034. 魔術師の受難

 墓地内に居たヤースは、外から現れた蒼一たちに、慌てて走り寄った。


「勇者様、いつの間に外へ?」

「この手のやつは、最後に祠へ戻されるんだ」


 ギルド職員は十人以上が作業をしているが、フードで頭を隠している者もいる。

 それに対し、施設長は堂々とその禿頭を晒していた。


「立派なもんだ。スッキリしたな」


 勇者が何の話をしているかは、その視線で分かる。


「抵抗はありましたが……話を伺い、その理由に感銘を受けたのです。若き女性たちのためなら、頭髪など!」

「それ、あっちで睨んでる奴にも言い聞かせといてくれ。って、あれネルハイムか」

「彼は婚約者の家に挨拶に行く直前でしたので……」

「それを言ってくれりゃ、モヒカンで許したのに」


 ヤースによると、街が保管する古文書に、いくらか地下遺跡についての記述があったらしい。

 さすがのギルドの調査力でも、一朝一夕でそれ以上はっきりとした成果は出ない。

 更なる報告は後日に期待して、勇者たちは宿へ帰った。


 夜は蒼一の部屋で人型に戻ったロウの話を聞き、五百年近い昔に思いを馳せる。

 魔傀儡への充電、正確には充魔には相当量の魔力を消費したらしく、会話の間中、雪はモグモグと口を動かしていた。

 メイリは彼女のために、飲み物を用意してやる。


「ロウの話だけでは、もう一つ、帰還のヒントにならねえな」

「二代目は任務途中で亡くなられ、三代目の最期は存じマセン」


 部屋に持ち帰った夕食が無くなると、雪は買い込んだ勇者飴を食べ始めた。

 蒼一の顔をちぎりながら、彼女も話に参加する。


「その勇者さんたちも、地球から来たんですよね?」

「それも答えかねマス。ただ、初代の勇者は、王国の王子と聞いていマス。魔物に王都を破壊され、今の場所に遷都したそうです」

「そんな話、マニュアルに載ってないぞ」

「二代目の記憶はワタシも混乱していて……三代目も王家の一族のハズ」


 どの代についても、勇者の書に召喚時の情報は無く、特に最初の三代は圧倒的に全ての記述が少ない。

 ロウの言葉が真実なら、勇者とは、この世界の人間が生んだ存在だ。

 では、召喚を始めたのは誰だ?


