第16話 最深部にあったもの

「あまり美味しいお茶じゃないね~」


「あの……リリン……?」


 だいたい予想はしていた。でも、リリンがまさかこんな事をするなんて……いや、でもこの人も人なんだけどさ……。


「くそっ、ここは俺の家だぞ……!」


「あ~ら、誰もいなくなった場所に住み着いてるだけでしょ~良く見たら、あなた以外誰もいないみたいだしね」


 ツチヤさんを四つん這いにさせて、その背中の上に、椅子に座ったリリンが足を乗せている。そしてカップを手にして、優雅にお茶を飲んでいる。完全にツチヤさんを下僕とか奴隷扱い……。


 結局、彼は僕達を警戒して睨んだだけで、敵対意識はなかったみたいです。それなのに、リリンはそれが気に入らなかったのか、彼を組み伏せてこの有様です。


「私達を恐がらせるなんて上等じゃないの~」


「くそっ……俺が何したってんだ! このババア!」


「バっ! あんた、言っちゃいけないこと言ったわねぇ!!」


 とにかく、彼は入れ替えられてしまって途方に暮れていて、それで誰もいなくなったこの建物に住み着いた。それも、もう何年も……たった一人で。


「イデデデ! だから説明しただろうが! 俺はここの機関とは関係ない! お前達が恐がっているのも、俺にとっては訳が分からないんだよ!」


「それならあのドールはなに?! ここで何してるの!」


 そして、リリンは彼の頭を足で踏みつけながらそう言うけれど……なんだか、ツチヤさんの顔が徐々に恍惚になっているような……。


「ぐぅ……! こ、ここの地下に不思議な機械があって、それを何とかして使えるようにしたら、色々と作れるようになったんだよ」


 地下に? ドールを作る機械でもあるんでしょうか? それとも、もっと別の……とにかく、それは確認してみたいですね。


「あの……ツチヤさん、その機械見せて貰えますか?」


「んっ? お前使えるのか?」


「いや、そうじゃないけれど、もしかしたら元の世界に戻れるヒントがあるかも知れないんで」


「そうか……だが、動いたのは一部だけだ。あとは訳が分からんからな」


 訳が分からん? いったいなんなんでしょう。


「それならそれで、確認しておきたい」


「……分かったよ」


 その僕の真剣な眼差しに、ツチヤさんも観念したみたいです。だけどその後直ぐに、リリンが足に力を入れ、彼の頭を更に強く押し付けました。


「あなた、その変な機械で歩美を襲わないでしょうね!」


「うがっ、ぐっ……そんな事するか! 俺は……俺は二次元の女にしか興味がねぇよ!」


 そんなカミングアウトはどうでも良いです。今時そういう人は沢山いますからね。


「とにかくツチヤさん、そこに案内して下さい。リリン、この人は多分大丈夫だから、警戒しなくて良いよ」


「んっ、あなたがそう言うなら……」


 そしてリリンは、やっとツチヤさんの頭から足を退かし、背中の上に乗せていた反対側の足も退かしました。


「くっ……全く、乱暴な女だ……それと、なんで俺の名前はそんな外国人が話したような感じになってるんだ!」


「いや……リリンが最初にね……」


 この建物に住んでいるツチヤさんの事を説明する時、そんな感じの発言をしたから固定されちゃったよ。


「全く、俺は土屋義次つちやよしつぐ。こう書くんだよ」


「あっ、なるほど……」


 わざわざ床に書いてくれてありがとう……って、この床ってコンクリート部分が剥がれて、下の土の部分が見えてるじゃ……そして更に底が深そうな穴の一部まで……。


 ちょっと、そんな床の土の部分に書かないでよ。絶妙なバランスで保っていたらどうするの?


「あっ、やべ……これ地下の天井が剥げてた部分か? ここに繋がってたのか」


「いや、そんなのんびり……って、ギャアアアア!!」


 ほら床が抜けた!! 思い切り土が崩れてなだれたじゃないか!!


「キャァァア!! オンボロ建物直しときなさいよ!!」


「そんな金あるか」


 そして土屋さんはなに堂々としているんですか! あっ、違う。一緒に落ちてるドールを抱えて守ってる! しかも5体抱えて、足にも2体……何やってるの!


「お前達は、例え死んでも俺が守る!(キリッ)」


「格好つけるな!」


 なんか特殊効果で「キリッ」て文字が入りそうな程、凄いドヤ顔をされましたよ。逆に気持ち悪いやこの人……。


「あいたつ! うわっ、うわわわ!!」


 そして、そんな土屋さんを見ている間に、僕は1番下まで滑り落ちたらしく、思い切りお尻に衝撃が走り、そのまま停止した……けれど、同時に上から土砂や瓦礫が!!


「グラビティ・フォース!」


 それを見た僕は、咄嗟に重力魔法を唱え、土砂や瓦礫の周りを無重力にして空中に浮かすことで、生き埋めから回避しました。


「ほぉ、それがお前の魔法か……」


「まぁ、そうです」


 でも今気付いたよ、僕変身しなくても魔法使ったよ。これってこっちの世界の空気中に漂う、魔法を使う為の物質が影響しているのかな?


