第45話 罪と罰と代償と涙


「……はぁはぁ。……はぁはぁ。はぁ」


 メルクは大きく息を切らしていた。それが、この魔法の弊害。これが、精霊銃マグナスを使うための代償。


「…………メルク様~。ご無事ですか?」


 顛末てんまつを見届けたクレアはメルクの元へ近づく。メルクはクレアに笑みを浮かべて、地面に膝をついた。


「……メルク様ッ!」

「……大丈夫。久しぶりに使ったから……ちょっとよろけただけだ」


 メルクは繕って、笑みを浮かべる。だが、そこには疲れの色が同時に介在していた。


「……終わったのですか?」

「あぁ。クタクタだけど……」


 ヤコブのいた方へ目をやれば、猛烈な熱気によって巻き上げられた砂埃が視界を妨げていて、何も見ることができない。


「……一体、先ほど何をしたのですか? そして、どうして、メルク様がそんなにお疲れに?」


 クレアの問いかけに答えようか、メルクは少し思案して、口を開いた。


「……まぁ、見ちまったからには仕方ない。仕組みだけでも教えるよ。……この精霊銃マグナスはピッドが内蔵できるような機構があって、ピッドの力を借りて、魔法を発揮しているわけだ」

「ピッド様の? それと、魔法を二つ同時に展開したり、合成したりすることに、どのような関係が?」

「……まず、前者の方だけど、口で発した言葉で普通に魔法を発生させて、同時にピッドの力で別の魔法を生み出している。端的に言ったら、俺とピッドが一つずつ違う魔法を発揮させている、至極単純な仕組みだ。前やったみたいに、『詠唱アリア』と『呪文スペル』なしで魔法を使えたのは、ピッドが発動させていたからだ。俺は体を貸しているだけで、ほとんど何もしていない。結局のところ、ピッドが精霊であるから、精霊の作る魔法は簡単に生み出せる。それだけのことなんだよ」

「……だから、以前武器があっても意味がないとおっしゃっていたのですね」


 クレアは納得するように頷いた。けれど、解せないことはまだ残っている。


「……で、後者の方、なんで魔法が結びついたのかって言うと、ピッドの発動したエネルギーを俺の魔力受容体レセプタに取り入れて、無理やりくっつけたんだ」

魔力受容体レセプタに、取り込む? もしかしてそれは、魔法陣が変化した時に口にしていた、聞きなれない『詠唱アリア』に秘密が?」

「まぁ、そうだな。そもそも、別の魔法じゃそれを発動させる精霊が違う。つまり、俺の魔力受容体レセプタには二つの異なるエネルギーが混在していて、それを調和してやらなければいけない。それの役目を担っているのが、さっきのそれだ。……けど、二つのエネルギーが同時に魔力受容体レセプタに入るってことは、容量キャパオーバーになることをはらんでいる。しかも、片方は精霊銃マグナスを通して、純粋なエネルギーが流れ込んでくる。魔力受容体レセプタの理論からして、エネルギーを取り込み過ぎると体に使用をきたす。俺が今、こんなになっているのも、そのせいだ」


 メルクの説明通りならば、母親の託したこれは本当に諸刃の剣。代償を以って、理想へ導く正真正銘の切り札だった。そこに、メルクの、そして母親の願いが、思いが、込められているのを知ったクレアは、サン・カレッドの為に全霊を尽くしてくれたメルクに感謝の念を強く、強く抱いていた。


「……メルク様、本当にありがとうございました。おそらく、貴方がいなければ、この国は地図から消え失せていたでしょう。王女として、この国に生きる者として、心より感謝申し上げます。いては、復興の後に褒賞や褒美、栄誉が与えられるようわたくしが尽力させていただきますので、復興が終わるまではどうかこの国に……」

「いやいや。そんなに色々してもらったら、悪いから。俺、そういうこと得意じゃないし……」


 メルクは息を切らしていたことも忘れて、クレアに返答する。と、相棒の声音が脳に響いてきた。


「……マスター! まだ、気配がする。あいつ、まだ生きているよ!」

「何!?」


 ピッドは精霊銃マグナスより飛び出て、姿を現し、そう言った。


「……あれで、まだ死んでないのかよ。どれだけタフなんだ」

「……ううん。もう虫の息。今にも、心臓が止まりそうだ」


 メルクは一度焦りを見せたが、その言葉を聞き、落ち着きを取り戻す。もう、戦いたくはないから、安心にはぁと息を深く吐いた。


「……主ヨ……オ導キヲ……」


 塵が晴れた後には業火に焼かれたヤコブの姿が浮かび上がった。ピッドの言う通り、喋れているのが考えられないほど無惨な有様で、肩から上しか残っていない。ヤコブが現時点で生きているのは、魔獣マギカに近づいたからこそなった、圧倒的な生命力による奇跡のためであって、死亡していると言っても過言ではない。


