第33話 教会と使徒と開戦


 騎士達の声音に合わせたように届いたその轟音にガヴェイン達は彼方の方向へ目を見やる。


「なんだ、今の……は? ……雷? 一体、どこから?」


 ガヴェインは鳴った方角を見ても、あるのは晴れ渡る蒼天と茫洋ぼうようたるフロンティアの大地だけだ。ガヴェインの表情はかげる。


「……ガヴェイン卿、今の音は?」


 同志の問いかけにガヴェインは「わからない」と、首を振る。


「……その問いかけには私が答えよう……」


 ガヴェインの耳に聞き覚えのない声音が届く。遠雷が鳴った方角の地面の上に唐突に出現したその声の主は、微笑を浮かべて、声を出す。


「……お初にお目にかかる。私は精霊様の敬虔けいけんなる信徒にして、教会の幹部、十二使徒の一人、ヤコブ・テオス・レオネス。主の命に従い、この国へ馳せ参じた次第だ」


 ガヴェインとの距離およそ300ヤードといったところであろうか、二人の距離はまだまだ遠い。けれど、ガヴェインは感じていた。……畏れを。


 髭を口元に生やしているぐらいしか顔は視認できないのに、その瞳は全く笑っていないことが感じられた。そして、何より、この距離でも分かる圧倒的な重圧プレッシャー。背筋が凍り、皮膚がヒリつく。その感覚は強大な力を有した魔獣マギカと相対する時と似ていた。


「……教会だと……。なんてことだ……」


 ガヴェインは頭を抱え、表情を曇らせる。


 ——教会。その名をフロンティアの人間が認知していないことはない。その詳しい実体は不明だが、何者よりも精霊を愛し、魔法を愛する集団であることは世に知れている。そして、精霊の敬虔な信徒である彼らの敵は、教会に属する人間の他の全人類だ。彼らは精霊の意志を汲み取り、魔獣マギカに成り代わって、蹂躙じゅうりんを繰り返す。それはもう残虐なテロと全くもって変わらない。


 それらを為し得るだけの実力をその身に宿し、今までいくつもの人間を殺戮してきた。それを災厄と言って、何も違わない。


「……主の英断により、この国を塵と変えることが決まった。君達も主の生贄になれることを誇りに思い、感謝するように」


 不敵な笑みを生えた髭に隠し、ただただそう伝えた。これは、宣言なのではなくて、決定事項の予告に過ぎない。


「……外道が! 人が死ぬことに精霊が喜ぶはずがないだろう」


 ガヴェインがさとすように言う。しかし、そのヤコブの胸に宿す意志は全く変わることはない。


「……教会の信徒ではない君に何がわかる? 私は長い間、精霊様と対話をし、その思惑を悟った。そして、それは愚かなる人間を殲滅することに決定したのだ。それが、君の勝手な妄言で変わることなどありはしない」

「……ただのテロリストに、精霊の意志がわかるはずがない! 内に秘めたその醜い思想を早く消し去るがいい」


 ガヴェインは脅迫でもするかのように強く訴える。しかし、精霊の片腕として、その身を捧げた彼には響くことはなく、ただただ不快な感情が胸を支配するだけであった。


 ヤコブはその片手に持った大杖を小さく地面に一打ちする。地面に触れた杖の先が巻き起こしたのは、計り知れない圧迫感。まるで、大地が、大気が、そして数多くの人間が畏れるように、震えた。


 杖の先がぶつかった地面は罅割ひびわれ、雷がほとばしるように大気が摩耗し音を立て、そして、この光景を見ていない者を含めた誰もが、ヤコブの圧迫感に彼の方へ振り向いた。


「……精霊様を愛する我らだけでなく、主そのものを愚弄するか。貴様らは万死に値する。少しは、生きる猶予を与えてやろうとも思ったが、即断する以外ないようだ」


 ヤコブを取り巻く空気の流れが変わる。寒気を覚えるそれは憎悪や怨嗟えんさを帯びた、暗く冷たいものだ。

 騎士団員を引き連れ、正門を抜けて、ヤコブのいる外界で相対したガヴェインは、その空気に決断する。


「……総員、構えろ! 敵を討つ!」


 高らかに宣言された開戦及び攻撃許可の合図に、数百に渡る騎士達が一斉に腕をヤコブの元へ仕向ける。


 その異変に気付いた住人達に、必死に誘導を促す辺境に住まう騎士達にも汗が流れる。取り繕ったところで、住人の怪訝な瞳は変わらない。けれど、ガヴェイン卿のそして、陛下の命に従うために、騎士は必死に取り繕う。


 それに応えるように、サン・カレッドの軍事的中心たる直属の騎士達は眼前に立つ脅威に、抵抗を始める。

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