063. 七番目の勇者放浪譚

 長い取り調べを終え、宿に戻った蒼一たち三人は、食堂で夕食に取り掛かる。

 大賢者、いやハナも、今頃は牢屋で固いパンをかじっているだろう。


 七番目の女神、別名「癒しの女神」は、高い回復能力を持って召喚された。いや、“高い”程度の表現では語弊がある。


 怪我や病気の治療はもちろん、疲労も知らず、睡眠すらほとんど必要無い。

 極め付けは、二百年以上を生き延びさせた、若返りの効果だ。

 癒しの女神は、自らの老化すら治癒できる。他人の若返りまでは無理だそうだが、一体どこまで長生きするのやら。

 もっとも、この癒やしの力には、リスクも存在した。


「何度も若返ったせいで、馬鹿になった。簡単に言うと、そういうことだ」

「身も蓋もありませんね」


 一見健忘症のような物忘れは、歳を経る毎に酷くなったと言う。

 この症状は、魔言語や召喚前後の記憶に顕著に現れた。言語習得のため一から学童用の速修コースを取り、壁に大量の覚え書きを貼付ける。

 それでも性格が幼児化する現象は、どうにもしようがない。


 そこまでして生きながらえた理由、それは七番目の勇者の存在だった。

 この世界で恋人となった勇者は、まだ自分と同じく生きている、そうハナは断言する。


「生き別れになっても、リンクしてるからな。ロクにダメージが与えられないわけだ」

「でも、痛がってましたよ?」

「それは本人も気にしてたよ」


 勇者が壮健な状態なら、女神は痛みすら感じないはずだ。

 それが上手く働いてないということは、繋がりが弱くなっているのか、勇者が衰弱しているのか――。


「死んだら分かる、そう言い張ってたからなあ。俺には何とも言えん」

「ちょっとだけ、ハナさんを見直したよ」

「メイリは素直ですからねえ」


 七番目の勇者を救う、それがハナの主目的だ。

 宝具や魔物討伐のお膳立ては、“勇者の仕組み”を探るために行っていたと、ハナは説明した。

 自分以降の勇者にあれこれやらせて、実験していたらしい。

 本来の大賢者はとっくの昔に亡くなっており、彼女はそれに取って替わる形でカナン山に住み着いた。

 王城の連中は、それでも不審がらずに納得している。


「とりあえず、大賢者は敵じゃないってことですかね」

「いや……どうだろう。まだ少し胡散臭い」


 解消された疑問もあれば、逆に増えたものも有る。

 この話には、もう一人、鍵となる人物が存在した。明日、ギルドに行って、マイゼルとまた相談しようと蒼一は決めた。


 彼が翌日の予定を考えていると、固い肉に苦戦していたメイリが、話をリクエストする。


「私、七番目の勇者の話を知らない。教えて」

「ああ、メイリには言ってなかったか。部屋に戻ったら、話してやるよ」


 早く聞きたい彼女は、雪ばりに肉を噛みちぎり出す。高速で食事を片付け、蒼一の部屋に集合し、とある勇者譚が語られ始めた。


「ワタシも楽しみデス」


 人形態になったロウまで正座している。


「お前も大概、謎だらけだ」


 二人と一体は、蒼一の話に耳を傾けた。





 七番目の勇者の名は、トムス・ブライアだとハナから教えられた。


 彼は典型的な熱血漢で、勇者の使命もすぐに受け入れ、魔物討伐にも積極的に乗り出す。

 スキルの取り方も特徴的だ。


 防御、補助魔法には一切目もくれず、最上位の攻撃スキルだけを取りまくった。

 極炎龍、神雷、暴風斬。

 絶氷界、聖なる霊光。


 “俺は勇者として、恥じない戦いをしたい”