 かすれた声で呟くのは敬愛する精霊への救済の願い。死にそうとして、いや、死にそうだからこそさらに高まる信仰心をヤコブは呟いていた。


「……これが、サラマンダー様の炎の後のなれの果て。あまりにも、ひどいものですね」


 クレアは口のみを動かすそのなれの果てを、可哀そうなものを見る目で見つめる。


「……ドウカ……私……ニ……声ヲ……」


 魔獣マギカと融合してしまったが故、死にそうでも死にきれないそれを見下ろす、純白の自称精霊は、思いがけずヤコブに声を届けた。


「……教会の信徒君。ボクは精霊の一柱。ボク達を愛してくれてありがとう」


 淡々と、全てを見据えるように精霊然と答える姿に、メルクとクレアは目を見張る。


「……精霊様? ソノ……オ声ヲ……オ聞カセ……イタダキ……感謝……シマス」


 ヤコブの表情はどこか恍惚こうこつとして、見えぬピッドの姿を霞む瞳で必死に捉えようとする。けれど、その姿がメルクとクレアにはどこか醜く、滑稽に見えた。


「……ドウカ……私ニ……力ヲ……。力……ヲ……」


 失った手を空に伸ばすように、ヤコブは顔を歪める。けれど、そんな醜い半魔人マグに精霊然としたピッドは冷たく返答した。


「確かにボク達を尊んでくれることは嬉しいし、大切だよ。けど、君はやり方を間違った」

「…………エ?」


 ヤコブは思わぬ返答にそう漏らした。


「……ドウ……シテ?」

「君がやっていたのはボクらがやりたいことを、ただ忖度して、正義のもとにテロを繰り返しているだけだ。ボク達が一度でも、そんなことをしたいと言ったかい? 精霊の本当の声を聴いたのかい? それは、できないはずだ。ボク達は聖域に住んでいるから、何人も声を聴くことなんて不可能。それなのに君は憶測で、人を殺して、禁忌を犯して、それをボク達の望みとこじつけて、何度も繰り返す。それを少なくともボクは容認するわけにはいかない」


 ヤコブの半人半獣の顔は熱が引いていった。青ざめて、絶望していく様が、メルクとクレアの目に映る。

 メルクの頭にはふと『確信犯』という言葉が浮かんだ。よく、悪いことだと理解しながら、罪を犯すという意味で使われるこの言葉だが、実際のところニュアンスが異なる。


 本来、『確信犯』は己の為すことが社会のため、宗教のため、正しいと確信して起こす罪のことを言う。ヤコブはその典型だった。自分の信じる精霊のために、それが正しいと絶対の自信をもって今まで戦い抜いてきた。その末路がこうも残酷では言葉にならなかった。


「……君に慈悲をボクは与えない。ボクが与えるのは罰だ。罪を背負った君への精霊からの戒めの罰だ」

「……ソンナ……慈悲……ヲ……力……ヲ……」


 ヤコブの体は塵に変わっていく。サラマンダーの炎の残滓が、人間を捨てたヤコブだったものをゆっくりと灰に変えていった。そして、敬愛する精霊に見放されたそれは、執着と敬愛を捨てきれぬまま、燃え尽き、灰燼かいじんに帰った。


「……本当に……これで……」


 クレアは瞳を潤ませる。その雫に宿っているのはこの国への真心と駆けずり回った自分の軌跡。やっと、解放される。魔法を初めて使えて、これで初めて王族として、フロンティアに生きる民として、認められると、背負っていた重荷をやっと降ろすことができると、そう感じていた。


「……そう。やっと、終わった。脅威は過ぎ去った。……そして、クレアもやっと卒業だ。俺が教えることはもうない。晴れて、本物の王女様に……いや、女王になるだろう。……俺も、ずっと応援しているから」


 メルクは優しくクレアの長く伸びた金髪を撫でる。走って、転んで、痛めて、汚れたその長い髪を、綺麗になるように、そして、褒め称えるようにメルクは撫でた。クレアには見えていた。涙に霞むその視界には紛れもない王の器を持った、黒髪の少年の姿が——。

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