第1話

うららかな春も終わり夏も目の前の6月、外はあいにくの雨。

教室が人でごった返し空気はどんより重く蒸し暑い。

もうこの風景も2度目だ。

外の景色から目を外し黒板の上にある時計で時間を確認する。

もう13時を回った。

俺は一足先にお昼を食べ終わり目の前の友人の話に適当に相槌をうつ。


いつもと変わらない景色

いつもと変わらない顔ぶれ

いつもと変わらない会話


せめて外で飯でも食えれば気分も変わるのだろうが、あいにく梅雨というのはすぐに終わってはくれない。

俺はうんざりしながらも未だ窓を小気味好く叩きながら降り続く雨に目を向ける。

「なあ」

友人のあずまが話題を変えたのは、その時だった。

「んー?飯食い終わったかー」

顔はそのまま外に向けつつ適当に返事をする。

「いやまだ」

まだなんかい。

次の授業なんだっけなと思いながら俺は友人の言葉を待った。

「黒猫って知ってるか?」

それは唐突だった。

本当に唐突で俺は思わず外から目を離し向かいの馬鹿面をしている友人の顔をまじまじと見返してしまった。

「猫だろ?」

それとも宅配業者のほうか?

「いやそうじゃなくて、ネットで噂になってる『黒猫』」

「噂?」

「なんか探偵みたいなことをするんだと」

「なにそれ人の名前?サイトの名前?グループとか企業とか業者の名前?」

「・・・たぶん人?」

たぶんってなんじゃそりゃ。

東はよくわからないという顔をする。

「でも、黒猫に相談するとなんでも解決して、し・か・も!報酬はタダらしいぞ」

「アホか、無償で他人の願い事叶えてくれるなんてそんなわけないだろ」

「でも4組の飯沼いいぬまも1組のほりも願い叶えてもらったって言ってたぞ」

「それ本人に確認したのか?」

「いや、聞いても教えてくれなかったし、はぐらかされた」

「ふーん」

肯定も否定もしないから周りは噂を信じ出したってところか。

「なんでいきなりそんなこと言い出したんだ?」

俺は呆れたようにそもそもの疑問を投げつける。

「お前そういう都市伝説みたいな話好きだろ?」

「まあ、確かに」

オカルトとは少し違うが確かに都市伝説は好きだ。でも信じているかと言われたらそれもまた違うが。

「んで、その黒猫とやらがどうかしたのか?」

「お前も当然知ってるだろ、仁科にしな

「ん?仁科ってあの仁科か?」

東の出した名前が脳内を巡り当てはまる人物像を探すが、顔が出てくるはずがない。

なぜなら彼女は

「そう、不登校の仁科依子にしなよりこ

今まで一度も、入学式でさえ来たことのない不登校のクラスメイトの仁科依子。

何故だかわからないが一度も学校来たことはないのに二年生に進級し、定期テストでは毎回上位に入っているという謎の多い生徒だ。

彼女と同じ中学から来た子がいないので女子だということ以外なにもわかっていない。

「その仁科がなんだよ」

話が唐突に飛び僕は何が言いたいのかさっぱり理解してやることができない。

「その仁科が黒猫なんじゃないかって噂なんだよ」

わけのわからない話に俺は頭がついていかない。

「なんでそうなったんだよ」

「会ったことあるやつが似てたって言ってたんだよ」

友人の言葉に本当になにを言っているのかわからず、頭を抱える。

「いや、だから」

「なんだよ、はっきり言えよ」

「なんで誰も会ったことないことで有名な仁科の顔をそいつは知ってたんだよ」

「あ」

「あほか」

東の頭の悪さと噂というものの凄さを再認識しながら、隣の空席に目を流した。

東が教えてくれたその話はなぜか頭に残り続けた。



「織田くん」

今日の授業も終わり、靴を履き替えるため下駄箱に行く途中の廊下。

誰かの声に呼び止められ振り返る。

小さめの身長に細身のブラウス。すらっとした足を見せるタイトなスカートを履きこなしすべてを包み込むような白衣を身にまとって立っていたのは、

担任の葵木あおきまりあ先生だった。

「なんですか、先生」

うちの高校一番人気の女性教師に声をかけられまんざらでもない。

が、めんどくさいことだったらどうしようなんて考えていたら返ってきた答えは予想の斜め上をいった。

「織田くんの隣の席の子、知ってる?」

「ずっと来てない人ですよね」

昼間に東とも話題にもなってた、名前は確か

「そう、仁科依子さん。教室にはもう入学してからずっと来てないの」

困ったものだわーと手を頬に添え、先生は溜息をついた。

「…出席日数とか大丈夫なんですか?」

「それはねー、大丈夫。課題はメールで提出されるし、テストは別室だけど受けに来てくれるし」

別室でテストを受けていることは初耳だ。

俺の見知らぬ有名人は一応学校にきているのか。

「それが許されるってどうゆうことっすか」

「んー…私もよくわかんないけど、校長的にはそれで出席日数はOKらしいから」

なんともアバウトな校長だな。「んで、どうしたんすか?」

「ちょっとね、手渡しじゃないと渡せない書類があって…それを届けてほしいの」

「なんで俺なんですか?」

「んー…なんとなく?」

にっこり悪意のない笑顔に俺の心は少し揺らいだ。

なるほど。

生徒から聖女マリアと呼ばれている葵木先生の微笑みはそこそこの破壊力がある。

「本当のこと言うと、仁科さんの家に一番近いのが織田くんなのよ」

いつもは私が届けに行くんだけど、今から職員会議があるからいけないのよね。

なんて言うから、マリア様の微笑みで言われるものだから俺も思わず首を縦に振ってしまう。

まあ友人にお節介焼きなんて言われる理由はそこにあるだろうな。

「バイト休みなんでそれくらい別にいいですけど」

「そういえば、織田くんカフェでバイトしてるんだっけ?」

「はい。週3ですけど」

「じゃあこれ、お願いします」

先生はにっこりと持っていた大きめの書類を入れるような茶封筒を渡した。

そんなに重くもない封筒をカバンにしまい、根本的な質問をした。

「で、これをどこまで届ければいいんですか?」

俺住所しらねーよ。

はい。とすでに用意してあった地図を先生は俺に見せる。

俺が断るという選択肢はなかったのか、この人は。

まあいいや。と、地図を覗き込み場所はどこかなと確認をして違和感を感じた。


「…ここって」

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