第26話 空からの襲撃(下)
「みんなはこの世界へ来て間もないし、素性を隠すも何も、わからないことばかりだと思う。だから、ある程度共通の設定を準備して口合わせをしておこうと思うの」
「たしかに、俺たちはこの世界について全く知らない。だから、アスリンが俺たちに設定を与えてくれるのは助かるよ」
ハルが私にそう言った。私はハルに頷いて話を続けた。
「みんなのことは、レンスターより遥か北、大陸の北東部にあるアシハラ地方から来たことにしましょう。アシハラは、イロハやユッキーのように黒髪で比較的小柄な人が多いの。特定の商人でもない限り、アシハラ地方の人は外へ出たがらない傾向にあるから、彼らの文化を知る人は極めて少ないわ。きっとうまく誤魔化せるはずよ。丁度、アシハラ地方の民族衣装が、イロハが着る衣装に似ているから都合がいいと思うの」
私の提案に三人が揃って頷いた。
「アシハラ……。響きもどことなく和風だなぁ。東洋人の国かな?」
「あぁ、どことなく和風な響きがするわね。道着みたいな民族衣装って親近感が湧くなぁ」
ユッキーやイロハが言うワフーとかトーヨー人っていうのはよくわからないけれど、三人は私の提案を快く受け入れてくれた。あと、もう少し設定に色を足せばきっと大丈夫だと思う。
「うん、もう少しまとまった設定をレンスター入りまでに考えるね。あと私からのお願いなのだけど、……レンスターに着いてからその先も、みんなのサポートをさせて貰えないかな?」
もし、イロハの中にいるという黒鋼竜ヴリトラが言うように、いつか三人がテルースに帰れるなら、私も一緒にテルースへ行けるかもしれない。彼らの世界をこの目で見てみたい。
「俺たちの旅は先が見えない宛のないものになると思う。ヴァイマル帝国みたいな恐ろしい敵と戦うことになるかもしれない。どんな危険が待ち受けているかわからないんだ。アスリンは、レンスターでの生活や従士の仕事だってあるだろう? レンスターまで案内してくれるだけでもありがたいのに……。まずは、君自身の今の生活を優先させて欲しい」
「大丈夫よ、ハル。たしかに私はレンスター公王陛下の従士。けれど、従士制度を導入している国であれば、その地位や身分がそれまでと同様に保障されるの。公王陛下の許可があればどこへだって行けるの。公王陛下は私がきっと説得してみせる。それに、私はみんなが生まれ育ったテルースをこの目で見てみたいの!」
最後はつい本音を言ってしまった。従士は主人の承諾があれば、主人に代わって地方や諸侯と交流を深めることが可能な自由民だ。旅先でも身分が保障されるし、ハルたちを『従士の従者』や『傭兵』として連れて旅をすれば、旅先でも不審な目で見られずに済むことになる。
私がテルースへ行きたくなった一番の理由は、昨日ユッキーが時を止めて閉じ込めたような『シャシン』という絵や、その絵が動いたりする『ドーガ』を、
無数の高層の塔が並ぶ都市へ行ったり、鋼鉄竜が連なる列車と言う乗り物にも乗ってみたい。そして、ユッキーが見せてくれた『シャシン』の中には、ドラゴニュートではなく人間の少女だった頃の楽しそうに微笑むイロハの姿もあった。私は、彼ら三人が育った故郷に行ってみたいと思うようになった。
「アスリンさえ良ければボクは大歓迎だよ。もし地球へ帰れたら、日本に着いた時ボクに案内させてよ」
「嬉しい! ユッキー、その時はお願いね」
「けどさ、シンクホールはアルザルに住む竜族が守護しているんだし……。もうアルザルへ戻れないかもしれないんだぜ? そうなれば家族にだって会えなくなる。それに地球にエルフが一人もいないこと考えると、エルフにとって何か不都合があるのかもしれない」
ハルの言葉には重みがあった。もし、戻れなくなるとしたら、別れを告げなければいけない人がいるのは寂しい。でも、本当の家族がいない私は、これから三人と一緒にいる時間が増えれば増える程、彼らと別れる方が辛くなるに決まっている。ただ、ハルが言った、地球にエルフ族が一人もいないということが少し気になった。
「エルフが一人もいないのは、理由がありそうでちょっと不安かも……。でも、私には家族のように親しくしてくれる人はいるけれど、もう本当の親族はいないの。みんなと出会えたことが運命だと思っているわ。だから、アルザルへ戻れなくなっても私は構わない。まだ先のことはこれから考えながらとして……、とりあえずみんなが生活するための基盤をレンスターで作りましょ? いずれにしても、私にみんなの旅を手伝わせて欲しいの」
「ありがとう、アスリン。俺からも歓迎するよ。彩葉もいいよな?」
「もちろん、私だって大歓迎! アスリンが一緒に同行してくれるなんて嬉しいよ」
ハルもイロハも快く私を迎えてくれた。もうずいぶん昔のことになるけれど、ギル、バルザ、そしてナターシャたち三人の傭兵団に迎え入れてもらえた時のことを思い出す。何だか心から温まれるような、こんなに安心できる気持ちになれたのは本当に久しぶりだ。
「ありがとう、みんな。これから楽しみだなぁ」
「ねぇ、アスリン。ボクたちは街へ着いたら、音楽で生活費を稼いでみよう思っているのだけど、稼げる程度に通用しそうかな?」
