第27話 天使のような笑顔

 空の異変に気付いた彩葉が皆に注意を呼び掛けると、ボクたちは一瞬にして緊張に包まれた。空を見上げると、そこには翼を広げると三十メートル以上はあろうかという巨大な怪鳥がおり、まるで上空からボクたちをジッと監視しているようだった。


「なんだよ……、あれ……」


 ボクは思わず思ったことを声に出してしまう。炊事を中断して駆けつけたハルも驚愕して言葉が出ないようだ。彩葉も警戒して腰に帯刀した剣の柄を掴んで、空を睨んだまま身構えている。


「あの鳥はロック鳥と言う凶暴な肉食巨鳥で、馬ですら片手で鷲掴みにする恐ろしい鳥よ!ここは隠れる場所が無いから二号で逃げ切るしかないかも……」


 アスリンも彼女がロック鳥と呼んだバケモノを見つめて怯えている。


「とりあえず二号に急いで戻ろう。幸村は助手席から機関銃を後方に向けてスタンバイ頼む。彩葉は幸村をサポートしてやってもらえるか?」


「了解だぜ」


「わかった。私はユッキーを援護するね。助手席側の後ろの席で弾薬を渡せばいいかな?」


「あぁ、そんな感じでお願い、彩葉」


 ハルの指示にボクと彩葉が応え、それぞれ二号の指定された配置に乗り込む。


 彩葉が撃たれてしまった時は例外だったけど、ハルはいつだって冷静で客観的に物事を判断して考える。頭も良く運動神経も抜群なハルは、いざって時に頼りになる存在だ。


「アスリンは俺の後ろの席でしっかり掴まって衝撃に備えてくれよ」


「わかったわ」


 アスリンにそう伝えながらハルはエンジンを始動させる。アスリンもハルに返事をしてからハルの後ろの後部座席に乗り込む。


「アスリン、ロック鳥に襲われたらアルザルの人たちはどう対処するんだ?」


「亜竜種のワイバーンやロック鳥に空から襲われたら、基本的に深い森や岩陰などに逃げてやり過ごすわ。集団戦なら弓矢で応戦して倒したという話は聞いたことがあるけれど、少人数じゃさすがに無理ね。ロック鳥は元々アルカンドと呼ばれている内陸の乾燥帯に生息する巨鳥のはずなのだけれど……」


 ハルはいつでも二号が出発できる態勢を取ると、右手に雷の塊を作り始める。弓矢で倒せるなら相手ならMG42だって応戦できるはずだ。ハルの魔力は限度があるらしいし、まだ温存しておいた方がいいような気がする。


「ハル、逃げ切れそうならそのまま逃げよう。あいつが襲ってくるようなら降下してくるタイミングを狙って撃ち落としてみせる。弓でやれる相手なんだからきっとやれるさ。いざって時にハルの魔力は温存しておいて欲しい」


「了解だ、幸村。地盤もそれほど悪くなかったし、来た道へ戻る感じで飛ばし気味に走らせるぞ。もし接近されたら緊急回避で急ブレーキするかもしれないから衝撃に備えてくれよ」


「オッケーだ!」


 ハルは頷いてボクの提案を受け入れ、右手に溜めた電撃の塊を消し去ると、運転席に座って二号を走らせ始める。二号が走り出すと上空で旋回していたロック鳥もついてくる。簡単に振り切れる相手ではなさそうだ。


 先ほどロック鳥が不気味な声で鳴いていたのは、どうやら仲間を呼んでいたようで、更に二羽の怪鳥がキルシュティ山の方から飛んでくるのが見える。丈の低い樹木が生えている程度の草原と、切り立った剥き出しの地肌が見える崖が続くこの海岸線では、ボクたちが身を隠せるような場所なんて存在しない。


 ロック鳥の数は全部で三羽だ。一羽でも倒せばもしかしたら他の鳥は逃げ去るかもしれない。


 小型のセスナ機より大きな怪鳥が、鳴き喚きながら旋回する姿はおぞましい。旋回しながらだというのにもかかわらず、ロック鳥は二号にピッタリとついてくる。ロック鳥の飛行速度は、巨体の割に車が走る速度よりも速そうだ。


