勘違いをしてほしくないのだけれど
「で、その犬を迎え入れてしまったと……」
「可愛いでしょ?」
頭から尾にかけて、実に七メートルと六二センチ。高さは一四五センチと、ユキナの身長より少し低い程度で普通より大きい。
さらに目がないことと炎を噛むことと、まさに普通の犬ではないわけなのだが、しかしそれをごく普通の犬のようにユキナが扱っていることと、なんの違和感も感じさせずにその背に腰を落ち着けていることは、さすがとしか言えなかった。
事態の把握が遅れてしまったスサノオは、またユキナが勝手に振る舞ったことを怒れなかった。何せ駆けつけるのが遅かったせいで、こうなっているのだから。
「聞いたところ、この戦いに出せはしないそうだぞ? その犬の能力を奪っても、さほどおまえを助けそうにない」
「元々出す気もないし、力を奪う気もないわ。この子には、私と一緒にいてもらう。それだけでいいの」
あのときのあの子みたいに、今度は私の側に……
何かあったことを察したスサノオは、仕方ないと吐息する。そしてバスカヴィルの目の前に片膝を付き、その鼻を撫でた。
「おまえが決めたことだ、異論はない。好きにするといいさ」
敵意がないとわかったらしい。初めて触れられる相手だが、バスカヴィルは黙ってスサノオに撫でられた。
スサノオも別段、バスカヴィルに敵意は持っていない。元は和国の大神である彼女。犬に愛着こそ湧いても、それ以外の感情が湧かなかった。
「ところでこの大会、曲者揃いの参加者が増えてるぞ。中には神と契約した者や、神の力に匹敵する力を持つ者もいる。奪うなら、その力だな」
「いえ、それはしないわ」
予感はしていた。予感はしていたのだ。というかわかっていた。
ユキナは簡単に、自分が有利になる状況を捨ててしまう。理由は簡単、それではつまらないから。実に頼もしい動機ではあるが、しかしそれでは困ることもある。今回がそうだ。
「全次元攻撃に能力の無効化、攻撃の反射に直接干渉無効能力。それ以外にも、我々と同等レベルの力を持った強者が大勢いるぞ? おまえからしてみれば取るに足らないものかもしれないが、しかしのちに控えている戦いには使える力だ」
「取るに足らないなんて思ってはないわ。ただ普通に、そんな能力いらないの」
ユキナの発言が、待合室で堂々と響く。
そこまで大きな声で話しているわけではないが、しかし彼女にとってそんな能力の持ち主達からしてみば、実に立った腹の底に響く発言だっただろう。
しかしそんなことなど構うことなく、ユキナはバスカヴィルを撫でながら続ける。
「全次元に向けて攻撃することも、能力を消し去ることも、攻撃を反射させることも直接的干渉を無効化することも全部、奪えてしまうし私達にはできてしまうもの。それどころか、ミーリなら全部それを覆せるわ。だからそんな能力奪ったところで、結局ミーリには勝てないのよ……」
スサノオは言えなかった。
ならばどんな能力を継ぎ足したところで結局は――
バスカヴィルを撫でるユキナの目は、まるでこれからの顛末を見抜いているかのようだった。これから先の結末を、もうすでに知っているかのようだった。そんな、寂し気な目だった。
だからもう、何も言わない。例え大将が、これから向かう戦いの結末を見切っていたとしても、彼女についていくと決めたのだから。
「なら、この大会の間だけでも敵の能力を奪えばどうだ? 何か新しい発見が、あるかもしれないぞ」
今度はもう、完全にわかりきった質問をした。もう正直、答えなどわかりきっている。
だがそれでも訊いたのは、大将の哀しい目をこれ以上させまいとする抵抗からか、自分でもわからなかった。
スサノオの予想通り、ユキナはいいえと首を横に振る。
「確かに私の
でも、それじゃあ意味ないわ。だって、私は能力を奪わないと戦えない弱い人じゃないもの。私は、
だから意味がない。その人の能力を奪うのは簡単だけど、そんな戦いをしてたらミーリに笑われちゃう。だから、私は私の力のほんの少しで勝って見せるわ。それくらいしないと、ミーリには勝てないもの!」
「……そうか、そうだな」
「大丈夫よ、死にはしないわ。だって――」
「私を殺せるのはミーリだけ、だろ? 知ってる。しかしその、自分を殺せる対象が限られているというのはなんなんだ? 能力か、呪いか」
「能力でも呪いでもないわ、性質よ。生物が呼吸をしないと生きられないのと一緒、生物の運動にエネルギーが必要なのと一緒、それはもうただの当たり前であって、誰の手にも、私の手にも変えられない不変の性質。それだけよ」
その例えは合ってるのか合ってないのか……微妙だな……。
だが実際、これはユキナの言う通りだ。彼女のように、能力を奪うという神も少なくはない。それによって、神や武装に対する対抗力を奪われたこともなくはない。
しかしそんな神々の力を持ってしても、ユキナの不死身――というか彼女を殺せる存在だけは変わらなかった。
どれだけの傷を受けようと、どれだけの致命傷を負おうとまるで死なない。心臓を潰されようが頭を飛ばされようが、気絶することすらなく即座復活した。
そのときばかりは、スサノオですら恐怖した記憶がある。彼女のこれは、能力では片付かない、本人でも説明し切れない性のようなものなのだろうことだけは理解していた。
だがどうも腑に落ちない。元はただの人間に、何故そんな性質がついているのだろうか。まったくもって、不可解な謎である。
「どうかした?」
そんなスサノオの疑問をわかっているのかいないのか、ユキナはその場でクルリと回りながら訊く。スサノオはまた軽く吐息すると、おもむろに首を横に振った。
「うん? いや、なんでもない」
「そう……まぁいいわ、あなたも応援して頂戴? 私、それなりに頑張るわ!」
「あぁ。ところで何か食べたのか? 何か口に付いてるのだが」
「あぁ、ごめんなさい? さっきそこであんまきをご馳走になったの。そういえば、あの人さっきから見ないわね……」
「試合まではまだまだあるようだし、それまでには帰ってくるんじゃないか?」
「……そうね。じゃ、私は少し寝るわ」
「夢の中でも寝るのか……」
ここはすでに眠っているが故に辿り着いている世界だと言うのに、ユキナはバスカヴィルを抱いて眠りにつく。
神すらもわからない、自分を殺してくれる存在が確定しているという性質を持っている一種の不死を持つ少女は、結局はただの少女なのだと思ってしまうほど、スサノオが見た彼女の寝顔は、幼さを残した少女のそれだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます