第2話 100年に1度の――

 翌日、僕はリリンの父親のオルガさんに呼ばれ、あの歪な形をした家にやって来ました。

 リリンはここに住みたくないからって、別の家を持ってる。僕はそこにやっかいになってるから、こうやってオルガさんに呼ばれたらそこから来るんだけど……その間ひたすら僕に対して、街の人達が「あの人達からは離れろ」とか、「君はアンナと違って良い子なんだから、あんな奴等と絡むな」とか言ってきます。


 いったい誰の言ってる事が本当なんだろうか……過去に起きた事だから、僕に判断が付かない。でも、もしオルガさんが魔力の徴収を止めて、崩壊が起きたのを見てしまったら、僕はオルガさんの味方をすると思う。死にたくはないからね。


「さて、どうだ? 元の世界に戻れる手がかりはあったか?」


 そして、僕が2階のオルガさんの部屋に入ると、直ぐにそう言われました。本当に僕の事を心配して気にかけてくれている。それが言葉から伝わってくる。


 だけど、そんな情には流されない方が良いかも知れない。ここは平行世界。僕の居た世界とは、価値観とか道徳とかも違うかも知れない。だから油断はしません。


「あの、まだこれといっては……」


「そうか。まぁ、その事でなんだが――」


「あの! 反社会勢力の人達が昨日……」


「ん? あぁ、あいつらか……何かされたか? 君は気にする事はないんだがな」


 いけないとは思っていても、やっぱり何とか出来ないものかって思っちゃう。情に流されちゃダメなんだ。僕は僕の目的を達成しないと、元の世界に戻れるタイミングを逃しちゃうかも知れない。


 でも、この人は何故か僕に良くしてくれる。だからつい、僕にも何か出来ないかって考えちゃう。


「あの……それでも」


「あいつらは誰がトップになっても、あのような行動をするさ。反社会勢力なんて聞こえは良くても、ただ自分達のうっぷんを無差別にぶつけたいだけなんだ」


「えっ……」


「まぁ、だから気にするな」


 あぁ、何というか……僕の居た世界にもそういう人達いたね。そんな人達でしたか。それなら、なにかしようとしても無駄かも……放っておくしか……。


「とにかく、君が元に戻れるかどうかは分からんが。あの魔法少女機関の建物の中からな、こんな物が見つかったと、先程土屋が持ってきた」


 そう言うと、椅子に座っていたオルガさんが立ち上がり、その机の上に置いてあったあるものを取ると、僕の方にやって来てそれを手渡してきた。

 土屋さん……あれからちゃんと僕の言うとおりにして、魔法少女機関の中を探ってくれているんだ。


「これが……?」


 それは、綺麗なイヤリングでした。菱形で、真ん中にダイヤのような緑色の宝石がはまっていました。エメラルドかな? こっちの世界にもあるんだ。


「何か分かるかと思ったが、流石に分からんか。あわよくばなにか起こらないかとも思ったのだが……」


 何も起こらないですね。当然です。でも、今気付いたらこの世界には、宝石があまり見当たりません。存在してないわけじゃないけれど、絶対的に少ないです。


 だから、これが魔法少女機関の建物の中にあったという事は、重要なアイテムなのかもしれないということ……とは言っても、なんの変哲もないペンダントなんだよね。


「まぁ、持ち帰って調べるが良い」


「はい、ありがとうございます」


「おっとその前に、私発案のビルド体操を……」


「それじゃ失礼します~」


「おっ、ちょっと、体操を……」


 だけど、オルガさんが言い切る前に僕はその部屋から出て、扉を閉めて退散です。筋肉ムキムキにはなりたくないんで。


「ん~本当に普通のペンダントなんだけどなぁ。なにかあるのかなぁ」


 そして帰り道、僕はそのペンダントを手でぶら下げながら、それを観察します。でも、これといってなにも変わったところはないね。僕のいた世界にもある、ありふれたエメラルドのペンダントみたいだよ。


「んっ?」


 ただその時、その中央になにか黒いものが埋まっているのが見えました。なにかを埋め込んだ? なんなんだろう……。


「あっ、歩美~今帰り? パパはなんて言ってた?」


 すると、僕の前からリリンが現れて、こっちにやって来た。だけど、喋り終えた瞬間何かにけつまずいて、僕の方にタックルしてきました。


「きゃぁっ!! あっ……わぁ?!」


 本当にこの人50歳過ぎてる? とてもそうは見えないな~


 この世界で生活してみて分かったけれど、リリンみたいに精神が子供っぽくなってる人って、あんまりいなかったです。皆子供の姿なのに、ちゃんと心は大人でしたよ。行動もそれに伴ってだね。