「ユッキー、そのキカンジューでロック鳥を倒せるの?」


 アスリンはもの凄く心配そうにボクを見つめて問いかけてくる。銃器の存在を知らないアスリンからしてみれば、車体に取り付けたこの鉄の塊が何の役に立つのかさっぱり分からないだろう。アスリンの機関銃のアクセントが棒読みっぽくて少し可愛らしい。


「ハルの雷撃ほどの威力はないかもしれないけどさ。この機関銃の威力も凄いんだぜ? 先端の穴から炎の矢のようなものが発射されるんだけど、人間なら一発でも当たれば死んでしまう威力だよ。それが一秒で約二十発も発射されるから弓矢の何倍もの威力があるんだ」


 四日前にボクがこの機関銃でヴァイマル帝国の兵士たちを撃ち殺した時の光景が、アスリンに説明しながら脳裏に蘇る。人を撃った場面を思い返しただけで心臓がバクバクして苦しくなった。


「ちょっと想像つかないけれど強そうだね……。ユッキー頑張って! 応援してる!」


 一瞬自分を見失いそうになったけど、ボクを応援してくれるアスリンの声のおかげで、嫌な回想から我に帰ることができた。ボクには守りたい仲間がいるし、守りたい人がまた一人増えたばかりだ。こんなところでやられるわけにはいかない。


「ありがとう、アスリン! 彩葉、弾薬は結構あるように見えて一瞬で終わっちゃうからすぐに準備お願いね」


 ヴァイマル帝国製のカーキ色の革手袋を着けながらボクは彩葉に指示をした。この手袋は、銃身を触った時に火傷を負った教訓だ。


「一応予備の弾の箱を開けて準備を始めているけど、この繋がっている弾の端を、そのままユッキーに渡せばいい感じ?」


「うん、ボクが弾って言ったらそれを渡してもらえれば大丈夫。銃身って言ったら足元の機関銃のパーツみたいなのを渡してくれるかな? ちょっと重いけど、お願いするよ」


「わかったわ。本当だ……。けっこう重いのね、これ……。ところでユッキー、さっき少し顔色悪かったけれど大丈夫?」


 彩葉には先程のボクの表情をしっかりと見られていたようだ。


「少し先日のこと思い出しちゃったんだけどさ。もう大丈夫だよ、彩葉。それより二人とも、撃った時に薬莢やっきょうっていう弾のカスみたいなのが飛ぶから気をつけてくれよ」


「わかったわ、ユッキー」


 アスリンが頷いた。足元の弾薬と銃身を準備してくれている彩葉も左手の親指を立てて頷く。その時、旋回しながら二号に追従していた先頭のロック鳥が上昇を始める。そして数秒後、急上昇したロック鳥は角度を変えて急降下して二号を目掛けて突進してくる。想像以上の速さにボクは驚かされた。


「来たな! 当たれっ!」


 

 ボクはトリガーを引いてMG42を十秒ほど連射した。


 ガガガガガガガッと激しい銃声が鳴り響く。


 車体に固定されたMG42は全く反動がなく、発射された銃弾が急降下するロック鳥に的確に当たる手応えが十分感じられた。


「キャーッッッ!!」


 凄まじい銃声と飛び散る薬莢に、アスリンは身を屈めて耳を塞ぎながら悲鳴を上げた。


 ロック鳥は、狙った獲物からのまさかの反撃に対応できなかったようで、その巨体に銃弾を無数に浴びた。そして、血まみれになりながらバサバサともがくように地面に墜落した。大きな岩が地面に落ちたような、ズシンという重たい音が辺りに響き渡る。


「幸村、やったか?!」


「あぁ、一羽撃墜だ!」


 ボクはハルに答えながら、墜落してもまだ地面でもがいているロック鳥に、再び銃弾を浴びせとどめを刺した。五、六秒ほど連射したところで、一箱分の弾が尽きた。銃身は熱を帯びて蒸気が出ている。


「ユッキーやったね!」


 彩葉は喜んでくれたけれど、アスリンは両手で耳を塞ぎながら座席に伏した状態で震えている。ボクは銃声音のことも伝えておけば良かったと後悔した。


「彩葉、銃身お願い!」


「はい!」


 ボクは銃身を外して彩葉から新たな銃身を受け取る。熱を持った状態のMG42から取り外した銃身を、アスリンと彩葉が火傷しないように車外に放り投げ、彩葉から受け取った新しい銃身を本隊に取り付けた。


