第43話 従士の称号と地位

 まさか自分が本物の王様から城に招待されるだなんて夢にも思わなかった。丁寧に仕立てられた高価な衣装を着て旧市街を歩いていると、まるで貴族の令嬢にでもなったような気分だ。


 黒をベースとしたゴシック風のこのドレスは、ふわっとしたスカートが可愛らしい。袴と違って尻尾が邪魔になることもなく履き心地が良い。手首を細く見せるためのベルスリーブもとてもオシャレに仕立てられていた。


 しかし、いくら見栄えが良い衣装を着ても、私は人々から恐れられるドラゴニュート。目立つ二本の角と首筋や手甲の鱗を晒すわけにはいかない。いつものようにアスリンから借りたケープのフードを被って隠している。


「イロハ、そのドレス本当によく似合ってるよー。黒系が似合うって羨ましいなぁ」


 アスリンが私の衣装を褒めてくれた。フリルの多い衣装は、着慣れていないせいもあって少し恥ずかしい。それでも、褒められたことは素直に嬉しかった。


「ありがとう。でも、そう言うアスリンはお姫様みたいに見えるわよ?」


「ありがとう、イロハ」


 笑顔で答えるアスリンは、淡い緑と白をベースとしたフリルが可愛らしいドレスを着こなしている。彼女のシルバーブロンドの綺麗な髪は、両サイドの髪を三つ編にして後ろで束ねてハーフアップに留められているため、いつもの可愛らしさに加えて気品も感じられる。


「ボクは二人とも凄く可愛く見えるぜ? なぁ、ハル?」


「あ、あぁ。二人ともすごく似合ってるよ。……彩葉はいつもと違って、何だかアイドルみたいに見えるぜ?」


「ありがとう」


 二人は私とアスリンの衣装を褒めてくれた。やっぱりハルに褒められるのは特別に嬉しい。かくいう二人も、襟の大きなトレンチコートがよく似合っていて紳士的でカッコ良く見える。


 レンスター大聖堂の前を通り過ぎると、すぐにレンスター城の城門が近づいてきた。一度アスリンと城へ行ったことがあるハルから聞いていた通り、レンスター城は中世のヨーロッパの古城のような造りをしていた。私たちが城門前に到着すると、警備の衛兵が私たちに気がついて声を掛けてきた。


「お待ちしておりました、風のアトカとハロルド様。お連れ様もこちらへどうぞ」


 城内に入ると先頭を進む二名の衛兵とは別に、合計十名ほどの衛兵たちが、私たちを囲むように監視しながらついてくる。間違いなく私を警戒してのことだと思う。私が横に並んで歩く衛兵を見つめると、一瞬立ち止まったり目を逸らしたりする。


 ドラゴニュートに対する偏見は、いつまでも慣れないと思っていた。しかし、人の適応力は凄いもので、私は私を見て怖がる人の反応に笑顔で対応できるようになっていた。初見の人にとっては、それが余計に不気味に感じるのかもしれない。


 私たちが予定より早くレンスター城へ登城した理由は、昨日の夕暮れにアスリンが毒矢で襲撃されたことにある。彼女が襲われた事件は王城でも騒ぎになっているようで、公王陛下から早めに登城するよう連絡が届いた。


 幸い誰も怪我をすることはなかったけれど、万一のことを想像するだけで、恐怖という感情を失った私の心にゾクゾクする高揚感が湧いてくる。とにかく、私の大切な人たちを傷つけようとした相手が許せない。


 先導する衛兵が正面の大きな木製の門の前で立ち止まると、木製の大門が内側から開けられた。そこには、いかにも王様だとわかる気品のある男性と三人の騎士らしい男性、それに背の高い長髪の若い男性が立っていた。


 この長髪の男性は、アスリンと同じ紋章のケープを羽織っている。たぶん、この人がアスリンから聞いていたロレンスさんだろう。


「本日はお招きいただきまして光栄です、陛下。それよりも私事でお騒がせしてしまい申し訳ありません」


 アスリンが私たちを代表して挨拶をした。


「アトカよ、気にすることはない。そなたが無事で良かった。またしてもハロルドに助けられたそうだな。私からも礼を言わせて貰うぞ、ハロルド」


 公王陛下は私から目を離さず、萎縮するアスリンをなだめ、アスリンを助けたハルに謝辞を述べた。


「ところで風のアトカ。その者が例のドラゴニュートの娘ですね? 彼女は本当に……」


 長髪の従士がアスリンに質問する。その者とは当然私のことだ。彼は警戒した目つきで私を見つめたままアスリンに尋ねる。


「その通りよ。彼女のことは私が保証するわ、堅牢のロレンス。陛下、彼女がドラゴニュートの娘、カトリ・イロハ。そして、その隣にいる少年が美しい音色の楽器を演奏するユッキーです」


