ノロイノロイ 結末

「『掛ける』の対義語は、何だと思う?」


「何って、そりゃ『割る』じゃないんですか」

「正解。正常な人間ってのは、『1』なのだよ。それに掛詞変なものが掛けられて異常な数字になっているのなら、そいつを割る……裏を返せば、掛詞の逆数を掛けてやればいい」

「随分と数学的な考え方ですね」

「これは算数だぞ、結城君」

「揚げ足取らないでください」


「要するに。掛詞を解呪する時は、掛詞と反対、対になる言葉を掛けてやればいい。

 今回の場合、『呪』の逆は、『祝』。彼女は後輩とその彼女に嫉妬して呪いを掛けていたわけだから、そのことを素直に祝福できる心を取り戻せたから、彼女の呪いは解けた」


 八田は本を閉じ、立ち上がる。

 夏の早朝の風はまっさらで涼しく、俺たちの髪をなびかせた。


「風邪をひくのは、決まって体の免疫力が弱っている時だ。それと同じで、心が弱っている時は、悪感情に飲まれやすい」

「結局は心の問題ということですか」

「なあに。もう問題はないだろう」


 喉を鳴らしてくつくつと笑いながら、神社の奥へ歩いていく八田。


「君が彼女を幸せにしてやれれば、二度と掛詞なんかにはかかるまいよ」


 ……茶化しやがって。



「おはよう、

「おはよう、結城」


 もう2秒遅れることはなくなった彼女と朝の挨拶を交わす。

 昨晩、空の上というこれ以上なくロマンチックな場所で交際の了承を貰った後、飛行して二ノ瀬の家まで彼女を運び届け、何故かビンタを喰らい、晴れて我々は彼氏彼女の関係となった。

 ビンタした直後に「明日会いたい」などと可愛いことを言う二ノ瀬には面食らったが、考えるより先に口が「OK」と言っていた。

 お互い目の下にクマをつくり、駅前。服装だけは張り切った高校生男女が、挨拶したきり、一言も発さずぼうっと突っ立っていた。


「5分遅刻よ。埋め合わせはどうするの?」

「いいだろ5分くらい。お前に叩かれたほっぺたが痛すぎて寝れなかったんだよ」

「私だって、ドキドキしすぎて寝れなかったけど、遅れずに来たわよ?」


 随分と得意げに、随分と可愛いことを言う。

 やれやれと財布の中身を確認し、心もとないが大丈夫だろうと判断して、ランチを奢ることで埋め合わせとすることを提言する。


「やった。ふふ、これに懲りたら時間にルーズな癖は治すことね」

「はいはい。今日、ちゃんと良いのを買うことにするよ」


 初めてのデートの行き先は、どちらから言うでもなく、すぐに決まった。

 5分の遅れも、2秒の遅れも、もう二度と起こさないように。まだほとんどお互いを知らない、この不思議な縁の未来を、同じ鼓動で刻み続けるために。


 その日の夕方。デートの帰り。

 繋がれた俺の左手と二ノ瀬の右手の先には、お揃いの、少し背伸びした腕時計が巻かれていた。

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