは? 私じゃなくて、魔物を警戒する役」

「警戒睡眠があるから、寝て構わない」

「そんなの取ったんだ」


 彼女は寝ずの番も可能だが、不必要と言われれば、寝てしまおうと考える。雪、蒼一、ハナ、メイリの順で、並んで岩影に寝床を定めた。

 寝る前に、蒼一の頭に一つ疑問が湧く。


「ハナ、お前の巻物は今も持ってるのか?」

「女神の巻物は、トムスが持ってくれてた。その方が安全だろうって」


 スキルを一通り取得した七番目の勇者は、以降、巻物を見て能力を追加することはしなかった。

 この辺りも、蒼一たちとはやり方が違う。


「私をかばって、何でも一人でする人だったのよ。最後も強敵だからって、置いて行かれるし……」

「勇者も人それぞれだな」


 昔の勇者との差に思いを巡らせつつ、蒼一はローブを布団代わりに体に掛けた。


 ハナもすぐに眠ろうと努めたが、魔人の踵落としが一晩中、彼女を襲う。

 結局、この夜、七番目の女神が熟睡することはなかった。





「何なの、この子! さすが十八代の連れだわ。見た目の可愛いさに騙された」

「可愛いって……もうっ、ハナさんたら」


 頬を赤くするメイリを見るハナの目は、珍獣に対するそれだ。


「このメンバーで、ぶっちぎりの常識人は俺だぞ。二百年生きた割に、見極めが甘いな」

「どの口が言ってやがるーです」


 大体において真面目な人間が多いこの世界では、蒼一たちの会話は新鮮だ。

 どこか懐かしいようにも感じ、ハナの頬が緩む。


「お前、気色悪いから笑うな。幼女の表情じゃないだろ、それ」

「きしょ……!? 可愛いいでしょうが、私も! ぶっちぎりでしょ!」

「さすがに、メイリと比べるとなあ」

「美人だけど魔人じゃん、この変人!」

「美人だなんて、もうっ、ハナさんたら」


 勇者の自覚が好影響を与えたのか、メイリも絶好調だ。

 ポジティブメイリは、さっさと槍を担ぎ、魔物退治にやる気を見せる。

 跳躍登山には、蒼一が彼女たちを抱えなくてはいけないが、三人となると手が足りない。

 仕方なく、彼は荷物をまとめることにした。


「メイリにハナをくっつける。オーケー?」

「オーケーだよ」

「えっ、え?」


 メイリの腹に粘着が放たれると、彼女はハナに突進する。


「ハナさん、動かないで!」

「な、何するの!?」


 逃げようとした老幼女を、真性少女が背中から抱きしめた。


「完了!」

「よし、雪も来い。跳ねるっ」


 二回上に向かって連続跳躍して、またハナを貼り直す。その手順で、快調に彼らは登山を開始した。

 中腹まで一時間も掛からない高速登山だ。


「こういう急斜面の山を登るには、めちゃくちゃ便利だな、跳ねる」

「ちょっと面白くなってきました」

「ちょっと気持ち悪くなってきた……」


 回復すればいいだろ、と、ハナの愚痴は聞き入れられない。

 三分の二ほどの登山を終えた頃、メイリが一つ目の対象を発見する。


「白いトカゲだよ、えーっと、十一時の方向!」

「おっ、学習したな、メイリ」

「へへっ」


 蒼一はハナに指示を出す。


「もっかい跳ぶから、上から火炎で焼け」

「無理だって! 歩いて、お願いだから歩いて行こ?」

「なんだよ、軟弱女神だな。ちゃんと肉食べてるか?」


 雪に七代目の食生活チェックをさせつつ、彼らは雪トカゲのいた場所へ向かった。

 トカゲの体長は、尻尾まで入れても、蒼一よりは小さい。純白の皮膚は、花崗岩質の山肌では保護色ともなるが、見付けづらい程ではない。


 数十メートル、ロッククライムに励めば、トカゲは簡単に発見できた。

 斜面から突き出した大岩の先で、泰然と下方を睥睨へいげいしている。


「こっちに気付いてそうなもんなのに……ナメられてるな」


 逃げようとしないのは、蒼一たちには好都合だ。


「欲しいのは尻尾の先端だ。そこは避けて焼け」

「そんな器用なこと出来ないわ!」

「じゃあ、先に斬るから、焼くのはその後で」


 毒薬を用意し、回復歩行を発動しながら、勇者は堂々とトカゲに歩み寄る。

 お互いが攻撃範囲に入った瞬間、先に口火を切ったのは魔物の方だった 冷気のブレスが勇者に向かって吹き下ろされ、周囲の地面が霜を張る。


