第2話 相棒と黒ローブ
「……マスター……マスター……」
耳元に何か響いてくる、騒がしいな。……まぁ、正体はわかっているのだが。
「……マスター、おなか減った~。何か、恵んでくれよ」
小鳥のような可愛らしい声で、少年のような無邪気な態度で、そう
全身を真っ白な羽毛のようなもので覆いつくし、猫に酷似した顔立ちをしているその動物には、体に似つかわしくない楕円型の黄金色の羽が四つ蝶のように生えている。
——いや、正確には生えてはいない。本体の白い体とは微妙に距離があって、張り付いてはいない。一体、こいつの体はどうなっているのやら……。
「……今日の売り上げで何かあげられるとでも? そう思ってるんなら、自分で稼いで来い」
「それは、ひどいよ。マスター。いつも、恵んでくれるじゃん。……なぁ、お願いだよ。ボクに何か……何か……恵んでおくれ」
「……ピッド、働かざるもの食うべからず、だ」
「え~~~、頼むよ、マスタ~~~」
一蹴したら、俺の耳元に喧しいぐらいに駄々をこねてくる。……はぁ、面倒くさい。
「…………あぁ、もううるさい! ほら、賞味期限切れのビスケットだ」
ポケットの中に残っていたビスケットの欠片を宙へと
「……なんか、ショボくない?」
「——返せ」
「遠慮しておきます」
言動にいちいち腹の立つこいつは一応俺の相棒ということにしているピッドだ。こいつの本当の正体はわかってはいないが、自称精霊らしい。精霊など、俺達人類に視認できるのか些か疑問ではあるのだが、まぁ気にしたところで仕方がない。
こいつとは、俺の旅の途中で出会った。それが、いつどこで出会ったというのは正確には覚えていない。けど、いつの間にか俺の隣にいて、それが当たり前になっていた。
「……ひもじいよ~、マスター」
「……言うな。悲しくなる」
真っ暗なサン・カレッド王国の通り沿いで既に定番化となっている野宿をしている俺達は、ピッドがちびちびと食事をし終えるのを確認すると、空腹を紛らわすために眠りに入る。
「……マスター、もう少し値上げしたら? そうしたら、もう少しマシな生活になると思うんだけどなあ~」
「十分、釣りあげてる。人件費は俺一人だからかからないし、九割俺の利益になってる。その上で、あの値段設定なんだ」
「……どうして?」
「言うまでもない。——売れないから。ちょっと、
「商売人とは思えないほどゲスな考え方だね~。マスター」
事実だから、溜息しか出ない。こいつに言いくるめられるのは無性に腹が立つが、今は憤激するだけ腹が減って後悔するだけだ。やめておこう。
今いるサン・カレッド王国には俺達は二日前に入国した。地道で歩いて来て疲れてはいたのだが、腹を満たすには売るしかない。と言っても、ほとんど売れてはいないのだが。
夜になったサン・カレッド王国はとても静かである。石畳で彩られたこの国はガラスで覆われた灯篭に照らされて
そんな通り沿いの一角で、腹の虫を動かさないよう眠りに就こうとした時、隣にいるピッドが俺の眠りを遮る。
「そう言えばさぁ、あの黒ローブの女の子、一体何だったんだろうね~」
「あぁ、そんな奴もいたなぁ。なんだか気味が悪かった……あの……」
ピッドに言われて思い出した。遡るのはあのおじさんに『ライトラ』を売りつけた後の頃である。
「……あの~」
「…………」
俺が問いかけても目の前にいるこの黒ローブの人間は動こうとしない。全身を真っ黒なローブで覆い隠し、顔すらも窺えない。そんな不気味な黒ローブが店前に立っているせいか俺の方には好奇と怪訝な視線が集結するばかりで、一定距離を保って近づいてこようとはしない。全く営業妨害も甚だしい。
「……マスター、この人女の子だよねぇ?」
「あぁ、それぐらいは気付いてる」
不審者はいつも男だと認識されることが大半を占めているが、少なくともこの人は女性である。黒ローブからほんのりと薫る甘ったるく
……ただ、この人に声を掛けると。
「あの~、聞いてます?」
「……えっ? ……なん、なんだぁ~?」
と、なぜか声を無理やり低く落として話してくるのだ。でも、言葉の最初はいつも上ずっていて、本来の女性らしい声が漏れ聞こえている。
「……マスター、この姉ちゃん、まさかとは思うけど、男になりきろうとしてるのかな~?」
頭に聞こえてくるのは姿を見せていないピッドの声。俺と二人の時にいるとき以外はこのように見えなくなるのが通例で、頭の中で想念を送って会話をするのもまた通例である。
「……たぶんそうだろうな。この人バレてないとでも思ってんのかな」
この不審すぎる女性のせいで悪目立ちしすぎている。これでは本当に営業妨害だ。
「……あの~、お嬢さん?」
さすがに我慢の限界だった。
「……さっきから何……お嬢さん?」
黒ローブは明らかに動揺した。声も元に戻っている。どうやら本当に男になり切っていたようだ。しかも、バレていないと思い込んで。そんな甘い考え方は本当に
「……どうして、僕が……俺が……私だと……」
動揺しすぎて思考回路が切断されてしまったご様子だ。
「お客さん、用がないなら帰ってくれないですか? 他のお客さんがあなたのせいで近づけなくなってるんです。そこんところ、わかってます?」
俺の言葉に黒ローブもとい彼女は周りをキョロキョロと窺い、自分に視線が集まっていること、それが冷たさを帯びた視線であることを認識した。フードを被っているせいで実際彼女が顔を引きつらせているのかはわからないが、顔を見なくともその表情は容易に想像ができる。
「……私は……その……」
「……お客さん……」
「……はい。……申し訳ありませんでした……」
俺の冷たい口調に彼女は肩を落とし、一言詫びをいれると、とぼとぼとサン・カレッドの街へ消えていった。
「……ふぅ~、さぁ~、らっしゃい」
俺の呼びかけに——客が来るわけもなかった。悪目立ちしただけで、当人である黒ローブがいなくなってしまえば様子を見ていた客候補たちもただの一国民に変わる。その後、俺の店に声を掛けてくるものは存在しなかった。
「……あの姉ちゃんにあんな態度取ってよかったの。マスター?」
耳元でどこか鼻につく態度でピッドが問うてくる。全く腹が立つ。
「……さぁ。今更気にしたところで金貨が降ってくるわけでもないんだし、どうでもいいんじゃないか?」
「本当かな~。意外にああゆう不思議っこちゃんに限って、意外にお金持っていたりすると思うんだけど……。いいカモ、失ったんじゃない?」
「それでもいいさ。俺は
「……ふふふっ、やっぱり面白いね~、マスターは。でも、たぶん彼女とはまた会うことになると思うんだ。精霊の勘だけどね」
「なんか、胡散臭そうだな」
「そうかい? ボクの勘は結構当たるんだ~」
聞いていても腹の虫は収まらないし、無性に沸き立つ苛立ちも収まらない。寝よう。
「ピッド、寝るぞ」
「……はいよ~」
仄暗い街の一角で、慣れに慣れた野宿をごく当たり前に敢行し、浅めの眠りに就いた。
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