「ありがとう! 続いて弾もお願い!」


「了解!」


 彩葉から受け取った弾薬を装填しながら上空を確認すると、まだ二羽のロック鳥は逃げずにギャーギャーと騒ぎながら旋回している。第二波が来るかもしれない。とりあえず次の射撃の準備もできた。


「アスリン、大丈夫?! 一羽撃ち落としたぜ」


 ボクはまだ耳を塞いだまま震えているアスリンに声をかける。


「幸村、アスリンは大丈夫なのか?!」


 前方と上空を交互に見ながら二号を走らせているハルも心配してボクに聞いてきた。


「たぶん、大丈夫。機関銃の音にびっくりしているのだと思うけど……」


 ボクの代わりに彩葉がハルにアスリンの状態を伝えてくれた。


 上空にいる二羽は、まだボクたちを狙っているようで大きく旋回している。


「アスリン、大丈夫だから安心して! ボクが必ず守ってみせるから」


「あら、ユッキー。意外とかっこいいこと言うのね」


 せっかくカッコよくキメたつもりだったのに、彩葉に茶化されたおかげでボクの言葉は台なしだ。


「ちょっと、茶化さないでくれませんか……。彩葉さん」


「あはは、ごめんごめん」


 緊張感はないんですかね、この人は……。


 笑いながら彩葉はボクに謝る。でも、そんなやり取りをしているとアスリンが我に返ったようで、耳を塞いでいた手を外してゆっくりと顔を上げた。そして怯えた小動物のように目に涙を浮かべたまま不安そうに周りを見渡した。


「ごめん、みんな。目の前に雷が落ちたのかと思ってびっくりしちゃった……」


「ごめんね、アスリン。私も説明不足だった。さっきの音はユッキーが撃った機関銃の音よ」


「あんな音がするんだ……。ユッキー、本当にロック鳥を撃ち落としちゃったの……? イロハたちの世界の武器って本当に凄いんだね……」


 だんだん遠ざかる墜落したロック鳥の屍を見ながらアスリンが言う。


「すげー音がするって先に言っておけば良かった。ごめん、アスリン。ボクのミスだ」


 ボクはアスリンに説明不足だったことを謝る。


「ううん、気にしないで。まだ上にいるからユッキー頑張って!」


「了解っ!」


 アスリンに応援されてボクはいつも以上に気合が入る。


「幸村、また上昇し始めた! 迎撃の準備頼むぞ!」


 前方上空を上昇し始めた二羽を警戒してハルがボクたちに知らせた。


「オッケー。って、今度は二羽同時みたいだ!」


「一羽ずつやるしかないか……」


「ごめん、ユッキー。私はアスリン側の奴が来たら剣で威嚇するね。今回、弾の補給は無理かも」


「わかった。彩葉、あんなバケモノに掴まれないようにしてくれよ!」


「うん!」


「私にも協力させて! こちら側に岩壁の幻影を作るから、ユッキーは海側から来るのを狙って撃ち落として!」


 ボクと彩葉が作戦を練っていると、正気に戻ったアスリンが風の精霊術で支援しようとしてくれている。


「了解だ、アスリン! 頼んだぜ」


 静かに呪文のような言葉を詠唱し始めた彼女の妨害は避けたいので、詠唱が終わるギリギリまでボクはロック鳥を引きつけることにする。


「彩葉、アスリンの詠唱が終わるまでボクは撃たずに待つからアスリンを守ってあげて」


「オッケー!」


 彩葉は片手で畳んだ二号の幌に掴まりながら、いつでも剣を抜ける体制で急降下しようとしている運転席側のロック鳥を警戒する。海岸沿いは揺れが少ないとはいえ、二号の振動で彩葉は立っているのがやっとのはずだ。剣で空から来る敵に対応するなんて、とてもじゃないけど無理だ。


 二羽が同時に急降下を開始したタイミングで、丁度アスリンの風の精霊術の詠唱が終わる。アスリンは、運転席の左側に本物の岩壁と区別がつかない幻影を作り出す。目の前にいるボクから見ても、本物の岩があるようにしか見えない見事な幻影だ。思わず身を屈めたくなるような圧迫感さえある。