 ただ、リリンはなんだか違う。違和感がある。


 タックルしてきたリリンを重力魔法で浮かせ、その後僕はリリンを観察します。


「ちょ、ちょっと歩美? 助かったよありがとう。でも、なんでそんなに見てるのかな?」


「ん~」


 ただ、今の状態でその違和感を伝えたところで、当然誤魔化すよね。だから、何も言えないままリリンを降ろすしかなかったです。


「もう……たとえ人だけとは言え、ちゃんと道路を整備してくれないと……」


 あれ? 今のもなにか違和感が……う~ん、気になったらキリがないので、この辺にしておかないと。


「リリン、どうしたの? 迎えに来てくれたの?」


「そっ。あなたはまだこの世界に慣れてないし、襲われでもしたら大変だからね~」


 そりゃ大変だけど、今のところ簡単に追い払えているから、別に1人でも帰れますよ。

 何だろう、僕の方がお姉ちゃんって気分になっちゃってるよ。なんでかなぁ……。


「ん? それは?」


「あっ、オルガさんに呼ばれたのはこれ。土屋さんが機関の建物からこれを見つけたんだって」


「なにかあるの?」


「今のところない」


 リリンが結構真剣な顔付きでそう言ってきたけれど、それだけ僕の事を真剣に考えてくれてるんだな~というのともう一つ、リリンの目も真剣でした。


 う~ん、数ヶ月一緒に過ごしてみて、リリンが1番話しやすくなったけどさ……。

 徐々にリリンも素を見せてくるようになってきて……尚更実年齢と精神年齢が一緒だと思ってしまう。


 そして、僕の頭の片隅にある事。思い出せずに凄いモヤモヤする……なんだろう。なにか引っかかる。リリンと過ごしていた時よりも前、出会った直後……そのくらいの時でなにか違和感があるんだよ。


「歩美! ぼうっとしない! パパを呼んできて!」


「へっ? えっ? ちょっ! 何これ!!」


 すると、ずっと考え事をしていた僕の耳に、リリンの叫び声が聞こえてきます。

 それに驚いた僕が前を見ると、更に凄い光景が目に飛び込んできました。


 目の前の街並みが歪んでいる! これ、歪みか何かですか?!


「なに! なんですかこれは! 崩壊とかいうやつ?!」


「違うわよ! 私も知らないわ、こんなの! だから早くパパを呼んで!」


「そ、そう言われても……」


 既に地面まで歪んでいるから歩きにくいというか、歩くと危ないですよ!


「うわわわ!! こんな事が……100年に1度の大歪みおおひずみじゃ!」


 すると、近くにいた乳幼児がそんな事を言ってくる。ほとんど赤ちゃんに近い人が……って、これご老人だ! 多分7~80歳いってる!


 これだけは未だに慣れないや。


「ちょっと、100年に1度のってどういう……」


「そのまんまじゃ! 歪みは普通一部の空間なんじゃが、こいつは街1つ覆うほどの広範囲と、歪み自体もかなり大きなものとなり、何が起きるか分からない状態なんじゃ!」


「ちょっと、それって……その前は何が……!」


「おぉ、お主等は知らんかったな。なるべく話さないようにして、若者に未来をと思ったのじゃが、こんな事になるとはのぉ」


「だから何が……!」


 ご老人ってもったぶるんですよね~しかも、リリンがその人に話しかけている間に、歪みが更に酷くなっていって、空には信じられない光景が広がっていました。


 それは、僕の居た世界の街並みです。航空写真のようにして、上空からその街を見ているような感じですね。


 もしかして……向こうと繋がったんじゃ!


「えっ……ペンダントが光って」


 しかも、土屋さんが見つけたペンダントが光ってます。


「おやおや、そのペンダント……なるほど、やはり運命は決まっておったか」


「ちょっと、良いから前に起きたことを――」


「終焉じゃよ」


『えっ?』


「この世界はとっくに、終わっておったのじゃよ」


 終わってって、えっ……? いったいどういう事?


「上書きさ……この平行世界は既に、ある世界に上書きされていたのさ」


 すると慌てる僕達の前に、オルガさんが現れました。急いで来てくれた見たいです。ダンベル持ったまま……こんな時にもう……。


「さて、今回はいったいどうなるか。前回は終焉を与えられ、人の年齢が狂った。なんとか今もってるが、トドメを刺しに来たのか? 創造主よ」


 そして、そう言ったオルガさんの視線の先には、巨大な手が迫っていました。

 当然僕は腰が抜けて動けません。これは、本当にどうにもならないやつです!

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