私がどれだけ戦えるか、聞きたいの?

 待ってるだけって退屈なのよねぇ……はぁあ、ミーリに会いたいなぁ……夢の中なんだし、それくらいの我儘通じてもいいんじゃないの?

 フィールドか待合室にいろと言われたが、生憎と彼女は人の言うことを素直に聞くタイプではない。素直になるのは、彼氏の前だけだ。基本、指図を嫌う。

 故にユキナは一人自由気ままに、ドーム内の店や観客席を歩き回っていた。気配を殺す旅人の神の霊術を使えば、誰にも気付かれることはない。とはいえ、実に堂々と、ユキナは通りの真ん中を歩いていた。

 そして見た。

 一応安全対策だろうが、フィールドには強化ガラスによる防壁が敷かれている。戦う戦士は皆、結局のところ見世物というわけか。

 ユキナの世界で開かれる学園対抗戦・ケイオスもまた、世界中が熱狂する試合で、いわゆる見世物だ。だから、この場所と何ら変わりはない。

 故にこの大会に対して憤りを感じることはないし、悲観視もしない。自分はただ実力は見せるが、盛り上げてやるつもりはない。ただ適度に運動できて、暇が潰せればそれでいい。

 しかしやるからには勝つ。敗北は、女神にとって最悪の屈辱。天の女神と名乗るのならば、一度として地上の泥が付くことは許されない。

 誇りの問題でも、意地の問題でもない。名誉の問題などでもない。ただ単に、プライドの問題だった。それさえ保てれば、見世物にされる屈辱も耐えよう。

 自分に敗北の土を付けていいのはただ一人、ミーリ・ウートガルドだけなのだから。

「あら? ここにも猫……」

 道の端っこで、一匹の猫が丸まっているのを見つけた。なんとなく抱き上げて、顔を覗いてみる。少し丸く太った猫は、抱き上げられると力なくだらんと体を伸ばし、なんとも愛らしい姿のままユキナを見つめた。

「あなた、あののお友達? わざわざ応援に来たの?」

 イエスなのかノーなのか、少し太い猫はナーと低い声で啼く。その愛らしくも憎たらしい顔を見て、ユキナは微笑を浮かべた。そして決めた。

「ちょっと付き合いなさい、猫。大丈夫、あなたは寝てるだけでいいから」

 そう言って、ユキナは待合室へと続く階段の途中に座る。真ん中に堂々と座るものの、周囲の人間は何も言わないどころかユキナに気付きもせず、ただ自然にユキナの小柄の隣を通っていた。

 膝の上に猫を寝かせ、その背中を撫でながらユキナは語り始めた。

「猫、私がどれだけ凄くて強いのか、教えてあげるわ。そうね……やっぱり最近の話がいいかしらね」

 

 ▽ ▽ ▽


 詳しくは『神殺しのロンギヌス』・177話、“ミーリの子”で事情を察して欲しいのだけれど、私は彼との子を孕んで、力を蓄えるために眠っていたの。

 そして友人の奥さんから、力――霊力を定期的に補給するのがいいと言われてね。私はいつもは湖の中で寝て、時々友達が狩ってきた獲物の霊力核である心臓を食べて、補給していたの。

 これは、そのときのお話よ。

 友達――スサノオが連れて来たのは、北欧の狂戦士が三体。一体じゃ、私が物足りないと思ったのでしょうね。粋がいいのを連れて来てくれたわ。

 私はとにかくお腹が空いてたから、早速食べることにしたのよ。


 ▽ ▽ ▽


「ユキナ、やはり安静にしていた方がいいんじゃないか? 心臓は私が抉り出すぞ」

「いいのよスサノオ。私には、ミーリとの決戦もあるの。ここで眠り呆けて、腕を鈍らせるのは彼への侮辱よ。ミーリを殺していいのは、愛していいのは、私だけなんだから」

 普段、赤く色づいているユキナの虹彩。しかし彼女の中の力が昂り、マックスに近くなるにつれて、その色は神々しい金色へと変化する。

 ユキナがその場で回ると、霊力が力を持って突風を生み、狂戦士達に吹きかかった。

 しかし圧倒的実力差を体感しても、彼らに退くという選択肢はない。闘争本能のみで動く獣に近い神人は、例え敵がどれだけの実力者であろうとも戦う他なかった。

 斧を持った一体が、先陣を切って跳びかかってくる。高い跳躍から全体重を乗せた一撃が、一五〇センチにも満たない華奢な少女を真っ二つに両断する狙いだった。

 しかし、それは叶わなかった。

 ユキナは受け止めた。片手で、さらに言えば、人差し指と中指の間に刃を挟んで、さらに受け止めた刃を軽く弾き、中指の腹に乗せて、悠々と嘲笑を浮かべることもなく、金色の瞳で狂戦士を威圧していた。