「ボ、ボクだけ愛称なのね……」


 たぶん、アスリンは発音が難しいユッキーの名前を省略したのだろうけど、王様の御前だというのにユッキーはボソッとぼやいた。ユッキーらしいけど本当に緊張感がない。私は口の前で人差し指を立て、静かにするようユッキーにジェスチャーで促した。


 アスリンから紹介を受けた私たちの前に、三人の騎士たちと共に陛下が歩み寄って来る。陛下が私の前で立ち止まると静かに語りかけてきた。


「フードを外して素顔を見せなさい」


 陛下に言われた通り私はフードを外した。私の角や首筋の鱗を目の当たりにした衛兵たちがどよめく。衛兵たちの反応にハルとユッキーは不安そうな表情だ。


「は……はじめまして、香取彩葉と申します」


 王様に言われるより先に口を開くことは無礼だったかもしれないけど、場の空気に耐え切れなくなった私は、深く一礼しながら自ら名乗り出た。ユッキーのことを言えた立場ではない。


「話は聞いている、イロハよ。失礼を承知で確認させてもらった。ようこそレンスターへ。この場にいる誰もが、そなたが安全であるということの証人となれば話は早かろう? そなたの体内には古の竜、黒鋼竜ヴリトラの魂が宿っているということで間違いないのだな?」


「はい、ハロルドと幸村……ユッキーがヴリトラと契約を交わし、荒れる海で溺れて意識と呼吸がなくなった私にヴリトラの血を与え、蘇生させたと伺ってます」


 一昨日、アスリンが報告した表向きの調査報告に対する質問の対策は、朝から何度もしてきたので大丈夫だ。彼女が風の精霊術を使って陛下に真実を伝えていることも知っている。


 私たちと会話をしている状況は、公王陛下からしてみれば宇宙人と対面している状況だ。それにもかかわらず、全く動じている様子を見せない。それどころか、陛下はとても優しい目で私を見つめている。陛下の目は父さんの目にそっくりだった。


「そなたは何故ドラゴニュートでありながら精神が崩壊することなく自我を保てるのだと思う?」


「理由は正直よくわかりません。私個人の考えですが、太古の竜の魂が体内に宿っていることではないか……と思っています」


「なるほど、私の考えと同じだな……。ドラゴニュートとなってからの人との違いはわかるかね?」


「お恥ずかしい話ですが、殆んどわかりません。わかる範囲で言うならば身体能力が大きく向上したことと、竜の力を使えることでしょうか」


「なるほど。その獣のように光る目は夜目が利いたりするのかね?」


 広間が少し薄暗いためか、まだ昼間だけど私の目が光って見えているのだと思う。


「はい、色の識別は難しくなりますが、暗闇の中でもはっきりと見えます」


「竜の力とは、具体的にどのようなものなのだ?」


「力を授かった竜の性質によると、ヴリトラから伝えられました。私がヴリトラから授かった黒鋼の力は、体を鋼のように硬化させる能力と手先の爪を鋼の刃に変えるという能力です」


 私は意識を集中させて皮膚を硬化させながら、同時に両手の爪先に一メートルほどの長さの鋭利な刃を作り出す。久しぶりに竜の力を使ったので少し息苦しさに似たものを感じる。私たち四人を除いて、この場にいる誰もが驚きの声を上げて広間が騒然となった。


 何名かの衛兵が剣を抜いたけれど、陛下が右手を上げて彼らを制した。すると、剣を抜いた衛兵たちは、すぐに抜いた剣を鞘に収める。陛下の冷静な対応で、緊張した空気が収まった。


「実に驚いた。凄い力なのだな、竜の力は……」


『はい。それから、このように言葉を使わず、会話ができる念話という力もあります。これは元々竜が言葉を持たないからだとヴリトラは言っておりました』


 私はこの広間にいる全員に伝えられるように、集中して言葉を使わず念話を送った。衛兵たちの中には竜の力に対して、もはや手品や曲芸を楽しむかのように拍手をする者もいた。


「素晴らしい能力です、イロハさん。疑念を払えぬまま、部下共々接してしまったことをお詫びさせてください。私はレンスター家の近衛騎士長デビット・バッセルと申します」


「いえ、ドラゴニュートがどういう存在であるか知る者なら、誰でも同じ反応をするはずです。こちらこそ色々と配慮が足らず、驚かせてしまい申し訳ありませんでした。騎士長様、お気になさらずに」


