第34話 矢と槍と圧倒


「「「【先人達の叡智。我は敬信を以って、弓を手に、矢を番える。敵対者に烈なる一撃を】」」」


 数百にも及ぶ騎士達の手には黄金に輝く、円形の魔法陣が一つ。それと同じものが、対象者であるヤコブの全身に照射される。全身を覆い尽くすオラクルの示すものは、これからの末路を示唆するものだとヤコブは理解していた。


「……主の矢か。これは、よく考えたが……敬愛もしていない貴様らが使っていいはずがない」


 照射されてもなお、顔にしわを寄せ、動こうとしないヤコブは冷たくわらう。


「「「【リヒト・レイ】!!!」」」


 寸分違わず、同時に放たれたのは黄金の輝きを放つ一条の光の矢。手の魔法陣から一つの光が、ヤコブに照射されたもう一方の魔法陣に向かい、飛翔する。多勢に無勢。圧倒的人数差によって、数百の光がただ一人のヤコブの元へ集結した。


「……必中の矢。確かに強力だが、主を愛する私に不可能はない」


 ヤコブは片手に持った大杖を地面に振るう。巻き上がった砂塵に飛来した光の矢達は直撃する。だが、光は消えない。【リヒト・レイ】の光の矢は対象者にぶつかるまで、どこまでも追い続ける。照射された魔法陣が標的となり、追尾ミサイルのように追いまわす。どれだけ、逃げ惑おうが、光の矢からは逃れることはできない。……だが。


「……さて……主の御力を味わせてもらったが、不出来な人間が使うと、力も劣ってしまってならないな」


 砂塵が消え、姿を見せたヤコブは全くの無傷であった。


「……なんだとっ!」


 魔法を放った騎士達は目の前の出来事に驚愕した。傍から見れば、その人数差は、船団と立った一隻の小舟だ。その小舟に全ての艦隊から総攻撃を受けたようなものだが、傷一つもつけられていない、そういった全くもってありえない、奇跡のようなことをこの男は成し遂げたのだ。その想定外の実力にガヴェイン卿は顔を曇らせる。


「……構うな。もう一度、やれ!」


 ガヴェインの指示に再び『詠唱アリア』を開始する。


「「「【先人達の叡智。我は敬信を以って、弓を手に、矢を番える。敵対者に烈なる一撃を】」」」


 寄って集って、無駄の行動を取る愚かなる者達に、ヤコブは冷たく嗤った。


「……学ばない、愚か者共、め。何度やっても、変わらないというのに」


 一人、指示を出すガヴェインは他の騎士達と別の魔法を編もうとしていた。


「【同胞の誕生。映し鏡の童子達どうしたち今一度いまひとたび、新しき命に祝福あれ】」


 他の騎士達とはまた異なる白い魔法陣。自身の前に浮かぶそれらは五つ。それが完成する前に、黄金の矢が放たれる。


「「「【リヒト・レイ】」」」


 まるで、流星群かのように光の帯が一方向へ流れる。弧を描き、あるいは直線状に突き進む光の矢はただ一人、敵対者の元へ殺到する。


 しかし、再びヤコブは己の背丈ほどの杖先を地面へ叩く。地面に触れる、たったそれだけで、粉塵を宙に舞わせる。その中に隠れ、輝きを放つ矢はなお輝きを保ちながら砂塵へ飛び込むが、ヤコブはその身で全て、叩き落としていた。幾百にも及ぶ光の矢が、実体を持つ故の欠陥。全てを、その手で、その足で、叩き折り、自らに傷を一つ付けない神業。それを淡々と、至極当然のように為せる恐ろしいまでの敬愛心による圧倒的なまでの実力をその身に宿していた。


「【ミロ・ワール・クレアーレ】」


 砂塵に隠れて見えないヤコブに、ガヴェインは魔法を発動させる。光の矢の群れが殺到して、少し後。発動されたのは武具を顕現させる創造の魔法。五つ展開された白き魔法陣からは鋼の大槍が顕現する。それを、己の感覚で砂塵に姿を隠すヤコブめがけて、投擲とうてきする。


 白い魔法陣が爆ぜ消え、打ち出された五つの槍はヤコブを穿うがつつために飛翔する。


「……やったのか?」


 砂塵に消えた五つの大槍を見送ったガヴェインは、小さく呟いた。


「……馬鹿な。……その程度で、勝利したなどと思いを巡らせること。それが、愚行と気づかないことが愚かなのだ」


 塵が晴れると、鋼の槍を叩き折り、粉々に粉砕して、ただの残滓に変えた無傷の男が現れた。

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