カクヨム杯 一日目 第三試合 前編
「ふぅん……なんだこの程度? ミーリの方がずっと強いわ……」
すでに終わった第一試合、そして終盤に差し掛かった第二試合を見るユキナは、つまらなさそうに溜め息をついた。
筋肉隆々の坊主に対し、肉弾戦で勝利する少女。
魔法と呼ばれる力でもって、錬金術師の力を圧倒する青年。
どれもこれも、観客からしてみれば一癖も二癖もある実力者ばかり。決して弱者などという枠組みに納まることはない者ばかり。
しかしながら、ユキナの目には等しく大したことのない奴らと映る。彼女の前では例えどのような異能力者だろうとも、ミーリでない限りは等しく雑魚だった。
だってミーリにしか、自分を殺せないのだから。どのような能力だろうと、自分は殺せない。それは変わりようのない事実だ。
【決着!!!】
第二試合の決着が着いた。次は自分の番だ。相手は
――はずだった。
?!!?
急にのしかかる虚脱感。体が熱く、そして全身が痛い。しかし体に傷はなく、ただ純粋にこの夢の中の自分が不安定になっている。現実で何かあったとしか、考えられないが。
だが、だとしても……
「勝つ」
第二試合の熱戦によって崩壊し、そしてまた再構築されるフィールドは芝生。その向こうには、対戦する聖職者がいる。勝てないはずはない。
フィールドへ。
くるりとその場で片脚を軸に回転し、巻き上がる突風がフィールドを薙ぐ。そして数度指先を折り、来いと挑発した。
【―
「覚悟はいいかしら、
「まったく……俺にはどうも理解できないよ。どうしてそう、一人の人間に固執できるのか……俺の勝手な忠告だが、そういうのは自分もそいつも幸せにならないから、止めた方がいいと思うがね」
「あら、一人の人間を愛し抜く度胸もないの? 最近の人はやれ不倫だ二股だハーレムだとうるさいものだけれど、もしかしてあなたもそんな口?
「生憎と、俺は最近の人間ではないのだがな……まぁ、そっちも曲がらないなら仕方ない。ちなみにさっきの負けてくれないかしらの返答については……」
「悪いがノーだ」
紳士が抜くのはロングソード。片膝をついた独特の構えで、様子を窺ってくる。完全に待ちの姿勢だ。
一方のユキナもまた、敵の攻撃を真正面から受ける待ちの体勢。特に構えはないが、しかし直立不動で動かない。
互いが、互いの出方を窺い続ける。試合開始のブザーもなった。観客席も湧いている。しかしながら二人の静かな戦いは、刻一刻と続くばかり。終焉はないかのように思われた。
だが不意に、ユキナがフラついた。頭が揺れ、倒れかけ、踏ん張る。まだ戦闘は発生しておらず、どちらも手傷を受けていない。
にも関わらずユキナがグラついたことで、観客は皆、紳士――ジャックが精神攻撃か催眠の類を掛けたのだとすら思いこんだ。
だが決してそうではない。むしろその彼ですら、わずかながらに動揺したことだろうことは察することができる。
何せ何もしていないこの状況で、まるで古傷が開いたかの如く、ユキナが突然息を乱し始めたのだから。
ユキナの視界は曇っていた。汗は止まらず、熱を持つ体が絶えず冷えて寒い。この夢の中での現界が、ここまで不安定になる事態とは何か。
破水したか。
出産予定日はかなり先のはずだが、しかししたかもしれない。現実で、何か起こったに違いない。自分が殺されるピンチなら、スサノオや太公望が黙っていないはずだ。
それに自分の体がある洞窟には、スサノオの妻であるクシナダがいる。何かあれば、知らせに来るはずだ。大丈夫、心配はない。
ただ心配があるとすれば、この戦闘が継続できるかという問題だが。
「問題ないわ……」
「どうした? 辛いのなら棄権を推奨するが」
「してくれなきゃ勝てない? まぁ、それが当然でしょうけど……」
敵は、どうも仕掛けてこない様子だ。こちらから仕掛けてくるというのも、なんだか癪に障る。
が、時間はない。
「そっちが来ないのなら私が行くけれど……いいわよ――」
「――ね?」
「は――」
旅人の神、ヘルメスの能力。
