第3話 帰還

 歪む景色、空には僕の世界の街並み。そしてそこから迫ってくる大きな手……。


 これ、どうすれば……どうしたら良いの?!


「歩美、逃げて! あの手、あなたを狙ってる!」


「そ、そう言われても……!」


「いや、ペンダントに反応しているのか? それを彼女が持っているからか!」


 オルガさんが僕のペンダントを見ながらそう言ってくる。それなら、このペンダントを外せばと思ったけれど、手から離れないよ! ちょっと待って、どういう事? なんで手にへばりついてるの!


『歩美、歩美聞こえる?』


「この声……」


 するとその時、僕の頭にリリンの声が聞こえてくる。これは……この声は僕の世界にいたリリンだ。


『良かった、また繋がった。でも、この規模はマズい』


「う、うん……流石にこれは……」


『でも、逆にそれを利用する。その手から逃げないで、捕まって』


 すると、リリンは僕にむかって凄いことを言ってきた。

 捕まれ? この迫ってくる巨大な手に? 嘘でしょう……これ、僕を殺しに来てるんじゃないの?


『恐らく創造主が、めちゃくちゃになった平行世界の同位体2人の居場所を、元に戻す気よ』


「えっ……えっ……待って、リリン。それを君はなんでハッキリと言ってるの?」


 おかしい……僕の世界にいたリリンも変わっているような……まさか!


「リリン……君、記憶が?」


『この3ヶ月の間にね』


 やっぱり、しっかりと記憶が戻ってるんだ。ということは……リリン、君は自分の事も思い出したの?


『とにかく、あなたがいない3ヶ月の間にとんでもない事が起きたの。だから戻ってきて、歩美』


 そんな会話をしている間に、その手がすぐそこまで迫っているんですけど。本当に大丈夫なの?


『大丈夫、歩美。私の持っていたペンダントを持ってるよね。それでこっちの世界と繋げられたから、それはずっと持ってて。今それで、入れ替えられてエデン・ワールドに行ってしまった人達を戻するから、だから信じて』


 戻す? そんなの僕の世界のリリンに出来るの? いったい君は何者なの?


 ただ、僕にはもう……選択肢はなかった。意識が飛びそうになり、既にその腕に包まれてしまっていた。

 握られる感覚はない。このまま戻れるの? それなら、こっちのリリンに……と思ったらそのリリンも、別の腕に包まれてる。


 何これ!! 良く見たら他にも沢山腕が!


「なるほど……今回は『修正』か……そしてリリン、やはりお前は」


「あっ、パ……オルガ……さん」


 すると、仁王立ちしてリリンを見ていたオルガさんがそう言った後、リリンは躊躇うようにしながらそんな事を言った。


 この腕、平行世界エデン・ワールドに行ってしまった僕の世界の人達を、元の世界に戻すためのもの……それが、こっちの世界のリリンにも……ということはリリン……君は、僕の世界にいたリリンなんだね。


 でも、50年もこっちで生活していたとしたら、色々と合わない事があるんだけど……。


「……何も言うな。ただ一言、我が娘達に言ってくれないか。同位体とは言え、人様に迷惑かけんなってな」


「……うん、分かった。パパ」


 色々と突然過ぎて、その別れも満足に出来ないはずなのに、何故か2人はそれ以上は語らなかった。

 ただ、リリンはひたすらジッと、オルガさんの目を見ていました。そして、オルガさんもジッと見ています。まるでそれが、お別れの挨拶みたいにして。


 次の瞬間、僕の視界は眩しい程の光に包まれました。


『革命の魔法少女よ。革命の灯火を宿せ。叫べ、人々の心を打ち砕くまで。然もなくば、待っているのは滅びだ』


 そして光の中で、そんな声が聞こえてきました。


 誰ですか? しかもそれと同時に、僕の中に何かが流れてくる。でも次の瞬間、僕は強い衝撃を背中に受けました。


 ―― ―― ――


「なんなんだ、あの戻され方は……ったく」


「つっ……いたた。もう、こんなの急過ぎる。もうちょっと別れとか……あっ、歩美は!」


 あ~この声は土屋さんと、リリンですね。いや、君は元々こっちの世界の人間なら、名前も別の名前があるはずだよね。


「僕は大丈夫ですよ」


 そして、2人の前で地面に仰向けになっていた僕は、ゆっくりと立ち上がり、2人にそう言います。その後、リリンをジッと見ますけどね。


「……ごめんなさい。騙しているつもりはなかったの。ただ、私はもう戻れないと思っていたし、自分の体も歳を取らなくなっていて、向こうの世界に囚われたんだと、そう思っていたから……」


