004. 魔物の子

「ウサギも手に入ったし、ここで昼ご飯にしましょうか。この豚さんは、さすがに食べられませんね」


 雪はイノジンに蹴りを入れながら、昼食のメニューを思案していた。


「いやさ、他に気にすることがあるだろ」


 地面に座り込んでいた蒼一は、未だに動かない倒れた人影を見る。

 地走りの効果で、カモフラージュされたように土に埋もれていた。


「生きてるんですか? ああ、いいの有りましたよ、たしか……」


 雪は巻物を開いて、スキル一覧を読む。


「ついでに、何でもいいから、火が起こせるやつもくれ。調理に使う」


 火打ち石は持っているが、少し面倒だ。

 能力で直接ウサギを焼けるなら、その方が早い。


「これこれ。“気つけ”」

「何のジャンルに載ってる能力だ?」

「雷撃とか神雷とか。電気系ですかね」

「弱い電気ショックか」


 巻物が光るのを待って、彼はイノジンに手を当て、“気つけ”を放つ。

 蒼一の指先から小さなスパークが弾け、猪の身体がビクンと跳ねた。


「AEDほどの力も無いな。雪を起こすのに使えるくらいだ」

「そんなことしたら、マジカルロッドで起こし返しますよ」


 さらに巻物の先を手繰っていた彼女は、数少ない火炎系のスキルを挙げる。


「ここ、人気らしくて全滅に近いです。炊事ってのが残ってますよ」

「炊事って……俺は何になりたいんだよ」


 戦闘に使ったら、地走り以上の泥沼になりそうだと、蒼一も渋い表情を作った。


 ――炊事、ガブッ、炊事、ガブッ! まあ、一度くらい試してみてもいいか。


「炊事でいい。選択してくれ」


 蒼一はまたイノジンに近づくと、その腕に炊事を仕掛ける。

 腕は煙を出し、赤熱を伴って変色し始めた。肉の焼ける匂いが、狩場に充満していく。


「やめて下さいよ、食べたくなるじゃないですか」

「気つけより強そうなのが、悲しい」


 敵の亡骸を弄ぶ二人に、背後からおずおずと声が掛けられた。


「あのう……」

「ゴーレムか!? 雪、土系に効きそうなのを探せ!」


 土人形が、慌てて言葉を続ける。


「た、助けて下さったんですよね? なんか埋められたらしくて、砂まみれなんです」


 顔面も土で覆われ、目と口だけがポッカリと空いている。若い少女の声を持ってしても、不気味な印象はそのままだ。

 少女は必死で顔の砂を払い、自身の人間ぶりをアピールした。


「そのオークに頭を殴られて、気を失ってたみたいなんです。起きたら皆さんがいて……」

「イノジンだ」

「えっ?」

「こんな毛深いオークはいない。イノジンだ。焼くと食べられる」


 雪が彼の腕をつつく。少女を怖がらせてしまったようだ。


「すまん、久々の焼肉に心をつかまれそうだった。なんでこんな所にいるんだ?」

「それが、自分でもどこにいるのか分からないんです」


 話が長くなりそうなので、雪は先にウサギを焼くことを提案する。


 彼女はウサギの臓物を掻き出し、綺麗に皮を剥がした。

 塩を振り、炊事のスキルで簡単に調理すると、三人は狩場の端で食事を始める。


 時間はちょうど、正午になったところだった。





 イノジンは相当、手加減したらしく、少女の頭の傷は浅かった。骨にも異常無く、意識もはっきりしている。

 蒼一は街で買った外傷薬を傷に貼り、しばらくは気をつけるように少女に注意した。


「後でふらついたら、医者に見せろ。この世界で、まともな外科医がいるか知らんけど」

「ありがとうございます」


 お互い自己紹介を済ませ、少女の事情を話してもらう。

 彼女の名前はメイリ・ローン、カナン山の近くに住んでいると言う。質素な綿の上下を着ているが、髪や手足同様、泥々に汚れている。

 地図を見せると、森のずっと北、火山の近くの集落を指した。


「ずいぶん遠いな。一人で来たんだろ?」

「途中までは、オーク……、イノジンに運ばれました。村から住み処に連れられて行く途中、縄を解いて逃げ出したんです」