 アスリンの作りだした幻影に動揺した運転席側のロック鳥は、急降下をやめてそのまま急上昇を始める。


「アスリン、“Good job"だ!」


 ハルがアスリンを称賛する。


「ぐっじょぶ?」


 アスリンが使ってくれた精霊術のおかげで、日本語やある程度の外来語はレムリア大陸北部の共通語であるシュメル語に変換されている。しかし、方言や特定の外来語までは変換されないようで彼女に意味が通じなかったらしい。


 とにかく今は目の前の巨大なバケモノを撃退することが優先だ。アスリンのおかげでロック鳥の挟撃を防ぐことができた。あとはボクの出番だ。ボクは急降下してくるもう一羽のロック鳥に銃口を向ける。


「撃つよ、耳を塞いで伏せて!」


 ボクはアスリンが彼女の尖った長い耳を塞ぐのを横目で確認してから、海側の上空から急降下してくるロック鳥に照準を合わせて射撃を開始する。


 射撃のタイミングが先ほどより遅かったこともあって、被弾したロック鳥は悲痛な叫び声を上げながら、体勢を立て直すこともできずに、そのまま海岸の波打ち際に大きな水しぶきを上げて墜落した。


「よし、あと一羽だ」


「ユッキー、グッジョブ!」


 彩葉がハイタッチを求めてきたのでボクもハイタッチを返す。


「サンキュー!」


 アスリンが作りだした幻影に騙されて急上昇した最後のロック鳥は再び急降下を開始する。


 懲りない奴だな!


「撃つぞ!」


 ボクはまた機関銃を撃ち始める。しかし、三秒ほど連射した時、ガチャガチャと音がするだけで弾が発射されなくなった。


 弾詰まりだ……。


「くそっ、こんな時に弾詰まりかよっ!」


 機関銃の異音に彩葉とアスリンもボクを見て表情がこわばる。


 それでも、ボクが撃ったわずか三秒程の射撃がロック鳥に何発か命中したようで、怯んだロック鳥はその場でホバーリングしながら奇声を上げている。


「車を停めるから掴まって」


 運転席からハルが皆に聞こえるように叫ぶ。二号を急停車させると、ハルは運転席から立ち上がって雷の塊を作り出した。そして、ホバーリングしているロック鳥目掛けて解き放つ。青白い稲妻がロック鳥を貫通すると悲痛な悲鳴を上げながらロック鳥は海へと墜落した。


「ハルの呪法の威力って……そんなに凄いんだ?」


 アスリンはハルの雷撃の破壊力に驚いている。


「ハルの一撃は本当にヤバいんだ。連射はできないみたいだけどね」


 ボクは自分のことのようにハルの雷撃魔法をアスリンに自慢する。きっと彼女もハルを頼もしく思ってくれるに違いない。


「それよりどうにかやり過ごせたな。みんな無事か?」


 ハルは二号を一旦停めて、ため息混じりに額の汗を拭いながら言う。


「大丈夫だ、みんな無事だぜ」


「ユッキー、ぐっじょぶ!」


 アスリンが覚えたての称賛の言葉をボクに送ってくれた。そして、ボクはアスリンとハイタッチを交わした。


「サンキュー、アスリン。でも最後は美味しい所をハルに持って行かれた感があるんだけどね……。やっぱりハルは凄いや」


「そんなことないよ。あのロック鳥を撃退だなんて、これはユッキーのお手柄よ」


「アスリンがそう言ってくれるとちょっと照れるな」


 まるで天使のような笑顔でアスリンはボクに頷く。彼女の笑顔は本当に癒される。癒しの精霊術よりたぶん効果は絶大だ。


 この世界には本当に天使がいるみたいだけれど、ボクにはキミが天使に思えるよ、アスリン。


「ハルもお疲れ様。最後、ちょっとカッコ良かったかも」


「サンキュー、彩葉」


 いつの間にか二号を降りて運転席のハルの隣に移動している彩葉は、ハルと小さくハイタッチを交わして二人で微笑み合っていた。


 うーん、この二人、明らかに今までと何かが違う。様子が変だ……。


 ボクが加勢するまでもなく……、関係が進展したのかな?


 それならばボクに教えてくれればいいのにと、少し腹立たしさを感じたけれど、仲睦まじく微笑み合う二人を見ていると不思議とボクの心も温まった。

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