ユッキーが不安そうに尋ねてきた。ハルとユッキーが使う楽器は、どことなく形状が似ている楽器はあるけれど知らない楽器だった。しかし、この三人の音楽の実力は相当だと私は思う。
「レンスターのずっと西にある大国にアリゼオという王国があるのだけど、その国の王立合奏団の演奏より、ユッキーたちの音楽は凄腕だと思うわ。酒場や宿で演奏するだけでも稼げるだろうし、みんなの実力なら貴族たちが主催する演奏会へすぐに召致されるはずよ」
私が正直な感想と客観的な事実を伝えると三人はとても喜んだ。そんな彼らの笑顔を見ると私も嬉しくなる。
「その前に、彩葉のドラゴニュートの誤解を振り払うってところからだと思うけど……」
「どうせ怖がられるなら、思い切って路上ゲリラライブなんてやっちゃうとか?」
ハルとイロハは楽しそうに、お互いの顔を見つめて微笑みながら話している。ハルは自動車を運転しているのに、隣の席に座るイロハばかりを見ているけど、前を見なくて大丈夫なのだろうか? やっぱり私には、この二人が単に仲が良いというより、特別な関係にあるようにしか思えない。
「路上ライブで口コミで宣伝するのも有りかもしれないな! って、おい! ハル! しっかり前見て運転しろよっ! 二号がフラフラしてるじゃないかっ?!」
ユッキーが二人を見てやきもちを焼いているのが丸わかりで少し可愛らしい。
「あ……、ごめん。悪いわるい」
「イロハもハルの邪魔しちゃだめだよ?」
私もそんなユッキーに目配せをしてイロハをからかってみた。
「そ、そんなことしてないってば!」
イロハは後部座席に座る私たちに振り返って慌てている。やはりこんな可愛らしいイロハが皆が恐れるドラゴニュートだなんて想像もつかない。
「なぁ、正面に見えるあの岩山のところ。丁度、日陰になっている樹木があるから、あの岩山のところで昼食にしようか?」
海岸に突き出た少し高い岩山を指差してハルが提案した。沖合からでも見えるこの山は、レンスターの漁師たちから陸標として使われており、通称とんがり山と呼ばれている山だ。もうここからならレンスターまで歩いても半日掛からない。
「賛成! お腹空いてたから嬉しいかも」
「ボクも賛成だ。でもさ、もうずっと缶詰とジャガイモばかりだから、早く街に行って旨いもの食いたいな」
イロハとユッキーがハルの意見に賛成した。
二号が停車すると、ハルとユッキーが樹木の下で昼食の準備を始めた。その間、イロハと私は二号に残って見張りを続けている。もう近くにトロルの反応はない。しかし、何だかいつもよりイロハが周りを警戒しているような気がしたので私は尋ねてみた。
「どうしたの、イロハ? 何か感じるの?」
「気のせいかもしれないけれど……。どこからか視線を感じるような……。何も見えないから気のせいなのかなぁ」
「イロハが言うと何だか信憑性があるから、ちょっと怖いかも……」
「ごめん、見える範囲に何もいないから、私の思い過ごしかもしれないね」
「それならよかった。目と耳がいいイロハが警戒していたから少し心配しちゃった」
私は胸を撫で下ろした。人やエルフよりドラゴニュートの方が、圧倒的に感覚は鋭いはずだ。竜族は第六感も鋭いと聞いたことがある。そんな彼女が視線を感じると言うと本当に怖い。
「おーい、二人とも! 食事の準備ができたぜ」
昼食の準備ができたようで、ユッキーが私たちを呼びに来た。
「本当に毎食ありがとう。明日の晩は、西風亭の特製シチューを用意して貰うからね。楽しみにしてて」
「期待してるよ、アスリン」
ユッキーは本当に楽しみにしているようだ。
「任せておいて。って、私が作るわけじゃないけれど……。ナターシャの息子のミハエルが作る特製シチューは凄く美味しいの。最近は賄いのアーリャって子が作る機会が多いけど、彼女の腕も一流よ」
私とユッキーが呑気に明日の夕食の話をしていたその時、先ほどから周りを警戒していたイロハが空の異変に気がついて大きな声で叫んだ。
「みんな気をつけて! 岩山のずっと上空から、こちらを見ている巨大な鳥がいるっ!」
イロハが言った岩山の上空を見上げると、そこには大きな翼を広げて旋回する巨鳥の姿があった。予想もつかなかった空からの襲撃だった。
あれは、ロック鳥! 北西の乾燥帯、アルカンド地方に生息する獰猛な巨鳥がどうしてこんなところに……。
「なんだよ……、あれ……」
「どうした?!」
イロハの声で駆けつけたユッキーがロック鳥を見て怯えた声で呟いた。ユッキーに続いて駆けつけたハルも空を見て驚愕する。
「あの鳥はロック鳥と言う凶暴な肉食巨鳥で、馬ですら片足で鷲掴みにする恐ろしい鳥よ! ここは隠れる場所がないから、二号で降り切るしかないかも……」
私がみんなに告げると三人は揃って頷く。
私たちの上空を旋回していた巨大なロック鳥は、私たちを獲物と認識したのか不気味な声で鳴き始めた。ロック鳥は複数の群れで行動することが多い。きっと仲間を呼んでいるのだろう。
この後、レンスター目前の海岸線で繰り広げられたロック鳥との戦いの中で、私はテルースの武器の恐ろしい破壊力を思い知らされることになる。
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