第1章 サンクトゥマリアの子守歌-4-
◇
今日は煙草がうまかった。
この味を覚えたのいつだっただろうかと、カーキッドは思った。
だが完全に体が囚われるほどはまり込んでいるわけではない。これは毒だ。肺を痛めれば、剣士としては致命的になる。
だが最近少し本数が増えているなと、自嘲気味に彼は笑った。
自粛しなくてはならない。この先を思えば尚更に。
空を仰ぎ見ると、夜空が少し薄まりつつある。
(もうじき夜明けか)
少し冷える。でも冬ではない。震えるほどではなかった。
街の出入り口に一人立ち、空に向かって吹かすと、煙はすーっと虚空へ消えて行った。
そして、外れかな、と呟き街の方を仰ぎ見た時。さっきまでなかった大通りに、人影を見た。
商人は朝が早い。だがこちらに向かってくるその姿はそれではない。
歩き方が、いでたちが。
そしてその――目が。
軽装備だが鎧を身にまとい、腰にぶら下げる一太刀。
それを見、カーキッドは煙草の火を揉み消した。
「よぉ」
彼の姿を見止めた彼女は、驚いたように足を止めた。
「……なぜあなたがここに、」
「お前こそ」
剣を持ち、男のような身なりをしているが、相手はこの国の王女である。
だが臆した様子もなくむしろ皮肉げな笑みさえ浮かべ、カーキッドは彼女を見下ろした。
小せぇなぁと思った。
「行くんかい」
それには答えず、オヴェリアは静かに視線を外した。
「あなたこそ、その荷物は?」
彼の足元に置かれたそれに目を止め、彼女は少し驚いた様子で聞いた。
「この国を出ようと思ってね」
カーキッドは、ケロっとした様子で答えた。
「この国は、退屈だ。
「……」
「久しぶりに剣を磨く旅に出ようと思ってな。とりあえずの所、修行と腕試しも兼ねて、」
――竜でも倒しに行こうかと思って。
口元を歪める男に、オヴェリアは目を見開いた。
「……供はいりません」
「誰がお前の供をすると言った。俺は俺で勝手に竜を倒しに行く。それだけだ。俺は自分の剣にしか興味がないんでね」
そう言うカーキッドに。
彼女はふっと笑った。
「……そう」
その笑みに一瞬、カーキッドは目を少しだけ見開いたが。
「そうだ」
かつて、まじない師は彼にこう言った。
お前は生涯、剣によって生き、剣によって生かされると。
――そして最後は。
己が戦う本当の意味を知り。
愛する女を守って死ぬのだと。
「夜が明ける」
「……さて、行くか」
どうせ路は一緒だからな、とカーキッドは荷物を肩からかけた。
オヴェリアはもう一度、来た道を振り返った。
街並み、そして遠く見えるハーランドの城。
(父上)
行って参りますと小さく呟き。
行くべき道へと向き直る。
そんな様子をカーキッドはじっと見ていたが。
「あの歌」
「え?」
「この前歌ってた歌。あれ、歌え」
「……ここで?」
「景気付けに。いいだろう? 減るもんじゃないし」
戸惑いながらそれでも。オヴェリアはその歌を口ずさんだ。
そしてそれを聞きながら、
「行くぞ」
2人は歩き出した。
サンクトゥマリアの子守歌〟
歩む子供を守りたまえ。
先は彼方に、困難も、行く手をふさぐ壁もあろう。
されど恐れず突き進め。
サンクトゥマリアの子守歌。
子らを導く、光となれ。
子らを導く、希望となれ――。
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