「だから僕が来た時も、自分の正体を言わずに……でもそれなら、アンナの事を本当のお姉ちゃんみたいに言ったのは?」


「それは……」


 周りを確認しながら、僕はリリンに問い詰めます。

 山……何処かの山だね。ただ、下に小さな町があるから、そこで場所を確認しよう。


「エデン・ワールドに着いた瞬間、向こうのリリンの記憶が、私の中に流れ込んできたから。まるで自分が経験したかのようにして」


「なるほど、それで最初から向こうの住人のようにして、自分の事を話せたんですね。それじゃあ年齢も……」


「うん、あなたの2つ下だね。その歳の姿のままだけど」


 そして今思い出した。僕がエデン・ワールドに行った直後、この子と会った時にこの子が歌っていたもの……あの有名な映画、タイ〇ニックの主題歌でした。


「……そうでしたか。とにかくそれならそれで、なんで君まで……と言いたいけれど、それは本人に聞いた方が良さそうですね……ね、リリン」


 エデン・ワールドにいたリリンが話し終えた直後から、僕の背後に気配がありましたからね。だから、そう言って背後に話しかけます。


 感動で飛びかかって来ると思っていた、こっちの世界のリリン……ううん、正確にはエデン・ワールドのリリン。


「歩美……良かった。戻ってきてくれて」


「僕は進だよ。向こうのアンナと同じ、突然女の子にさせられたんだよ。もう分かるよね、リリン」


「うん、分かってる。全部全部、思い出した」


「そう、それなら……なんで沢山のぬいぐるみを従わせているのかな? しかも、全てに武器を持たせて」


 しかも殺気というか、もの凄い負のオーラを放ってるんですけど。


 そう……それが君の本性だったんだね。


「なんでって……分かってるでしょ、歩美。あなたは、器なのよ」


「なんの?」


「惚けちゃって、私達が求めて欲した者の力。私達の世界、エデン・ワールドの復活に必要な力。それを、あなたが1番手にする確率が高かった。あなたが産まれた直後に、その運命は決まっていたのよ!」


 力……ですか。


 今ようやく分かりましたよ。魔法少女機関が求めた力。Dr.Jが狙ったもの。アンナが狙った者。そして、君が探し続けていた存在。


 今までの事は全部、これを手に入れる為だったんですね。


「1つだけ聞いて良い? 今、こっちの世界はどうなってるの?」


「……そうね。お姉ちゃんと一緒に、私達の味方を増やしたの。それこそ、あなたの居場所はもうないわ」


「あの3人も……ですか」


「さぁ……確かめて見る事ね」


 そう言われて、僕はゆっくりと後ろを向く。


 声の感じからして、もう僕の知っているあのリリンはいないと思っていた。そして背後に立つリリンを見て、更にそれを思い知らされた。


 しっかりとした目で僕を睨み、背中には白い天使の翼が生えている。

 白いワンピースには色んな柄と模様、刺繍や花の飾りが施され、まるでドレスでも着ているかのような錯覚を起こす。


 そして、僕が振り向いた後、その隣にはもう1人の少女が降りてきます。


 エデン・ワールドでの僕、アンナだ。


 リリンとは対照的な黒いワンピースと黒い堕天使のような翼。そうか……その組み合わせが正しかったんですね。本当の姉妹は、君達の方だったんだ。


「クスクス。ここまで計画通りだなんてね。我ながら笑っちゃうわ」


「そうだね、お姉ちゃん。ちゃんと……」


『創造主の力を手に入れたみたいだから』


 そう言って、2人の姉妹は同じ表情で僕を見てくる。喉から手が出る程欲しかったもの、それを目の前にして落ち着かない気持ちが顔に出ちゃってます。


 目を見開いて口角も大きく上げて、本当に嬉しそうだね。でもこれは上げない。帰還の喜びを絶望に変えるような人達には、何一つ上げるものはないです!


 そして僕は、その手に小さな小悪魔みたいな杖を取り出して構えを取ると、目の前の姉妹を睨み返します。

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