第12話 留意と魔力受容体《レセプタ》


「はぁ、はぁ、はぁ。……お待ち……ください」


 王宮近辺に辿り着いた時、息を荒らげるクレアの声に足を止める。


「あぁ、すまんクレア。こんなに走るなんて、慣れなかったよな?」

「……はい。……メルク様の無尽蔵な体力と……わたくしとは……随分不釣り合いですので……」


 俺はと言えば、クレアと対照的に息は切れていない。

 それなりに劣悪な環境を旅してきたから、体力にはある程度の自信はあるつもりだ。


 クレアを見やれば大きく深呼吸をして、息を整えている。俺の都合なのに、悪いことをしてしまった。


「……メルク様、あの方は……一体誰なのですか? メルク様をお兄様とお呼びになっていましたが、本当にあの方はメルク様の……」

「そうだ。久しぶりに会って、最初はわからなかったけど、間違いなく俺の妹、アナだ」

「アナ様……そう、おっしゃるのですね。……ですが、疑問です。どうして、妹様からメルク様が逃げる必要があるのですか?」


 かなり痛いところを突いてくる王女様だ。


「……秘密って言ったら、納得してくれるか? あまり、詮索しないでもらえると助かるんだが……」

「そうですか……。ですが、実の妹様に襲われるなんて、災難でしたね」


 察してくれたのか、聞いてほしくないところは耳を塞いでくれるらしい。それどころか、同情してくれている。


「まぁ、仕方ないことだよ。詳しくは言えないが、それほどのことを俺がやらかしたからな」


 思い出す桃色の髪をした本物の人形のような少女。

 いつだったか、ドレスのようなひらひらとした妙に目立つ服を身に纏ったアナが、俺の服の裾を掴んで、後ろに隠れて雷を怖がっていた。


 やけに頼りにされていたそんな記憶。


 だが今はまるで自警団と犯罪者の如く、追跡と逃走を繰り返す関係性。

 それは、いつからだろう……。


「何かあったのですね。心中御察しはできませんが、頑張ってください」


 クレアは微笑をその口元に表す。王女と言う名にふさわしい凛々しく、柔らかな表情で。


「……メルク様それはそれとして、帰る前に答えて頂ければならないことが、二つほどあります」


 柔らかな表情が途端に真剣そのものに変わる。双眸そうぼうは鋭く、ある種凛々しさは増した。


「まず一つ、アナ様の魔法が発動されなかったのはなぜですか?」


 その碧眼には一切の曇りなく、ただ知りたいという愚直な思いのみが宿っていた。


「……クレアはわかっていると思うんだが、魔法発動の際の諸注意だよ。絶対守らないといけないルールがあるはずだ」


 クレアは小首を傾げる。だが、どうも思い出せないらしい。


「ルールってのは、『詠唱アリア』もしくは『呪文スペル』の際、絶対にリズムを崩さず、言葉を濁したり、噛んだりしてはいけないってことだよ」

「……あっ! そうでした!」


 クレアは手で口を押え、目を見開き、納得の表情をする。


魔力受容体レセプタの理論。少し魔法をかじっているならば、聞いたことはあるだろう?」

「えぇ、気が動転して忘れていました。わたくしの講師だった人は見えない臓器とも言っていた気がします」

「まぁ、間違ってはいないな。体のどっかにあるっていう意味では……」


 この魔力受容体レセプタの理論というのは、魔法に関することの中でも少しコアな部分の話だ。


 フロンティアに存在する人間は魔法を使えるというのは自明だが、魔法を発動するエネルギー、所謂いわゆる魔力のようなものは存在しない。いや、正確には魔力のようなエネルギーを持つ人間は存在しないのである。

 基本的にそういったエネルギーは『詠唱アリア』の際に精霊から送られ、それを魔法発動のエネルギーに転換して、発現させる。そうやって、魔法というものができているのだが、その時に必要になるのが見えない臓器、魔力受容体レセプタである。


「魔法を使えるフロンティアの人間が、使える魔法に違いがあるのは明らかにおかしい。その違いを生み出しているのが魔力受容体レセプタだ」


 人の臓腑ぞうふのどこかにあるとされるそれは、名の通り精霊のエネルギーを受け止め、蓄積する器官だ。

 使える魔法の違いを生み出すのはこの魔力受容体レセプタ容量キャパシティが人によって変わるからであり、言ってしまえばこのキャパを超える魔法をどんなに訓練、学習したところで使うことは不可能なのである。


「エネルギーを全て魔力受容体レセプタに取り込まなければ、魔法は発動されない。面倒くさいよな?」


 クレアもしずしずと頷く。


 そう、魔法は万能であっても、決して手軽ではない。それなりの制約を守らなければ、魔法は実現されないし、事実アナは途中で魔法発動の条件を成功できず、エネルギーを魔力受容体レセプタに取り込むことができず、魔法を失敗していた。


 特別なものではなくなったからこそ、その本質を皆忘れてしまっている。だから、あのようなミスが起こるのだ。


「……魔力受容体レセプタがアナ様に関係していたのですね。あの一瞬でお見抜きになるなんて、流石です」

「……どうも。……で、もう一つ何かあるんだろう?」


 クレアは再び眼差しを鋭く尖らせる。


「そうです。メルク様、わたくしが聞きたいことを貴方様自身、わかっておられるのではないですか?」


 クレアの言う通り。

 なんとなく察しはついている。それをどう説明するべきなのか、それが悩みの種なのだ。


「まぁ、たぶん見せるのが一番なんだろうけど……絶対に他言無用で」

「はい、もちろんです」

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