「自分に炊事、毒反転っ」


 蒼一は蛇毒をあおり飲み、凍結する空気の中を突き進んで強行突破した。


「粘着っ!」


 足を接着されると、雪トカゲも相手が唯の脆弱な人間ではないと知る。

 反撃のブレスをさらに拡散させるが、回復歩行を止めることはできない。


「行け、盾投げ! 雪をぶった斬って来い!」

「ハイー」

「トカゲが抜けてますよ、わざとかコノヤローです」


 カーブを描いて回転飛行したロウは、尻尾の根本近くに食い込む。ギーギーと鳴くトカゲの尾は、皮一枚を残し切り込まれた。

 雪トカゲが痛みで暴れる内に、彼はその背後まで駆け上がる。

 人型に変形したロウと一緒に、蒼一は切断寸前の尻尾を掴んで引っ張った。


「おら、ちぎれろ、この雪野郎!」

「……私、何か恨まれるようなこと、しましたっけ」


 雪とメイリが彼の戦いを見守るのは、いつもと同じ。

 ハナだけが、超接近戦に挑む蒼一をどう援護すべきか、対処に窮していた。


「遠くて回復できない……」

「その場で足踏みしてる間は、大丈夫ですよ」


 ビッターン。

 粘着で固定された胴体から、遂に尻尾が切り離される。

 もう所構わずブレスを吐き散らし出すトカゲ。その本体に用は無い。


「ハナ、焼け!」

「で、でも、アンタも逃げないと……」

「細かいこと気にすんな!」


 躊躇いつつも、魔石を握り、ハナは魔法を発動する。


「火炎流っ」


 炎の奔流が、雪トカゲへと伸び、ブレスを消し飛ばした。炎が蒼一たちのいる岩ごと、トカゲを燃やす。

 断末魔が響く中、氷室に包まれた蒼一が、平然と尻尾を持って現れた。


「雪の尻尾、ゲットだぜ」

「私の方を見て言わないでください」


 尻尾の先端は、青白い鉱石状に結晶化しており、彼はそれを盾で切り離す。


「この人の戦いは、いつもこうなの?」

「今回は順調だったよ。いつもはもうちょっと泥試合になる」

「そうなんだ……」


 全く共通点の無い七番目と十八番目の勇者だが、戦闘の強引さは少し似ていると、ハナは思った。

 昔を思い出す彼女は、当然のように蒼一にツッコまれる。


「それ、その顔だ。キショいやつ」

「私に笑うなと?」

「笑う時は声を出せ。腹から笑わないから、お前みたいにヒネるんだ」

「なっ!」


 反論しようとしたものの、ハナも自分の笑い声を、とんと聞いていないことに気が付く。

 何年も大賢者として振る舞う内に、笑い方も忘れてしまったのだろうか。


「さあ、次は鳥だ。陰気賢者をまたメイリにくっつけよう」

「蒼一さん、あれ」

「ん?」


 雪の視線を追わずとも、何かが上から接近するのが、他の面々にもすぐ分かった。巨大な影が、山肌を素早く移動する。

 空を見上げた蒼一は、飛翔する影の主が、遥か上空にいることを知って驚愕した。


「おい、あれ大きいぞ。むっちゃくちゃデカい」

「“大”怪鳥ですからねえ」


 空中にいる鳥の大きさを正確には推定できないが、かすみ具合から見て、今までのどの魔物よりも大きいだろう。

 粘着でしがみついて、加重で引きずり落とす、その事前に立てていた作戦は、実現できるか怪しくなってきた。


「加重勇者くらいなら、余裕で掴んで飛びそうだな」

「敢えてくっつかないとか」

「うーん……」


 クルクルと円を描いて高高度を飛ぶ大怪鳥をまともに攻撃するには、飛行能力が欲しい。

 “跳ねる”では高度が足りない、そう悩む蒼一に、ハナが提案した。


「私の“飛翔”を掛け合わせれば、かなり飛べるんじゃなくて?」

「ほう。それは使えそうだ」


 まずは粘着作戦、それが失敗したら、ハナの飛翔作戦。そう方針を決め、蒼一は単身登頂に赴く。

 雪たち三人は、狙われると危険なため、中腹で待機だ。いざとなれば、霊鎖での帰還ポイントにもなる。


「そんじゃ、行ってくるわ」

「鳥肉、期待してますね」


 ニムル山の山頂を舞台に、勇者と巨大鳥肉の決戦が、ここに開始されたのだった。

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