 私は硬化と刃の力を解除しながら、私に詫びを入れるバッセルさんに私からも謝罪した。


「本当に風のアトカやハロルド君が言うように普通の女性と変わらないのですね。むしろ騎士道以上に礼節を心得ておられる。私はこれまでに何人ものドラゴニュートを見てきましたが、あなたのような方は初めてだ。それと、何でもイロハさんは剣術を心得ているとか? ハロルド君にも伝えたのだが、後ほど我ら騎士団と手合わせをお願いできませんでしょうか?」


 うわ……。やっぱりその話が来たかぁ。


「たしかに剣技は心得ておりますが、今日はこのような身なりですので……」


「形だけでも構わぬ。バッセルは模擬戦や手合わせに関して、言い出したらなかなか聞き分けのない男でな……。着替えの衣装も用意させよう。どうだろう? バッセルの相手をしてやって貰えぬか?その腕次第でそなたを私兵として取立てたいと考えている」


 私が断ろうとした時、陛下が割って入って来た。この流れだと断れそうにない。


「私兵と言ったら私や堅牢のロレンスと同じ従士の称号と地位が約束されるわよ、イロハ?!」


「彩葉、それって凄いことだぜ? 挑戦してみてもいいんじゃないかな?」


 アスリンとハルが後押ししてきたけど、前にいる騎士長は明らかに歴戦の猛者だ。


「アスリン、従士ってアスリンと同じに地位なれるってこと?」


「そうよ、ユッキー」


 ユッキーの質問にアスリンが頷いて答えた。雨季が近いと言うし、しばらくレンスターに滞在することになると思う。身分が保障される地位が貰えるのはありがたい。


 アスリンの話によれば、従士の称号はレンスター以外でも身分が保障されると言っていた。私が従士になることで、この先の役に立つかもしれない。私は覚悟を決めて、騎士長と手合わせを受けることにした。


「承知しました。模擬戦を知らないので、不慣れなところがあると思いますが、よろしくお願いします」


 私は騎士長のバッセルさんに告げてお辞儀をした。


「こちらこそよろしくお願いします、イロハさん」


 バッセルさんも左胸に右手を当て、私に深く頭を下げて礼を言った。周りの衛兵たちから模擬戦の約束を交わした私たちに一斉に拍手が送られた。


「それではイロハとの模擬戦を行う会場は中庭の練兵場とする。それから、ユッキー。宴の席では良き演奏を楽しみにしておるぞ」


「は、はいっ!」


 いきなり話を振られたユッキーは、驚いたのか声が裏返りそうになりながら公王陛下に返事をした。


「さて、模擬戦を始める前に、風のアトカが襲撃された真相についても訊かねばならぬ」


 陛下が模擬戦が行われることに歓喜する衛兵たちを鎮め、アスリンを見つめて言った。ざわついていた衛兵たちは静かになり、広間は再び静寂に包まれる。


 衛兵の一人がアスリンに向けて放たれた矢が入れられた木箱を、陛下のもう一人の従士、堅牢のロレンスのところへ持って行く。アスリンは陛下の前に立ちドレスの裾を捲り、片膝を着いてひざまずいた。


「陛下、こちらがアトカを狙った毒矢でございます。憲兵から届けられたこの矢に塗られた毒の成分を調べた結果、猛毒性のトリカブトです。対象の命を確実に狙った犯行と断定できます」


「なるほど。しかし、依然としてアトカを狙った動機や主犯格を特定できぬ状況か……」


 堅牢のロレンスの言葉に陛下は顎に左手を当てて悩む仕草をして見せた。


「陛下、通常であれば風のアトカをしばらく城で保護する方針を採るのがよろしいかと存じますが、そちらにいるハロルドに良案があるようです」


 ハルはまだ何も言っていなかったけど、堅牢のロレンスがハルを見て笑顔で頷いている。ハルも驚いた表情をしているところを見ると、この二人は別に事前の打ち合わせをしているわけではなさそうだ。


「申してみよ、ハロルド。案ずることはない。堅牢のロレンスは、その場にいる者の中から最良の策を持つ者を探す呪法が使える」


 呪法には様々な種類があると聞いていたけど、『良策を探す』というものがあるなんて予想外だった。


「承知しました、陛下。それでは説明させてください。犯人の目星は大よそですがついております」


「それは誠か?!」


 陛下だけでなく、私も驚いてハルを見つめた。陛下の前で跪くアスリンも驚いたようで、振り返ってハルを見つめた。昨晩、皆で話し合った時は、そんな話は一言も言っていなかったのに……。