気配を消し去り、さらに文字通りの神速で移動する。それはもはや、人に取っては不可視の領域。一瞬で間合いの内側に入られた紳士の顔面に、ユキナの華奢な膝が入る。
なんとか距離を取ろうと剣を振るうが、ユキナはすでにそこにない。背後に回り、思い切り脚を振りかぶっている。
そして振り返ると同時に再び懐に入られると同時、思い切り下顎を蹴り上げられた。華奢な女の子が蹴ったとは思えないくらいの高さまで飛ぶ。
ユキナはそれに跳びかかると飛び上がっている紳士に踵落としで叩き落す。紳士が叩きつけられたフィールドが中央に凹み、壁際全体が盛り上がる。
そして宙を蹴ったユキナがそこに肉薄し、紳士の胸座に膝を叩きつけ、フィールドを捲り上げた。さらに紳士の顔を踏み付けて、紳士の体を減り込ませる。
だがまるで、彼には効いていないようだ。顔を踏まれようが胸倉を蹴り飛ばされようが、絶えずこちらから目を離さない。確実にこちらの隙を突く構えだ。
ここまでされて、痛む顔すらしないとは大したものだ。ミーリですら、苦痛表情くらいは上げるものを。
と、彼の魂の年齢と体の年齢が比例していないことに気付きつつ、彼が
ただ一心に心臓を狙うのは、そこが潰れれば確実に死ぬからだという、今までの経験則がある故に。彼の弱点や癖、パターン化された動き。それらを読むことなど、しようなどとは思わなかった。
強すぎるが故、作戦を立てると言うことをしたことがなかったという皮肉な弱点である。
「化け物かよ……」
「聖職者が、神様を化け物扱いするのもどうかと思うわよ、
「そりゃあ悪かったな。確かにおまえはただのか弱い女の子だよ」
「……ミーリより弱いくせに!」
再び顔を踏み潰そうと、ユキナが足を上げたそのとき、ユキナの視界が奪われる。ジャックがとっさに布を現出し、それをユキナに被せたのだ。その隙にその場を離脱し、側の瓦礫を駆け上がる。
布を取ったユキナが見る頃には、彼はグチャグチャに捲り上がったフィールドへと隠れていた。
が、そんなものユキナには関係ない。魂の波動――霊力を探知し、居場所など簡単に知れる。霊力を押さえ込む術がなければ、これは防ぎようのない。
「隠れたつもり?
その場で片脚で立ち、トントンと軽く跳ぶ。そして次の瞬間速度ゼロの状態から一気に加速し、紳士のいる瓦礫の裏へと貫通した。
だが紳士はとっさに彼から見て正面に跳び、ギリギリ回避する。だがそこにユキナの追撃である回し蹴りが来る。確実に頭を胴体からおさらばさせる、ギロチンの脚だ。
だが紳士はとっさに、ランタンをユキナの目の前に翳す。妖艶に光るそれを見たユキナはとっさに後方へ跳躍し、回し蹴りを止めた。
が、紳士はランタンを下げて即座に剣で突きに来る。さらにユキナが着地する地点に布を現出し、それを踏ませて足を滑らせた。
ランタンが囮だったと、ユキナはここで気付く。実際ランタンという特殊能力が無ければ武器になり得ないものを出されたことで、警戒し引いてしまった。このままランタンごと蹴り飛ばしても、問題はなかったはずだ。
「悪いがこれは使いたくないのでね!」
「舐めないでよ、
体勢を崩されながらも、ユキナは脚を振り上げる。その脚は紳士の顎を蹴り上げ、そして剣はユキナの胸座にぶつかる。
刺さりはしないが、しかしその威力はユキナの華奢な体を突き飛ばし、吹き飛ばされながらもユキナを壁に叩きつけた。
「私にそんな剣が通じると――?!」
また、ユキナがふら付く。腹部にものすごい痛みを感じ、片膝をつく。
現実で、すでに陣痛が始まっていた。これはもう、夢の中に現界し続けるのが難しいなんてレベルじゃない。なんとかせねば。
しかしながら、ここはまだ戦場。そして試合途中。ユキナが顔を上げると、すでに紳士は剣を握り締め、肉薄して来ていた。
対応しようと踏み出すが、陣痛で体勢が崩れる。そこに容赦なく、凄まじい衝撃の斬り払いが繰り出された。
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