「お前、顔からして記憶力がいいだろ。また見て欲しい地図があるんだ」

「あまり期待シナイデ」

「……顔ってありましたっけ」


 雪がしげしげとロウの滑らかな頭部を観察する。


「ユキさん、全部食べちゃったの?」

「足りないです」

「また明日な。さあ、もう寝よう」


 翌日の朝、少し寝坊した蒼一は、雪のノックで起こされた。彼女はロウに用事があると言う。

 一人食堂で朝食を済ませ、部屋に戻った彼は、雪の所業に奇声を上げたのだった。





「おまっ、何しやがるんだ!」

「この方が可愛いですよ」


 戸口に立った蒼一へ振り返ったロウの頭部は、もう平面ののっぺらぼうではなかった。

 昨日購入した携帯ペンを使い、黒い丸が三つ、乱暴に塗り潰してある。逆三角形に配置された三点は、目と口のつもりだろうか。

 ロウが、ゆっくりと勇者へ歩み寄る。


「ユウシャ、サマッ……」


 ガタガタとぎこちないロボ歩きが頭部を揺らし、仮初めの目から黒いインクの涙が垂れ落ちた。


「キモッ! なんでそんなブリキの人形みたいなんだ。お前、もっとスムーズだっただろ!」

「コノ、ホウガ、カワイイ、ト」

「やめろや。ソノ、ホウガ、キモイ、ヨ。雪も拭いてやれ」


 頬を膨らませながらも、彼女はロウの顔を布で拭う。


「あはは、顔が縦伸びした」

「ムンクみたいになってるじゃねえか!」


 インクの顔料は吸着力が高く、ゴシゴシ擦っても、いくらか薄く目と口が残ってしまった。


「余計に心霊写真みたいになった……」

「これはこれで、可愛い、かも、です」

「お前も顔が強張ってるじゃん。本気で言ってないだろ」


 これ以上、綺麗にするには、洗剤が必要だろう。

 諦めた蒼一は、ロウに盾になるように指示した。


「後で消してやる。とりあえず、盾型で出掛けよう」

「ハイ……スコシ……ショックデス」

「五百歳でも、ショック受けるのな」


 今日の一番の目的は、蓄魔器屋だ。

 自室で待つメイリと合流して、三人と盾は宿の外へ出向いた。





 娘が戻り、通常営業に戻ったかと期待したワイギス魔具店の扉は、相変わらず固く閉ざされている。


「まだ娘さんの無事を喜んでるんですよ」

「挨拶くらい構わないだろう。呼び鈴鳴らそうぜ」


 戸口の傍らにはカウベルのような鈴が在り、蒼一はそこから伸びる紐を掴んだ。

 紐を左右に小刻みに振ると、カランカランと金属音が響く。


「出てこねえな……」


 もう一度鳴らそうと、彼が呼び鈴に手を伸ばそうとした時、扉の奥から近づく足音が聞こえた。


「勇者様っ!」


 勢い良く開いた入り口に、サナが現れる。二階の窓から訪問者を確認した彼女は、急いで駆け降りて来たのだった。


「助けてください!」

「いや、もう助けたよ? 髪を生やすのは、さすがに俺も無理」

「違います、私じゃないんです」


 周囲を気にするように、サナは蒼一たちを引き入れると、店の奥から二階へ案内した。


「私が帰ってすぐ、父が暴れ出して……」


 二階の一室はサナの父、カイル・ワイギスの書斎で、壁には魔具や魔法に関する蔵書が並ぶ。

 窓際に机と椅子、そして部屋の中央には、荒縄でグルグル巻きにされた父親が床に転がっていた。

 カイルは頭に傷を負っており、床の血痕は彼のものだろう。


「娘を見て首を締めようとしたので、後ろから花瓶で殴ったんです」


 皆の後ろから、母親のハイネが顔を出した。


「目を覚ました後、つい先程まで暴れていて……」


 一応、治療しようとした跡はあるものの、本気で殴ったらしく意外と傷は深い。

 カイルの容態を調べた蒼一は、メイリに回復薬を用意させた。


「日頃の恨みも混じってるんじゃねえのか。薬、飲ませられるか?」

「うん、やってみる」


 少女と場所を交替し、彼はワイギス母子に向き直る。


「娘か出家したんで気が触れたか、もしくは――」

「もしくは?」

「きゃあっ!」


 蒼一たちの会話は、メイリの悲鳴で中断された。

 仰向けにされ、口に当てていた布を外されたカイルは、少女の手に噛み付こうとしたのだ。

 目をひん剥き、唸る父親は、正気を保っているようには見えない。


「これ、やっちまってもいいよな? 浄化っ!」

「ぐるぁっ!?」


 カイルの身体から分裂するように、人型の黒い影が起き上がる。


「やっぱり、そういう類いか。ほら、浄化っ」


 影は形を失い、人魂のように空中を飛んで、勇者の連続攻撃を避けた。