「はい、自分とアスリンが襲撃された場所は、西区の夕陽通りから西風亭へ向かう裏路地でした。自分たちはその道の利用を偶然選択したに過ぎません。ですが暗殺者は、あの場所で待ち伏せをしていました。しかも、アスリンによって張られていた風の精霊術による結界が突破されての襲撃です。暗殺者が彼女の結界の仕組みを知る人物である可能性が高いと推測します」


「なるほど。ハロルドの推測は的を射ている。無差別の犯行であった可能性の否定はいかがするのだ?」


 堅牢のロレンスがハルに質問した。


「もし無差別によるものであれば、風の結界のことなど知らないでしょう。彼女が暗殺者に接近した際に感知できたはずです。そうだろ、アスリン?」


「たしかに……、ハロルドの言う通りです、陛下。私の風の結界の仕組みを知る者の犯行であることは否定できません」


 アスリンは陛下に頷きながらハルの推理を肯定した。


「ハロルド、そなたが目星をつけたという対象を教えてくれ」


 陛下がハルをじっと見つめて尋ねた。


「はい、自分とアスリンがあの路地に入る直前、装身具を売る露店が集まる一角を通りがかった際、そこには十名程度の傭兵がおりました。その傭兵たちの中に、アスリンがかつて共に仕事をしていた同僚がいたそうです」


「えっ……? まさか……」


 驚いているのはアスリンだった。彼女は目を見開いてハルを見ながら小刻みに震えている。


「状況から考えると、傭兵たちに土地勘があれば、自分たちが裏路地に入るのを見てから別の路地を使い先回りが可能です。旧知の仲であれば、アスリンが使える風の結界の仕組みを知っていても不思議はない。待ち伏せだって可能なはずだ」


 ハルは驚いたままのアスリンに言った。


「たしかに、そうかもしれないけれど……。でも……」


 アスリンは床を見つめて黙ってしまった。かつて一緒に傭兵をしていた仲間から命を狙われたことがショックだったのだと思う。陛下だけでなくロレンスさんやバッセルさんも、ハルの推測に納得しているようだ。私も今の話を聞く限り、ハルの推理が正しいように思えた。それよりショックを受けているアスリンが心配だ。


「それでは、陛下。本日は敢えて大きく動かず、夕陽通りの警護のみを強化させます。傭兵たちに悟られぬよう各旅宿の傭兵たちに酒類を提供して憲兵隊に情報を収集させます。もし、容疑者が判明致しましたら、明日の早朝に容疑者の確保に移行しようと考えますが、よろしいでしょうか?」


 周りの衛兵たちに聞こえないくらいの声で、ロレンスさんは公王陛下に方針を提案した。


「策は任せた、ロレンス。アトカ、それからアトカの恩人たちよ。今回の騒動が収まるまで城に部屋を用意させる。今宵の宴の後は、城でゆっくりされるがよい」


「お言葉に感謝申し上げます、陛下」


 アスリンはゆっくりと立ち上がり、陛下に深く一礼する。私たちもアスリンを見習って一礼をする。少し俯いていたアスリンの表情は、いつもの彼女に戻っていたので安心した。


「それでは諸君、待たせてしまったが練兵場で模擬戦を行うとする。手の空いている者は自由に観戦を認める!」


「おぉぉーっ!」


 レンスターの衛兵たちにとって、模擬戦は一種のエンターテイメントなのかもしれない。騎士団との模擬戦と言っていたし、どんな内容がわからない。陛下の一声で衛兵たちは湧きたち、私は剣道の試合の時と違う異様な盛り上がりと重圧に緊張してきた。


「彩葉、ファイトだぜ!」


「ボクたちが応援してるから頑張って!」


「私も応援してるよ、イロハ。あのトロルが倒せるんだから、きっと大丈夫。凄く強いイロハを見せてあげて!」


「うん! やれるだけやってみるね」


 最初は模擬戦だなんて抵抗があったし、正直嫌だと思っていた。しかし、久々の緊張感から、私の心にワクワクする高揚感が湧いて来る。これは竜の心で感じる恐怖に代わる感情ではない。本当に私が楽しく感じている緊張感から来る気持ちだ。


 夢だったインターハイにもう挑むことはできない。その分、私はここで思い切り模擬戦に挑んでみようと心に決めた。

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