「あれ? リリンは?!」


 その時、近くにリリンの姿がなかったから、僕は慌ててリリンの名前を呼んだけど、直ぐに上から返事が返ってきました。


「な~に?」


 飛んでる、ズルい……無事なら良いんだけどね。


「それにしても、こんなボロくなってるなんて……いったいどれくらい前から人がいなかったのよ。気付かなかったわ」


「ふん……俺が来た時から、既にある程度老朽化していたぞ。お前達はちゃんと見ていなかったのか?」


「なによ……攫われて卑猥な事をされるって噂があったら、誰も近付かないでしょうが!」


「あぁ、そんな噂を流していたな」


 あれ? もしかしてリリンが言っていたことは、この人が流した噂? いったいなんでそんなことを……。


「なにそれ、なんでそんな噂を流したのよ? 男も女も見境なしってさ……」


 それなら僕も近寄らないと思うよ。だけど、そこまで徹底するには訳があるよね?


「……そうだな。この先にあるものに、近付いて欲しくなかったから……だな」


 この先にあるものって、その機械だよね? 他にもなにかあるの?

 今僕達がいるのは小さな小部屋みたいだけれど、ガラクタみたいな物がいっぱいあるだけ。ここから出たら、何かあるのかな?


「出ろ、そしたら分かる」


 そして首を傾げる僕達に向かって、土屋さんがそう言ってくる。とにかく出てみるけどさ……いきなりお化けが「ばぁっ!」は止めてね。


 そんな感じで、ドキドキしながら僕が扉を開けると、その先には……嘴の鋭いモンスターみたいな化け物が立っていました。


「ギャァッ!!」


「歩美。背の低い私に飛び付いたら、見た感じかっこ悪くなるわよ~」


「あっ! わわっ! ごめんなさい!」


 しまった、思わずリリンにしがみついちゃった! は、恥ずかしい……。


「ん~歩美良い匂いするね~ムラムラしてきちゃう」


「止めて下さい! というか、今モンスターが!!」


「バカ、良く見ろ」


 リリンに掴まれ、色々と慌てふためく僕に向かって、土屋さんが扉の先を指差します。


 あれ? そう言えばさっきのモンスター襲って来ないな……。


 恐る恐る土屋さんが指した指の先を見てみると、なんとその先に立っているモンスターは、培養液の中に漬けられた状態で、円筒形の容器と一緒に吊されていました。


「なっ……何ここ?!」


 しかもそれが1体じゃない、何体も何体も、まるで肉の加工場のようにして、沢山ぶら下げられていました。信じられない……いったいここで、何が作られていたの?


 でも、これは何処かで見たことがある。その全てが、人間に近い体付きをしている。

 顔とかは猛禽類の顔とか、猛獣の顔とか、あり得ないのはスイカとか白菜とか、顔の部分が完全に別物になってるのもいる。って、これって……。


「これ……もしかして、怪人?」


 間違いない、培養液の容器の下にこう書いてあった。


『怪人・試作45機』


 こっちはもっと数字が大きい、183機って書いてある。いったいどれだけ作って……というかなんでこんな所に、僕の世界で暴れている怪人が?


 そしてその先には、あり得ないものまで培養液に入っていました。


 人間です。


 しかも、ある制服を着ていました。それも良く見たことがあるやつだ。詰め襟で、白を基調とした青いラインの入ったキッチリとした制服。

 大輔達が、魔法少女機関で活動している時に着ている制服だ……。


「……なんでだよ。なんでこんなに、向こうの世界にあるものが……」


 とにかく、その広い広い部屋の中を、僕は重たい足取りで歩き、色々と探っていく。


 ぶら下がる培養液の入った沢山の容器。それが円を描くようにして並んでいて、その中央には、空の円筒形の大きな容器がセットされた、謎の機械が置いてある。

 心忍ならこれをいじってなにか分かるんだろうけど、僕にはサッパリだった。


 壁際には沢山の机、パソコンのようなコンピューター。更には実験台も何台か並んでいる。


 ここで何が行われていたかなんて、もう分かっちゃいましたよ。


 怪人を産み出し、超人を作っていたんだ。


 ただ、ここではまだ実験段階。でも、もうそれも僕の世界の方で実用化された。


 Dr.J……魔法少女機関……。


 床に散乱する書物と、職員の名札のようなもの。そこに書かれた名前を見て、僕の頭の中で全てが繋がりました。


「……『仁志敏久にしとしひさ』間違いない、官房長官も……あの人も、こっちの世界の人間」


 ということは、魔法少女機関の中にいる研究員、その殆どの人達が、ここで研究していた研究員だ!


 僕の世界で何をする気? ねぇ、僕の世界で何をしようとしているの!


「歩美……?」


「なんか分かったようだな」


 平行世界の住人が、どうやって大量の大移動をしたのか、そのやり方は多分この建物の中にあるはずだ。


「ごめん、二人とも。この建物の中……くまなく探して! 僕、元の世界に戻らないと!」


「だから戻れないって……」


「戻れます! この建物の中に、それが出来るものがあるはずです!」


 とにかく好き勝手なんかさせない。

 僕の世界を、平和だった僕の世界を壊して魔法少女で満たし、その世界に魔力を与え、何を呼ぼうとしているの? 何を捕まえようとしているの? 何を得ようとしているの?


 どうせ良からぬ事でしょ。Dr.J、魔法少女機関! そしてアンナ!


 君達の思い通りになんか、僕が絶対にさせない!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る