 彼は口癖のように、そうハナに繰り返す。ただ、彼の言う“勇者たる戦い”は、酷く偏っていた。


 一つ、防御はしない。回復は受ける、死ぬから。


 一つ、敵を真っ向から討つ。火には火を、氷には氷を。


 一つ、背を向ける敵は攻撃しない。無理やりでも前を向かせてから斬る。


「これって自分から苦戦しに行ってますよね」

「ソウイチとは、考え方が逆だね」

「ワタシは七代目に拾われなくて良かったデス」


 事実、彼の戦いは、苦戦に次ぐ苦戦となった。

 イノジンとは血みどろの殴り合いを演じ、火トカゲとは火炎の応酬で数時間を費やす。


「西の海に水龍ってのがいたらしいんだ。そいつ相手に、爆水弾で勝ってる」

「何時間で?」

「三日だ」


 最早、疑う余地は無い。こいつも真性の馬鹿だ。熱血系馬鹿。


「当時は、その水龍を始め、五龍ってのが王国で暴れてた」

「葉竜とか?」


 メイリは厩舎で仲間を待つマーくんを思い出す。


「葉竜は違うな。火龍とか雷龍とか。えーっと、後は土龍と光龍だったか」

「どれも強そうですねえ」

「水龍はそれでも最短討伐だ。土龍を地震攻撃で倒したのが、半月近く掛かってる。村も二つほど倒した」


 同系能力同士の対決は、攻撃が相乗効果で増幅しやすい。龍と勇者が地震でやり合えば、近隣は一たまりもなかっただろう。

 現在、王国に龍がいないのは、こういった先代勇者の活躍があったからだ。

 トムスは幾年もかけて強力な魔物を倒して行き、何種かは絶滅にまで追いやる。

 彼のような無謀な戦い方でも、初心を貫徹できたのは、ハナの優秀な回復能力のおかげでもあった。


「まあ、相性のいいコンビだと思う。最後は婚約までしてるしな」

「私たちも相性いいですよ?」

「えっ、そうかな」

「蒼一さんが調達して、私が食べる」


 ――ほう。俺も食わせろ。


「で、でも、結局やられちゃうんだよね?」

「魔竜ってのがラスボスで、勇者が巣に向かう。そこで勇者の書の話は終わりだ」


 最後のボスと見定め、トムスは一人決戦に赴く。

 そう、ハナを残し、一対一の戦いを挑んだ彼は、彼女の元に戻って来なかった。


「俺が読んだ限りでは、魔竜を倒したって記述は、以降も出てこない」

「まだ王国にいるの?」

「かもな」


 ボスを討伐すればミッション完了なら、こいつが帰還手段だ。しかし、魔竜は竜であって、魔王ではない。


「魔王自体は、三代目が倒しちまってるんだよなあ」

「魔王は特定の魔物を指す言葉ではアリマセンヨ」

「どういう意味だ?」

「ソノ時代、国を揺るがす最強の魔物を、魔王と呼ぶのデス」


 それは実質、魔王なんていないというのに等しい。

 今後、また魔王と呼ぶのに相応しい魔物が現れるのか。その出現が、ゴールなのか。


「蒼一さん、魔王自体は、最初から目的じゃないのでは?」

「んー……そうか。魔王を倒せとは、言われてないな」


 その後、ついでに十七番目の勇者の下りも求められた蒼一だったが、こちらはさして語ることが無い。

 召喚後、魔物を何度か討ち果たしたとあるが、おそらくイノジン程度の雑魚クラスだ。

 唯一、ハサミの魔物に苦戦したというのは、マルダラの洞窟のことだろう。そこで話は途切れている。

 大賢者に会うまでの記載が圧倒的に少ない理由は、ハナから聞いた話で納得できた。


「私もスキルが使えたんだよね……」


 自分の勇者姿を、メイリが想像する。


「火炎と雷撃は使えたっぽいぞ。おかげで俺は炊事と気つけだ」

「何かゴメン」


 謝ってはいるが、魔法を駆使したであろう過去は、少し嬉しいらしい。

 柔和な笑顔を見せるメイリを、彼は寝床へ急き立てる。


「ほら、もう遅い。寝よう」

「うん」

「ハイ」

「盾は寝なくていい」


 大賢者の身柄を押さえたことで、懸案の一つは片付いた。

 ナタンドでの蒼一たちの睡眠は、ほんの少しだけ、いつもより快適だった。





 次の日の朝は、厩舎の葉竜を見に行くことから始まった。

 マーくんはクピクピと喜んでいたものの、キノコ竜の出番はまだ先だ。


「もうちょっと我慢しててくれ」

「クピー……」


 その厩舎からさらに五分ほど北に、ハナのいる牢がある。

 だが、彼女と話す前に、まずはギルドだ。牢とは逆方向、ナタンドの大陸ギルドへ一行は出向いた。

 朝から忙しく働くマイゼルが、鏡の前で髪を整えてから駆け寄って来る。


