第25話 空からの襲撃(上)

 私がハルたちと出会ってから今日で四日目になる。彼らが私の歓迎会をしてくれた翌日は、キルシュティ山と山麓の森林地帯を迂回するために一度海岸まで出た。そこから丸二日間、私たちは海岸沿いを西へと進んでいる。道のない荒野を進んでいるというのに、この自動車という乗り物の機動力に私は驚かされた。


 地面に凹凸の少ない海岸線では、馬よりも速く走れている。このペースなら明日中にレンスターに到着できそうだ。公王陛下の命でヴァイマル帝国が所有するを追跡してキルシュティ半島へ向かった私が、まさか鋼鉄竜に乗ってレンスターへ戻ることになるなんて想像できなかった。


 私たちが竜の亜種だと思っていた鋼鉄竜は、実はヴァイマル帝国の高度な技術で生産された鉄の装甲を持つ戦闘用の車両なのだという。ただ、戦闘用といっても馬や駝鳥が牽引する軍用車チャリオットではない。


 魔法が使われているわけではないのに、操縦者の意図のままに自動で動く優れものだ。ハルたちの話によれば、この高度な技術を持つヴァイマル帝国もテルースから来たのだと言う。


 常に世界の秩序を監視する天使たちは、『行き過ぎた力』を持つ人物や国家が現れると計り知れない科学と魔法でそれを全力で排除すると、小さい頃に母親から教えられたものだ。かつてレムリア大陸を統一したクロノス魔法帝国が、天使の怒りに触れて、一夜にして滅ぼされたという逸話は、天使が異を唱えた者を排除する有名な一例だ。


 文明や魔法を人類に伝えているのは天使だというのに、力をつけた人類が現れると、滅ぼしてしまうとか、本当に身勝手な話だと私は思う。だから私は、天使ことアヌンナキを好きになれない。


 異界の星から強大な文明兵器を所持してやってきたヴァイマル帝国が、大陸南部の国々を僅かな期間で平定した状況は、クロノス魔法帝国の世界統一の話に似ている。それなのにもかかわらず、天使たちが動こうとする気配がない。大きな変革や自らの存在が脅かされることを極度に嫌う天使たちが、反応を示さないのはおかしい感じがする。


 いつもの諜報活動であれば、私は収集した重要な情報を風の精霊術を使って公王陛下に伝達することになっている。ヴァイマル帝国や黒鋼竜ヴリトラについて伝えるとなると、自ずからこの三人の素性も伝えなければならない。


 伝達の精霊術は、直接対象が見えない状態で使用すると、予め指定した場所へ広範囲に伝わってしまう。信頼できる陛下や側近たちなら理解者になってくれると思うけど、誰に伝わるかわからない状況では、三人の正体がジュダ教徒に知られてしまう可能性があった。そのため、私は伝達の精霊術を使えずにいる状況だった。


 圧倒的な雷撃の呪法使いのハル。凄腕の剣士でありドラゴニュートのイロハ。ヴァイマル帝国の知識に明るい天才音楽家のユッキー。彼らがテルースから来たという素性は、本当に信頼できる人にしか伝えてはならない。天使以外の宇宙の民を容認しないジュダ教の耳にでも入れば、きっと彼らは命を狙われてしまうと思うから……。


 まだ四日間の付き合いしかないけれど、私は彼らが持つ魅力にすぐに惹きつけられた。彼らが嘘をついていないことは、虚偽を見破る風の精霊の力ですぐにわかったし、三人は非情な運命を呪うことなく素直で前向きに立ち向かおうとしている。私は、そんな彼らのために少しでも力になりたいと本気で考えるようになっていた。


 とりあえず、レンスターに戻ったら、天候不良でマナが充填できずに伝達の精霊術を使えなかったことにしておけば何とかなると思う。もちろん、陛下にお会いしたら、他者に情報が漏れないよう直接陛下に伝達の精霊術で本当のことを伝えるつもりでいる。


「ねぇ、アスリン?」


「ユッキー、どうしたの?」


 不意にユッキーが私に問いかけてきたので、私は彼を横目で見ながら返事をする。


「この二人さ、アスリンに出会った日と比べて、何だか無性に仲良くしてると思わない?」


「ハルとイロハが恋人同士だからじゃないの?」


 私にだけ聞こえるような声でユッキーが言っていたことに対して、私は見たままの感想を彼に伝えた。ユッキーはびっくりした顔で口を大きく開けて私を見つめた。私の回答が的外れだったのだろうか?


