第44話 九本の猛火の剣《ノーヴェ・クラウソラス》
「……誰ダ。……ココニ、来タ以上殺ス他ナイ。アノ結界ハ後回シダ。マズハ、貴様カラ潰ス」
ヤコブは憤りを全て、目の前にいるこのメルクへと向けた。背筋が凍る視線をメルクは受け取ってもなお恐れることなく目を合わせる。
「そんなわけにはいかないな。俺はお前を倒すことを任されたんだ。そう易々と負けるわけにはいかない」
メルクも鋭く睨み返す。
「……ヨカロウ。貴様ヲ私ガ葬リサッテヤロウ」
そう言って、刹那の速度で肉薄するヤコブに対して、メルクは相棒に声を掛ける。
「ピッド、頼むぞ」
「了解、マスター」
懐から出した、母の形見の
肉薄するヤコブは視線に映ったそれを見て、瞬間的にバックステップ。
だが、それはある意味ヤコブには命取りであることを彼は理解していなかった。
「……マスター、けど耐えてくれよ」
ピッドはそう言って、その銃、
そして、メルクは
——何も起きない。
しかし、メルクの表情には変化があった。苦痛にもがくような険しい表情。それを取り繕うように、無理やり笑みを浮かべていた。
「さぁ、マスター、見せつけてやれ!」
脳内に走るピッドの言葉。それが、意味するのは僅か一秒にも満たない経過の後に起きた、不思議によるものだった。
白い銃の先端にある銃口の穴の前に、唐突に、巨大な紅き魔法陣が五つ、
「【同胞の誕生。映し鏡の
創成の魔法の『
現時点で、ヤコブは驚愕していた。それは、様子を見ていたアナやクレアも同じであって、視線がその魔法陣に釘付けになる。
色の異なる魔法陣が表出する時点で、二種類の魔法が展開されていることになる。それは、絶対に不可能なことだ。基本的に『
だが、メルクの前には二色の魔法陣。それが、現実で起きているという他なかった。
「貴様、ソノヨウナ芸当ヲ……一体ドコデ? ダガ、魔法ヲ侮辱シタ行為ダ。許スワケニハイカナイ」
ヤコブはもう一度、地を蹴り、駆ける。だが、それは最悪な選択だと、ヤコブは気付くことはなかった。
「【結ぶ、炎と剣。鳴らせ、歓喜の角笛】」
メルクがそう口にすると同時、紅白の魔法陣は淡い赤の魔法陣へ瞬間的に色が変わった。そして、創成した九本の銀の剣には猛々しく燃える炎が伝っていた。
「ソレハ、主ノ炎。サラマンダー様ノ炎デハナイカ! 狂ッタカ、愚カナ男ヨ!」
——サラマンダー。それは、精霊の頂点に立つ者の一柱の名だ。自然にある四つの属性。その中で『火』を司る、絶対的な精霊。
メルクはそのサラマンダーの炎を呼び出そうとしていた。
【フレイム・オブ・サラマンドラ】。サラマンダーの名を冠した超高位魔法の一つがある。それは、土も、空気も、石も、鋼も、そして、水までも、蒸発させ燃やし尽くす圧倒的な炎を振るうその魔法のオラクルがメルクの展開する魔法陣には混在していた。
もし、その魔法を発動させてしまえば、確かに目の前に立つこの巨悪を、塵も残らぬほど燃やし尽くすことができるかもしれない。しかし、それには大きなリスクがあった。圧倒的な炎は敵だけでなく、自身にも、そして、守るべき街や人にも影響を及ぼすかもしれない。そんな魔法をこんな局面で発動するなど愚の骨頂だとヤコブは思った。だが、メルクは違う。
「【
メルクの紡ぐ『
「【蛮族どもを討ち滅ぼす、
『
「【ノーヴェ・クラウソラス】」
紅蓮の炎が差し向けられた切っ先を伝い、ヤコブの元へ集結し、駆け抜けた。太陽を思わせるような強烈な赤い閃光は、空を覆った黒雲すらも焼き払い、視界の届かぬところまで伸び進んだ。
「グォォォォォォォォォォォ!」
焼かれるヤコブの絶叫は、瞬く間に消え、炎が止んだ頃には、しばしの静寂が訪れた。
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