「勇者様、おはようございます」

「ああ、大賢者の扱いを相談しようと思ってさ……」

「その前に、御報告があります」


 ハナの捕獲を本部に伝えたところ、その返信が昨夜返ってきた。

 ラズレーズより、本部長が直々にナタンドへ来ると言う。


「そりゃ助かるが、どれくらい掛かる?」

「早馬で急ぐそうです。五、六日かと」


 ハナを連れてラズレーズに向かうのは面倒に思っていたので、本部長の来訪はありがたい。

 この人物こそが、ハナの会おうとしていた相手であり、もう一人の“鍵”だった。


「それじゃ、それまでに頼むことがある」


 彼はマイゼルに手書きのメモを見せる。サーラムの老婆、ダリアに書いてもらった素材リストだ。

 施設長が、並ぶ魔物の名に目を通した。


「この魔物の素材が必要なんだ。ここでオークションはやってるか?」

「オークション? ああ、情報の競りですね。あちらの掲示板がそうです」


 仕事依頼のボードの横には、新たに設けられた競り用のスペースがある。

 既に依頼票よりも多くの紙片が、そこにビッシリと貼られていた。


「いい感じじゃねえか。リストにある魔物の情報を見よう、勇者特権でな。近場のやつは、俺たちで狩りに行く」

「……遠方の魔物も多いですね。ギルドもお手伝いしましょう」


 巨大蛾や地トカゲなどは、ギルド所属のハンターでも充分狩ることができる。

 イカジンなど海に棲息する魔物の素材は、沿岸にあるギルドで調達し、この街まで届けてくれると言う。


「葉竜の鱗、これは難物ですが……」

「俺たちには余裕だよ。連れがしょっちゅうバラ撒いてる」


 ナタンド周辺で見つけられる物は、多少強い魔物でも、蒼一たちで対応すればいい。

 そうやってリストをチェックしていった結果、残ったものが二つ。


「大怪鳥の爪、これは東の高山に棲む葉竜に匹敵する強敵です」

「なんとかするさ。もう一つ、入手が難しいってのは何だ?」

「水龍の逆鱗、これは不可能ではないでしょうか。最後に目撃されたのは、もう随分昔の話です」


 今では見かけないという返事は、蒼一も予想していた。


「そいつに関しては、裏技が使えるんじゃないかな」

「裏技、ですか」


 マイゼルへの相談は順調に終わり、次はハナのいる牢に向かう。

 檻の中、彼女は膝立ちで手を組み、黙祷するように目を閉じていた。


「おうおう、大人しくて感心な子供だな」

「子供じゃない」

「信心深いのか?」

「ああ、これ? 魔力を回復してたのよ。昨日は誰かさんに、大量に使わされたから」


 ゆっくり立ち上がると、ハナは蒼一たちに向き合った。


「いつ出してもらえるの?」

「うーん、出すと何するか分からんしなあ」

「子供を閉じ込めて平気なんだ」

「お前、調子いいな」


 蒼一は檻に向かって一歩前に進み、顔を近付ける。


「出してやってもいい。ギルド本部長も、ここに呼んでやろう。会いたいんだろ?」

「……条件は?」

「察しのいいこって。交換条件は、あれだ」


 彼が指したのは、後ろの雪が持つハナの短剣だった。看守に取り上げられたのを、蒼一たちが借り出したものだ。


「あの剣、龍の鱗だろ。それも水龍じゃないのか?」

「あなたこそ、勘がいいわね。その通りよ」


 短剣の鞘は青い鱗で装飾されており、握りに付いた龍の彫り物がその素材を主張している。王城で貰うレプリカではなく、本物の龍剣だ。

 七番目が討伐したという情報から連想した蒼一の山勘だったが、ここでは見事正解だった。


「わざわざ倒した魔物で作ったんだ。貴重な逆鱗も使ってるよな?」

「……刃が逆鱗よ」


 龍の最も硬質な部位は、形を整え、そのまま短剣の刃として利用された。

 大当りを引いた蒼一は、要求を告げる。


「くれ」

「…………」


 勇者との思い出の品だ。ハナも即答を躊躇う。


「何に使うの?」

「砕く。くれ」

「…………」


 依頼ではなく命令、そうハナは受け取った。


「分かったわ。一応、何に使ったか教えてね」

「たぶん、お前も使うんじゃないかな……」


 お守りの素材集め、その最難関はこれでクリアだ。

 残る難物、大怪鳥の爪を求め、彼らは同日の昼前、ナタンドの街を出発した。

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