第11話 唐突過ぎる出会い


 夜遅く、辺り一面真っ暗の時間から始まったカフェ内での話は知らぬ間に時間が過ぎていって、窓をふと一瞥すれば夜が明けそうになっていた。


「……やばい、もう朝だ。クレア、急いで支度しろ」

「……本当です! つい、楽しくて忘れていました」


 俺は既にピッドが食べきった皿を確認して、ケースに魔法具を詰め込んで、知らぬ間に寝ていたピッドを叩き起こして、例の保管庫へしまわせる。

 クレアとは言えば、いつものローブのフードを被って、準備は万端らしい。


「……おっと、忘れていた。店主さん、起きてください」


 椅子に座らせていた店主の肩を叩き、ぐうぐう寝ていた彼を呼び起こす。


「……くがっ。あれ、寝てしまっていましたかね」


 起きたばかりで寝ぼけている店主に、合計金額より少しばかり多い金額を支払う。もちろん、償い分だ。


「……あぁ、どうも。……ありがとうございました」


 ふらつきながら立ち上がり、律義に礼をする店主に拭い去れない背徳感を感じながら、前を通り過ぎ、店の扉を開く。




 ……と、外に出て、強く優しい朝の陽ざしを眩しくも浴びていると、早朝なのに通りを歩いている少女が一人。


「……まだ、だいぶと早いが……、朝市で何か売っているのかなぁ」

 気になってついそう呟いてしまった。

「さぁ、どうでしょうね。今の時間から鑑みるとそう考えるのが妥当でしょうが……」


 俺の呟きにクレアも続く。カフェの外とはいえ、前でたむろして本当に迷惑をかけ過ぎてしまっている。後でしっかり謝罪しよう。


「……っ? あっ、あれは……!」


 少女がこちらを見た。少し距離が離れているから顔の表情まで詳しく知ることはできないけれど、何か俺達にありそうな雰囲気だ。


「……えっ!? まさか、あいつは……」

「どうしたのですか、メルク様?」


 訂正しなければいけない。

 俺も彼女に思い当たる節がある。


「……やっぱり、お、お兄様!」


 桃色の髪をクルクルと巻いて、やけにひらひらとフワフワした人形のドレスのような黒と白がチカチカする服を身に纏う少女はそう叫ぶ。


「お、お兄様って、どういうことですか?」


 クレアがそう問いかけてくる。

 俺はそんな問いかけに答える余裕もないほど動揺していた。


「……やっと、見つけました。お覚悟を、お兄様!」


 少女はふわりと揺れるスカートを揺らし、俺の元へ肉薄してくる。


「まずい、まずいまずいまずいまずい!」

「どうなされたのです、メルク様」


 クレアの声が響いてくる。なんて言っているのか耳に入らない。

 少女はどんどんと近づく。


「【新しき命に祝福あれ】」


 桃色の髪をした少女は突如『詠唱アリア』を唱える。白い閃光を放つ魔法陣が少女の手元に現れる。


「【クレアーレ】」


 連続的に紡がれる『呪文スペル』。輝きから現れるのはどこか原始的な手枷てかせとそれに結びつけられた縄。


「お兄様、帰りますよ!」


 その言葉と共に器用かつ的確に投げられた手錠と言う名の手枷は俺の腕めがけて、真っ直ぐに飛んでくる。


「ピッド、あれだ! 色は黒! 早く!」


 ピッドを呼ぶ。脳内ではなく口で。


「あれって、いいの? 結構疲れるでしょ~?」


 ピッドが心配そうな口調で尋ねる。だが、俺はピッドの憂慮に構っていられるほど時間はない。


「いいから、早く!」

「わかった。……ほ~い」


 虚空より飛んでくる白く細長い何か。

 フロンティアには未だ存在しないそれは、手に収まり、指を掛ける引き金トリガーがある。真っ白なそのフォルム、先端には何かを解き放つ発射口。

 その謎の物体を手に持ち、俺は右の人差し指を引き金トリガーに掛ける。


「緊急事態だ。容赦してくれよ、妹ちゃん」


 引き金トリガーを引く。


「マスター、行くよ」


 刹那、ピッドはその正体不明の何かに取り込まれ、そして突如黒い魔法陣が出現する。

 輝きは瞬時にその魔法を発動させ、飛んできていた手錠を跡形もなく消失させる。


「…………今、何をしたのですか……」


 クレアの声は震えていた。

 それが意味するのはこれに対する驚きかあるいはおそれか。俺がそれを知る術などない。


「くっ! あれは……お兄様の……。負けられません、もう一度です。【新しき命に祝福あれ】」


 苦虫を噛み潰したような、渋い顔をする少女は再び『詠唱アリア』を開始する。

 俺は汗をタラリと流し、少し息が乱れながらも、クレアの腕を取り全力で走る。


「……あぁ、お兄様逃げましたね! 私も容赦しませんよ!」


 少女は俺に視線をロックオンして、駆け出し、魔法を発動しようとする。


「……馬鹿、ミスったな。妹ちゃん」

「【クレアーレ】…………あれれっ?」


 魔法は発動されない。予想通りだ。


「魔法発動の基本忘れているのか、アナ? まぁ、今はとりあえず、捕まる訳にはいかない。さらばだ。……いくぞ、クレア」

「……はっ、はい」


 俺はクレアの腕を強引に引き、少女の視界から消えるまで、王宮方向へ走り続けた。

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