 歓迎会をしてくれた翌朝、私がセレンの光を浴びるために二号から外に出ると、ハルは見張りをしていたイロハに寄り添うように眠っていたし、今朝だって眠らずに起きていたイロハが、気持ち良さそうに眠っているハルの頭を愛しそうに撫でていたのを見た。それに昨日も今日も食事の時など、二人は目が合う度に微笑んでいる感じがしたし、私じゃなくても二人の関係を恋人同士だと答えると思う。


「えぇ、マジで?! そうなの、アスリン?!」


「むしろ違うの?」


 少し間が空いてからユッキーは大きな声で私に訊いてきた。長年ずっと一緒にいたのだからユッキーの方がよく知っているだろうし、私は逆にユッキーに訊いてみる。


「どうした、幸村?! 何かあったか?」


 ユッキーが大声を出すからハルが二号を停めて辺りの警戒を始めた。


「あ、ごめん。別に何かあったわけじゃないんだけどさ」


 笑って誤魔化しながらユッキーは詫びを入れる。


「大声出すからまた敵でも来たのかと思っちゃったじゃない。雑談で盛り上がり過ぎないでね、ユッキー。アスリンもユッキーがうるさかったら叱っていいからね」


 ユッキーはイロハにも怒られている。


「わかったわ、イロハ。ほら、ユッキー。イロハのいう通り。しっかりしなさいね」


 流れに便乗して私はユッキーを叱る振りをする。


「アスリン……裏切りはひどいよー」


「何もないなら先を急ぐぞ。明日中にはレンスターに着くみたいだし、幸村もあと少し辛抱してくれよ。それと、そろそろ二号のガソリンが終わりそうなんだ。だから明日は歩きになるぞ」


 不貞腐れているユッキーに対してハルがそう言いながら、再び二号を動かし始めた。


「あー、いよいよこいつともお別れかぁ。少し愛着湧いていたから寂しいな」


「四日間も一緒に走り続けてくれたものね」


 ユッキーもイロハも少し寂しそうだけど、どうして二号とお別れ何だろう……。


「二号は動かなくなるとお別れなの?」


 湧いた疑問をみんなに聞いてみる。


「こいつが動くためにはガソリンっていう燃える水が必要なんだ。ボクたちが物を食べて動けるのと同じで、こいつはそれがないと動けなくなるんだよ。ほら、時々その缶の中身を二号に入れてたじゃない?」


 ユッキーが言う燃える水と言った言葉を、どこかで耳にした覚えがあるけれど、あまりに昔のことですぐに思い出せない。言われてみると、ハルやユッキーが大きな缶の中の液体を、二号の横についている蓋を開けて入れているところを何度か見た気がする。


「燃える水……。昔どこかで燃える水が湧く場所があるって話を聞いたような……。でも、それがないと二号はもう動かないんだね……」


「動かなくなるだけで消えてしまうわけじゃない。でも、はっきり言うと地球とアルザルでは文明に差がありすぎる。だから二号のような地球の文明の産物を人前に出すのはどうかと思ってさ……。処分することを考えているんだ」


 ハルたちが暮らしていたテルースはとても技術が進んだ世界のようで、説明だけでは私の想像を超えるものばかりで理解できなかったものも多い。


「たしかにレンスターに鋼鉄竜なんて持ち込んだら街は大混乱ね……」


「自動車なんて俺たちの世界では当たり前の存在だけど、どうしてこれが動くかと質問されても……。俺たちは技術者じゃないから説明できない。俺たちがアルザルの人間ではないことは、アスリンが言うように伏せておきたいし」


「そうね。テルースから来たことを誤魔化せたとしても、ヴァイマル帝国のスパイ容疑をかけられてもおかしくない……。ジュダ教に狙われるのはもっと面倒だし……」


 私もハルの意見に同意した。


「ねぇ、アスリン。私は普通にしていても……、警戒されちゃうよね?」


 イロハが申し訳なさそうに尋ねてくる。


「うん、ごめんね、イロハ。それは仕方がないかも。私だって最初はイロハをかなり警戒したもの……。どうしてもドラゴニュートはみんな怖がると思う。でも、イロハのことをわかってもらえれば大丈夫だと思うから……」


「ううん、アスリンが謝らないで。でも、普通に考えればそうだよね……。行く先々で毎回だと少し辛いな」


「大丈夫だ、彩葉。俺だけじゃなく幸村やアスリンだっているし、彩葉の歌を聴けばすぐにみんな心を開いてくれるさ」


「そうだぜ。彩葉は一人じゃないんだから安心してくれよ。ボクたちはドラゴンズラプソディなんだぜ?」


「私も知り合いを紹介したり誤解を少しでも減らせるように努力するからね」


 ハルやユッキーだけではなく、私もイロハを支えてあげたい。


「ありがとう、みんな」


 イロハは笑顔で感謝を伝えた。彼女は表情豊かで普通の人間の女の子と何も変わらない。明るくて優しい彼女は、容姿だって可愛らしい。誤解が解けさえすれば、きっとすぐに街のみんなから慕われると思う。その前に、三人の素性を伏せるために、ある程度の口合わせが必要になると思う。


 ドラゴニュートの彩葉は、ただでさえ警戒されるだろうし、様々な目があるはず。素直な彩葉が嘘が得意だとは思えない。私がこの三日間考えていた、彼らの偽りの設定と経緯を提案することにした。

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