第32話 騎士と遠雷


 ——時間はまた少し過ぎて。サン・カレッド王国東方。大正門前。


 サン・カレッド王国と外界の境目に当たるこの場所には巨大な門が建造されている。ここを出ていくのはよほどの実力者か、行方不明を希望する者、権力にものを言わせて、多数の使いを従えた風変りな権力者くらいである。

 普段は門の前で検問をする騎士が数人いるほどの閑散としたこの場所にも、時間と共に騒ぎが起こり始めていた。


 周辺住民は知らせが伝えられて、すぐさま支度を始め、普段なかなか向かうことのない中央部へと歩み始めていた。在中する騎士は騎士長ガヴェイン卿の指示のもと周辺住民の避難に助力して、優雅に会話を楽しめる余裕などない。


「……急いでください。災禍はすぐそこまで迫っている。早く、中心部へ」


 騎士の呼びかけに呼応して、住民は悲鳴を上げながら、歩む。広さにして40マイルに迫るこの国の特に郊外ともなれば避難が遅れるのは必然的だ。で、あるからして、住人の表情は険しい。


「……全く、なんて騒ぎだ。もう少し早く知らせがあれば、ここまで混乱することはなかったろうに」


 騎士の一人が混乱の最中に嘆息をつきながらそう零した。見たことのない人々乱れた動きに酔った様子だった。


「……女王陛下を愚弄するのか。サン・カレッドの騎士として、相応しくない行為だぞ」


 近くで、誘導に明け暮れる別の騎士がそう戒める。


「女王陛下は愚弄する気などない。だが、可能性にすぎない占いにここまで、狂乱して良いものだろうかと、少し思案したまでだ」


 騎士は淡々と言い返す。たとえ、陛下のお墨付きがついている占い師だからといって、素性も知れない占い師にここまで踊らされる義理など自分には持ち合わせてなどいなかったからだ。


「失礼であるぞ。陛下の友は我らが仕える人だ。陛下が信じているのならば、我らが信じてやらなくてどうする? 事実、その占い師はサン・カレッドの危機を何度も予知し、平和の存続に何度も尽力されたと聞く。それが、占い師が必要であるという何よりの証明だ」


 自らが忠誠を誓ったその日から、女王とその周りに仕える者への敬意は忘れない。たとえ、その姿を見たことがないとしても、女王が言うのだから、忠誠心は片時も揺らぐことはない。


「……よく言った! 辺境の騎士よ!」


 傍らに立つ騎士に忠誠心を説いた騎士の耳にたくましい男の声が届く。二人の騎士がその声に振り返ると、この国の守りの要とも言えるヴァルフェルク・ガヴェイン卿その人が立っていた。


 背筋がすっと伸びた背の高いその男は、歳にしてもう中年と言えるが、その顔立ちはまだ若さを感じる。発達したその筋骨は重厚な甲冑の上からでも分かるほど隆起していて、騎士の鑑として違わない風格アウラを遺憾なく発揮している。


 二人の騎士を見下ろすガヴェインは、重低音のその野太い声で言う。


「……この者の言う通りだ。陛下に忠誠を誓い、この国の平和を願うのであれば、陛下を疑うことなどあってはいけない。お前もこの国の騎士であり続けたいのなら、二度とその疑心を口にしてはならないぞ。心に誓え」


 背筋も凍りそうになるその忠誠心に、辺境の一人の騎士は胸に手を当て、ひざまずき、懺悔した。


「それでよい。以後、気を付けるように……」


 その者の頭に手を当て、懐の深さを示したガヴェインは、その視線を門の外へと向ける。


「……ガヴェイン卿、どうしてここに? 貴公は都市中央で、成り行きを見守らねばならないはず。このような辺境に来るまでもないと思うのですが……」


 もう一人の騎士が問う。そも、この辺境には住民を除いて、騎士はごく数人しか配備されていない。中央部と違い、主要なものがないからだ。外界との境界である門も、魔除けがあるから、騎士がいる必要性もあまりない。だが、この国のトップクラスに位置する彼がここに来ることはかなりのイレギュラーであった。


「……あぁ、そのことだが……」


 ガヴェインは声を潜めて、少し言いつぐむ。騎士にしか知れないように耳元で囁く。


「……どうやら、この正門から、何かが来るらしい。正々堂々とこの門に近づき、何かが被害をもたらすらしい」


 騎士の顔は歪んだ。それが、今急ぎ向かう住人に知れれば、これ以上ないパニックに見舞われるに違いないとそう想像できた。だから、ここまで注意深くガヴェイン卿が伝えたのだと理解した。


「……本当なのですか、それは?」


 騎士が顔を強張らせ、改めて確認する。すると、ガヴェイン卿も顔を険しくして。


「……あぁ。間違いないらしい。早く、住民の避難を頼むぞ」

「……仰せのままに」


 騎士は未だ跪く騎士を立ち上がらせ、避難を急がせる。


「……近衛騎士達よ、我の元へ集い来たれ」


 その呼び声に、ガヴェインと同じ格好の甲冑を着た騎士達が空から降り立つ。魔法を使い、駆けてきた騎士達は、門前にいるガヴェインの元へと集う。


「……よくぞ来た。我が同志達。今より、ここは戦場になるかもしれない。ここで、命を捨てる覚悟で、挑むことだ」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」


 騎士長の言葉に、騎士達は猛々たけだけしく、応える。


「とはいえ、住民の安全が最優先だ。それが、陛下の一番の望みであると、伺っている。皆、尽力するように」


 未だ止むことのない、住民の焦りの雑踏の中、忠誠を再確認する騎士達の声が鳴り響く。


 ドド、ドドド、ドドドドドォ~~~~~~~~~~~~~~~ン!


 晴れ渡る正午の刻、唐突に、突然に、蒼天の彼方から遠雷が鳴り渡った。

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