 彼は鞘打ちもすかさず繰り出したものの、煙状の影相手には手応えがない。

 三発目の浄化が放たれる前に、黒い人魂は家の壁をすり抜けて外に逃げる。


「クソッ、物理無効かよ。うぜえ」


 蒼一の左手の盾がパタパタ展開し、ロウはその脚で床に降り立った。


「霊体の魔物、ファズマ。三代目も苦戦された、難敵デス」


 変形した傀儡の顔を見たメイリは、槍を手元に引き寄せる。


「ロウから離れろっ! この悪霊め!」

「ヤ、ヤメテ、メイリさん……」


 千本突きスキルを発動させたかのように、少女はロウの頭部をゴツンゴツンと突きまくった。

 さすが魔装の盾、メイリの槍くらいではビクともしないが、大変迷惑そうだ。


「ホントに、ヤメテ……揺れるカラ。頭が、ものスゴク」

「メイリ、こいつは大丈夫だ。地顔だ、これ」

「ウソよっ!」


 少女の息が上がるまで待って、蒼一と雪が事情を説明する。

 次は私が描きます、そのメイリの宣言に、ロウは人形らしからぬ深い溜め息をついた。





 悪霊ファズマが離れると、カイルは正気を取り戻し、一先ず拘束を解かれる。

 勇者が娘を救出し、自分も助けられたと教えられ、彼は床に頭を擦りつけんばかりに感謝した。


 またこの家に悪霊が来る心配は有っても、蒼一たちが蓄魔器屋に留まるわけにはいかない。

 逃げた魔物を追うため、彼らは一旦、ギルドへ向かった。


「悪霊、本当にいたんですねえ」

「五百年前は、この地方に存在しませんデシタ」


 ロウはまた盾となって、勇者が運んでいる。

 常に手に持つのは面倒なので、革紐で背中に吊せるようにホルダーを作って貰おうと、蒼一は考えていた。


「悪霊も、魔法陣から出たのかもな。街に出た魔物がいないのが、不思議だったんだ」

「じゃあ、あんなのが何匹もいるんですか?」


 人に取り付く魔物は、確かに難敵だと思われた。特に、このような人口の多い街を徘徊されると。


「悪霊の弱点とか知らないか?」

「ファズマは、人の弱った心に住み着きマス。三代目は光魔法を得て、ようやく退治シマシタ」

「俺の浄化みたいなやつだな」

「ソックリの技デシタ。さすが勇者様デス」


 霊特化のスキルだと、取る奴も少なかったんだろう。浄化が残っていて助かった。


「また囮を使うかなあ」

「えーっ、また私?」


 メイリが口をへの字にして不満を表明する。


「いや、今回はメイリは使えない。お前は悩み性だけど、案外ポジティブだしな」


 褒められたのかどうか分からず、少女は微妙な笑顔を作る。


「どうしてもって言うなら、頑張るよ」

「その頑張るってのが、対悪霊には駄目なんだよ」


 もっとこう、ネガティブに振り切った奴がいい。娘がいなくなったと思ったら、スキンヘッドで戻ってきたカイルみたいに。


 ギルドに到着すると、ヤースと見知らぬ若い女性が話しているところだった。

 高級そうなレースの飾りの付いた肩掛けを羽織る、見るからに良家のお嬢様だ。

 施設に入ってきた蒼一へ、ヤースはその娘を紹介した。


「こちらはローゼ・ユレイカル、ギルドにも多額の寄附をして下さっているユレイカル家の娘さんです」

「はじめまして、勇者様」


 胸に手を当てお辞儀する仕草も、成り金では再現できない優雅さだ。


「このローゼ嬢が、ネルハイムの婚約者なのです」

「へえ。坊主にして、恨んでるだろ」


 ローゼはかぶりを振って、彼の言葉を否定した。


「娘さんに安寧を与えるためとは、何とお優しい御配慮でしょう。協力したネルハイム殿も、誇らしく思いますわ」


 例によって蒼一の苦手な人種だったが、今はありがたい。


「そういうことなら、もう一つ頼まれてくれないかな」


 彼は悪霊の出現を、ギレイズ家の様子と共に伝え、その対策を説明する。


「なんと、そのような魔物が!」


 ファズマの存在はヤースにも初耳だった。勇者の考案した悪霊退治作戦に、ローゼは少し返事を躊躇う。


「どうだ、やってくれるか?」

「……心苦しいですが、街の人々のためです。ご協力させて頂きます」


 悪霊を野放しには出来ないと、最後には力強く彼女は頷いた。

 悪霊をおびき寄せ、浄化で仕留める。餌は踏んだり蹴ったりのネルハイムだ。


 こうして、魔術師最悪の一日が幕を開けたのだった。

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