いいことを思いついたの!
「というわけなのよ、太公望!」
神というのは本当に自由と言うか、なんとも都合の良い種族であるとつくづく思う。例え他人の夢の中でも、こうして入り込むことができるのだから。
自身も神になった身ながら、太公望は皮肉にもそんなことを思いながら話を聞いていた。事情を聞きつけて様子を見に来たらいきなりされた話だが、理解するように話を聞く。
「つまり今回の大会で何かハンデを付けようと?」
「そ、私があまりにも強すぎるから、それくらいしてあげないと可哀想でしょ? 私一人、大人げないくらい強いんだもの」
「それは繰り返して言うことなのでしょうか……確かにあなた様の実力は存じておりますが、ここはあなたの夢の中。あなた様が望めば、あなたを負かしてしまう強者すら現れましょう。
現に先ほど見て回りましたが、何やら神の気配を漂わせる者に大地の巨人。勇者殺しとの異名を持つ者もいる様子。他にも油断ならぬ敵ばかり……夢の住人や日本人なる種族につきましても、この場にいる限り只者ではないとお見受けした方が――」
「つまり、今のままでも私は負けるって言いたいの?」
太公望と呼ばれる男の顔は、生憎と全身を包むのと同じ赤布に遮られて見えない。故に顔色など見えはしないのだが、しかしこのとき太公望はおもむろに長身のうえにある頭を下げた。
「口が過ぎました、申し訳ありません」
「いいわ。夢の中なのに、私のこと心配してくれたのでしょう? ありがと」
「もったいないお言葉です」
で、とユキナは話を戻す。太公望の心配は理解しているが、それでもハンデを付けることに関して折れそうにはなかった。太公望も、思わず溜め息である。
「どんなハンデがいいかしら。前にスサノオに提案したのだけれどね?」
「聞いております。ですが残念ながら、毒の類はユキナ様の体を犯すこともなくただ消え去るのみ。なんの効果も得られませんでしょう」
「そう……何かいい案ないかしら?」
元は大軍師。そして現在はユキナが率いる軍の参謀、いわば頭脳。主のために、頭を回転させて考える。
深く考えているのも顔が見えないので表情からは察せないが、しかしいつも考えている暇すら見せない太公望からしてみれば、かなり考えているのだろうことは想像に難くなかった。
「では、一つの英雄譚から智慧を拝借し、こんなのはいかがでしょう」
「どんなのどんなの?」
「かの龍殺しの英雄、ジークフリートの英雄譚にございます。龍の血を浴びて不死身となった彼ですが、しかし血を浴びなかった背中を穿たれて死すという物語です」
その物語なら、ユキナだって知っている。龍殺しの英雄の代名詞と言える彼の偉業と最後は、誰もが知る英雄譚だろう。
「でも私、別に背中で攻撃受けても……」
「確かにいかなる攻撃を受けても、あなた様は健在。魔女メディアの異世界の術すら、あなたには届かなかった実績もございます。神性を持つ敵ならば、まさに無敵と言えましょう。しかし繰り返しますが、ここは夢中。あなた様のご要望は、ある程度は叶うはず」
「ある程度って、どのくらい?」
「あなた様の元々の能力に変化をもたらすとなると……例えば、背中の一点にのみダメージを受けたとき、あなたの意識が一時途絶えると言った具合でしょうか」
「それだけ?」
「お言葉ですが、これは殺し合いでなく闘技大会。ならば一時の意識喪失すら、敗北の条件でしょう。無敵のあなた様には、実に大きな弱点となるはずです」
ユキナはうぅんと唸って、考える。だが実際何も迷ってなくて、いいなと思っているからちょっと考えるふりをしてみたいという、ちょっとした甘えだった。
「そうね、それくらいが調度いいわ。龍殺しの英雄と同じ弱点なんて、ちょっと燃えるしね」
じゃあよろしくと、ユキナは髪を掻き上げて背中を向ける。実際ユキナがやることなのだが、それでも背を向けたのは、太公望にただ少し気を許しているからだった。
太公望は、それに対してそっと背中に手を添える。神として、何かしらの加護や護符を施すことも可能だったが、そうしなかった。
この小さく、とても弱弱しそうにすら見えるときもある少女が、今の自分が仕える主人。未だ、彼女とはそこまでの付き合いがあるわけでもない。
しかし何故か、ここまでの信頼を置いてくれていることに、何故だか嬉しさを感じる。それはかつて人間時代、仕えた主にはないものだった。
それが果たして主としての器に必要なものなのか、それとも不要なものなのか。それは、このときばかりは忘れてよいものだと思ってしまうほどに、目の前の主人の背中は小さかった。
「ご武運を。あなた様の想い人も、あなたの勝利を望みましょう」
「えぇ、ありがとう太公望。そうよね、ミーリのためにも、早々に負けられないわ」
夢の中から抜け出して、太公望も姿を消す。それと同時に自らに太公望考案の呪詛を背中に施したユキナは、髪を下ろして首を振った。
「……よし!」
彼氏のためにも、一回戦敗退なんて無様な結果は残せない。狙うは優勝。そして、彼との決戦のために。ここで土を付けられるわけにはいかない。
新たな決意を胸に、ユキナ・イス・リースフィルトはフィールドへと向かう。背中にハンデを背負ったことで、戦意と覚悟の向上を得られたのは、太公望の作戦通りだった。
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