 イノジンたちは集団生活しているが、知能は低く、手先も不器用だ。人の真似をしたがるが、ロープの結びも甘かったらしい。


「あそこでミディアムレアになってるのは、追っ手の一匹か」

「そうです。厚かましいのは重々分かっていますが、どうか村まで連れて帰ってもらえないでしょうか」


 ウサギをまだモニュモニュ食べている雪に、蒼一が確認する。


「どう思う?」

「少し固い」

「違う、肉の感想じゃない」


 彼女は手の甲で鼻を擦ると、改めて返答した。


「別に構わないよ。なんか助けた方がいい気はする」

「俺もそうだ。見捨てると、後味が悪いしなあ」


 メイリが喜色を浮かべ、ペコリと頭を下げた。


「勇者様に会えて幸運でした。これで村も救われます!」

「……そんな話だったか?」

「イノジンを一掃して、魔物も退治して下さるんですよね?」


 雪が心配そうに、彼女の顔を見返す。


「内出血してるのかな」

「そんなところだろ。記憶が混乱してるのかも知れん。治療法があればいいんだけどな」


 寂しそうに顔を見合わす二人に、メイリが慌てて弁解する。


「わ、私、よく言われるんです。話が飛び過ぎだって。ちゃんと最初から話しますから。可哀相な人じゃないですから」

「んじゃ、聞かせてもらうわ。可哀相な人は、間違ってないだろ。半端ない話の飛び方だったぞ」


 蒼一の頭にダメイリと言うフレーズが浮かぶが、頭の怪我もあるし、今回はまだ見逃すことにした。


 メイリの話はこうだ。

 元々、村の近くに魔物が住む伝説があった。洞窟に小さな祠があり、災厄を鎮める神事が伝わっている。

 ところが最近、洞窟の壁が崩れて更に奥へ続く道が現れた。調べに入った村人は本当に魔物に遭遇し、襲われてしまう。

 古い記述に従って生贄に選ばれたのが、メイリだ。

 洞窟に縛られていたところを、イノジンたちが彼女を掠ったと言う。


「なんでメイリが生贄にされたんだ?」

「それは……」


 彼女は言葉を濁そうとする。


「言った方がいいと思うぞ。隠して助けてもらっても、スッキリしないだろ」

「はい。私には親がいません、拾われたんです。魔物が出たら、みんなが私は村の人間じゃないからって……」


 メイリは口を固く結び、目を潤ませた。

 彼女の話に、雪が疑問を挟む。


「そんな村を、わざわざ救いたいんですか?」

「正直に言うと、あの洞窟を調べて欲しいんです。私が最初にいたのが、その洞窟の祠の前でした。お前は魔物の子だから元の場所に戻すんだ、そう言われました」


 神頼みで祠に子を捨てるのは有りそうな話だが、メイリが見つかったのはもっと歳を食った時の話だ。

 記憶を失った状態で、祠の前に茫然と立っていたらしい。

 魔物や洞窟に、どう彼女が関係するのか分からないが、本人はケリを付けたいんだろう。


「まあ、洞窟まで行こう。それまでに、身の振り方を考えといたらどうだ? 村に帰るのがいいとは思えない」

「はい……」


 三人は腰を上げ、森を踏破する作業に戻ることにする。

 日が暮れるまでに、地図にある休息ポイントまで進みたい。

 蒼一を先頭にして、彼らは獣道を歩き出した。





 徐々に本調子に戻ったメイリは、その面倒なダメっぷりを発揮しだす。

 運動神経はいいらしく、森を行くのに不都合は無い。

 ただ、その言動が、蒼一たちを次第に苛立たせた。


「勇者様、右に窪みが!」

「女神様、左に蜘蛛の巣が!」

「勇者様、前の木の根元に毒草が!」

「勇者様――」

「うるせーよ!」


 雪まで目を半分閉じて、冷ややかにメイリを見つめている。

 まだしつこくウサギ肉をクチャクチャしてるので、どこぞの不良学生みたいだ。

 叱られたメイリは、オドオドと上目遣いで蒼一の機嫌を伺う。


「あの、お二人のお役に立ちたくて……」

「そういうの、いいから。あと、勇者様は禁止。次また言ったら、もう一回土に埋めるぞ」

「女神様も禁止して。言ったら、埋めた頭にマジカルロッド」


 逆らう無益を悟り、メイリはただ頷く。