 敵の神性が高ければ高いほど、その攻撃力を削ぎ、逆に自らに対抗しうる力を与える。これがユキナの取り込んだ天の女神イナンナの能力、“金星の輝き持つ天女王イシター”。

 その能力でもって、ユキナの軽いスナップで繰り出された手刀は狂戦士の胸を貫き、指先に刺さった心臓をそのまま抜き出した。

 そして未だ蠢く心臓に歯を立ててかぶりつく。黒が混じった血飛沫を浴びながら、自分の顔よりも二回りは大きい塊を咀嚼し、ついにすべてを呑み込んだ。

 黒のドレスワンピースは生臭い錆鉄のような臭いで染まり、白肌もまた赤を受けてより白く映る。

 その妖艶かつ畏怖の籠った姿を見て、残り二体の狂戦士は若干たじろぐ。美しくも、しかして絶対に触れてはいけないという危険性を、ここに来てようやく理解した。

 戦線離脱を一番に考えられない狂戦士だが、それでも恐ろしいものを見れば恐ろしいと思うし、それによって脚がすくむこともある。

 故に二体目の狂戦士が取った行動は、持っていた剣を投げつけて注意を引きつけ、そこへ直接拳を叩きつけに行くというものだった。

 戦術としては、別に悪い手段ではない。しかしそれは、敵がその剣を躱すのならという前提の元に成り立つ戦術であった。

 あらゆる武装の能力を半減させ、殺傷能力の四分の三をも奪ってしまう、天の女神イナンナ最大にして最悪の能力。“誰一人刃向えぬ主イシュタール”。

 この能力故に、ユキナ・イス・リースフィルトを狩れるものが未だ現れないと言っていい。この能力があるが故に、ミーリ・ウートガルドもまた一度破れた。

 彼女を例え傷付けることができたとしても、殺す能力の大半を奪われたこの武器の傷では彼女を仕留めるまでには至らない。

 過去何百という神々が、自らの誇る武装を用意しても、彼女を傷付けることすらなく死んでいった。まさに絶対無敵、砕けた言葉を使えば、凄まじいチート能力だ。

 そんな能力を持つ彼女が、何故たかが剣が飛んできた程度で狼狽えようか、ましてや回避するなど、まったく無意味だ。

 故にユキナがしたのは、脚を持ち上げてその足の裏に剣をぶつけ、粉砕しただけ。そう来るとは予測できないまま跳びかかった狂戦士の頭をそのまま踏み潰し、脳漿と黒血を再び全身に浴びる。

 唇についた脳漿を舐め取ったユキナだったが、マズいとすぐに吐き出した。

「……あとは、あなたね?」

 そのあとはただ、怯える狂戦士を一方的になぶり殺した。わざと手加減して蹴りを浴びせ続け、少しずつ骨を砕き、臓器を潰し、肉を断った。

 見る限り惨殺と呼ぶが正当だろう殺戮を終えたユキナは、残り二体の心臓も喰らう。取り込んだ力が自らの体に染み込み、それがお腹の子に注がれるのを体感したユキナは、水面に体を落とした。

 数度呼吸したユキナは、スサノオを見ることなく手だけ振る。そしてそのまま水中へと沈み、また眠り始めたのだった。


 ▽ ▽ ▽


「まぁ、もっとすごい奴と戦ってきたし、勧誘もしてきたのだけれど、あなたにわかる話となるとこれくらいかしらね……」

 話を終えて、猫はまたナーと低い声で啼く。話を理解したのだかしてないのだか、しかしユキナはまた猫の背を撫でた。

「まったく……私の膝の上で寝ていいのは、本当はミーリだけなんだからね? 今回は特別なのよ?」

 それを聞いてか、猫はすかさずユキナの膝の上から降りる。そして一匹で階段を上り、ユキナに向かってナーと啼いた。

「お友達の応援に行くのね? そう……ありがとね、付き合ってくれて。あなたには、私を応援する許可をあげるわ。応援して頂戴ね」

 猫は啼くこともなく、そそくさとその場から走り去っていく。残ったユキナはうんと背筋を伸ばすと、待合室の方に視線を向けた。

「戻る……? どうせ暇だし……でも待って? そだ、いいこと思い付いた!」

 そう言うと、やはりユキナは待合室には戻らずに観客席の方へと走って行った。

 

 

 

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