第13話 設計図と精霊銃《マグナス》


 俺は宙に浮かぶピッドではなくて、自分の装束の中の胸ポケットから綺麗に丸め、黒帯で留めた羊皮紙をクレアに差し出す。


「……これは……何でしょう?」


 明らかに不審な顔を浮かべるクレアに言い訳っぽく説明する。


「……おそらく、クレアが知りたがっているものの設計図、だ」


 クレアは黒帯を解いて、その中身を開く。羊皮紙に丁寧に定規でラインを引き、隅々まで数字と文字で埋め尽くされた設計図がそこにはあった。


 その設計図に描かれる物体はクレアが興味を抱いていたあの謎の物体。何かを打ち出すために細く長く伸びた発射口と一本の指が入る程度の引き金トリガー、自分が見た時に確認できた発射口から引き金トリガーにかけて等間隔に並んだ紺色の小さく丸い宝飾品、真っ白なフォルムと何かをせき止めるような特殊な形をした金具。

 そんな細部ディテールに至るまで精巧に、事細かに描かれた設計図を見入ったクレアは求めているものであると悟った。


「メルク様、正解です。……ですが、わたくしがもっと見たいのは現物なのですが、それは無理なのですか?」

「それは、無理だよ~。クレアちゃん」


 俺が答える前に宙を舞うピッドが答えた。俺も同じ答えだったが……。


「この現物はマスターとボクしか触れちゃいけない最重要の非売品。いくら、王女様の頼みだってそれは無理だよ~」

「……そう……なの……ですか。……残念です」


 クレアは明らかに浮かない顔をする。でも、それは仕方のないことだ。


 これが、俺の全てなのだから……。


「でも、クレアちゃんに見せているその設計図を見せるのも、マスターは初めてだったはずだよ。それ、凄く意味があるってことわかるよね~?」


 ピッドはそう続ける。それを耳にしたクレアは少し驚き、口元と頬を綻ばせた。


「まぁ、そういうことだ。……さっきも言ったが、これは口外しないよう頼む。……で、クレアが言いたいのは要するに、なぜ『詠唱アリア』と『呪文スペル』なしで、魔法を発動できたのかってことだろう?」

「……はい。以前も言いましたが、わたくしに魔法を使える可能性を見せてくれたのが、先ほどのそれでした。その原理を是非教授していただきたいのです」


 少し嬉々とした表情でクレアは問いかける。


「……残念だけど、その願いには応えられない」


 表情はすぐに固まる。死んだ魚のような眼をしたクレアに俺は少したじろぐ。


「俺がその原理を教えることができないんじゃなくて、教えたところで意味がないんだ。……例え、クレアがこの精霊銃、《マグナス》の仕組みを理解したとしても、ピッドみたいな相棒がいないとこれは成り立たない」

「ピッド様みたいな精霊様が……?」


 そう、これは設計図を基に俺が完成させたただの欠陥品。誰でも使えるわけではないし、むしろ使えない方が当然というどうしようもない代物なのだ。


「クレアにもしそんな精霊がいるなら、俺はこれを教えてもいいが……まず、自分のための精霊なんているわけがないだろう?」


 少し辛辣な口調でクレアに投げかける。もちろん、その答えはイエスであり、クレアの表情は暗いものになった。


「……この設計図は、俺のものじゃなくて……実は俺の母親が書いたものなんだ」

「母上様が……。この設計図を見る限り、かなりの設計者だったようにわたくしは感じます」

「まぁ、そうだな。俺にとって、母さんは師匠というか恩人というか、とにかく尊敬できる母親だ。今の俺がこうして魔法具マジックアイテムを売っているのも、母さんの影響が一番大きい」


 俺はいつもこの設計図を見れば、どうしても感慨に浸ってしまう。


 忘れられないあの記憶。あの言葉。あの声。あの姿。


 幼かった俺に毎日のように見せてくれた色とりどり、形様々の魔法具マジックアイテムの品々はその時の俺に……いや、今なお俺の目に焼き付いて離れることはなかった。


 そんな俺をどこか羨ましそうにクレアは見やると、深々と頭を下げて礼をした。


「今日は有意義なお話をありがとうございました。また機会があれば、設計図のこの魔法具について、ご教授していただければうれしく思います。……では、また」


 クレアは手に持っていた設計図の羊皮紙をクルクルと巻いて、黒帯で丁寧に留めて、俺に手渡して、王宮へ歩んでいった。


 その背中はどこまでも寂しそうで、悔しそうで、悲しそうで、俺がもう一度声を掛けることはできなかった。

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