「でしたら、二人を何とお呼びすれば?」

「俺は蒼一。敬語もやめて欲しいくらいだ」

「私は雪。敬語は使っていいよ」


 しばらく無言で歩いた後、メイリが二人に尋ねる。


「ソウイチはユキ様と昔からのご友人なんでございます?」

「敬語に恨みでもあるのか。無茶苦茶になるくらいなら、統一しろ」


 彼はメイリの肩を両手でつかみ、その目を見据える。


「友だちに話すように話せ。ほら、俺、ソウイチ、友だち」

「ソウイチ、トモダチ、ワタシ、メイリ」

「そう、その調子」

「ソウイチ、ユキ、トモダチ?」


 蒼一は、ロッドで蜘蛛の巣を払う雪を見る。


「あいつと知り合ったのは、ついこの前だ。気づいたら、二人ともここに来てたんだ。出来立ての勇者と女神なんだよ」

「ユウシャ、イヤ?」

「うーん」


 宝珠を木の幹にこすりつけて、付いた糸を取ろうとしている彼女にも、蒼一は感想を聞いてみた。


「おーい雪、女神になってどう思う?」

「よく分かりませんよ。なんかこう、女神な気分にはなってますけど」


 彼の予想通りの返事だ。


「そういうことだ。無理やりでも、ちゃんとした勇者でいたいって、どこかで不思議と感じてる」

「ユウシャノ、イタイ……」

「勇者でいたい、な。勇者の遺体じゃない。勝手に話を終わらせるな」


 強制敬語リハビリはメイリには有効だったらしく、夕方には普通に話せるようになっていた。


「ソウイチ、あれじゃないかな?」

「ん、それっぽい」


 倒れた大木の芯が失くなり、人が入れるウロとなっている。雨が凌げ、前に焚火のできそうな空き地もある休憩地点だ。

 女主人の大きなオススメマークは、地図でもかなり目立っていた。


「日が暮れるし、ここで休もう。いきなり夜間行に挑戦することもないだろ」

「焚火を作ってください。食糧はあるけど、水が欲しいですねえ」


 地図には、近くに水補給の印も書いてある。


「あのデカい岩の後ろに、涌き水があるらしい。汲んでこよう」

「私がやるよ!」


 メイリが張り切って、手を挙げた。

 役に立つ機会を待っていたようだ。


「じゃあ、頼む。飲めそうな水なら、水筒に入れてきてくれ」

「はいっ」


 水筒二つを肩に提げて、メイリがスタスタと岩に向かっていった。

 残った二人は、乾燥した枯れ枝を拾い集める。

 枝を組み、枯れ葉を置き、炊事のスキルで着火すると、焚火の完成だ。


「便利ですねえ、炊事スキル」

「まあな。月影の十八倍は役に立ってる」


 二人は火の世話をしながら、足を伸ばして贅沢に時間を使う。

 キャンプファイヤーのような、のんびりとした時間が流れ、ここが異世界の森の中だということを忘れさせてくれた。


 回復歩行のおかげで、蒼一の疲労は少ない。このスキルも、案外アタリだと彼は思う。

 雪は靴を脱ぎ、足の指の運動まで始めたが、これも疲労回復というより気持ちのリフレッシュが主たる目的のようだった。


「静かで雰囲気いいですね、ここ」

「木の空洞に、趣があるよな。広さも充分だし」


 夕陽は沈み、森は急速に暗くなる。

 焚火の火が、蒼一たちの顔をオレンジに照らしていた。


「……水、飲みたくないですか?」

「ああ」


 一日の仕事を終え、休息モードになっていた二人は、かなり腰が重い。


「靴、履いた方がいいぞ」

「履きっぱなしは、蒸れるんですよねえ」


 雪が枯れ枝を追加し、火勢を整えた。

 蒼一も作業を手伝い、焚火が崩れないように石の囲みを調整する。


「蒼一さんだけじゃダメかなあ」

「暗いしな。二人で動いた方がいいんじゃないか?」

「そうですか……」


 彼女はロッドを手に持った。立ち上がった蒼一は、肩を回して運動に備える。


「あー、もうっ。次は何なんだよっ!」


 彼の嘆きに続けて、雪も立つ。

 知り合ったばかりの少女を探しに、二人は夜の森へ分け入っていった。

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