第13話 その頃のアンナ
さて……あの邪魔者は消えたことだし、悠々自適にこっちの世界のリリンを手玉にしちゃいましょうか。
まさかこのタイミングで歪みが生じるなんてね。しかもこっちの私、進が飛ばされた。あの時の私みたいにね。多分、もう戻る事はないだろうね。
まぁ、ずっと気になっているのはあの男の存在ね。魔法少女機関にいたはずのあいつが、なんで個人で動いているのかしら? あいつらとなにかあったのかな……。
それでも、私にとっては好都合だね。
「それで、進はどうなったんだよ!」
「まさか、またあなたが現れるなんて……」
「なに? なんなのあなた、進と全然違う」
おっと、いけない。この目の前の3人に、屋上で説明をしていたんだった。
昼休みの途中で進が急に動かなくなり、次の瞬間には私になってたんだもんね。そりゃ驚くよ。
「そうねぇ……どう説明したら良いんだろう。とにかく、あなた達はもう進とは会えないよ」
「なんでだ!」
大輔が私にくってかかるけれど、それ以上強くは言ってこない。惚れた弱味ってやつ? バカらしい。
私があの子と同じ容姿だから、つい遠慮しちゃうんだね。本当、バカみたい。
「あなた達の大切な進はね~この世界と限りなく近い世界、平行世界のエデン・ワールドに行っちゃったの」
『エデン・ワールド?』
すると、3人が同時に首を傾げてくる。全く、説明するのが面倒くさいね。せめて3人の前では、歪みに飛ばされてほしくはなかったかな。
―― ―― ――
「すると、お前は進の同位体で、エデン・ワールドの住人だって言うのか」
それからお昼休みいっぱい使って、私は彼等に説明をした。かなり短めに纏めたけれど、だいたいは分かってくれたと思う。それでも、皆意外な顔をしているね。
「信じられない……そんな世界があるなんて」
「確かに信じられないよね。それに、それがあると証明も出来ない。だから、信じる信じないは自由だよ、花音」
私は教室に向かう廊下を歩きながら、後ろにいる大輔達にそう言った。
これ以上の説明は面倒くさい。とにかく進の身に何があったのかさえ分かってくれたらそれで良い。
「それで……どうやって進を助けられるんだ?」
「はっ……?」
うわっ、大輔ってばまさか助けるつもり? 私が喋り終わったあとに、凄いこと言ってきたね。無駄なのに。
「あのね……エデン・ワールドとこっちの世界は、確かに他のどの平行世界よりも近いけれど、それでも行き来する事なんて出来ないの」
「でも、歪みとかいうのを使えば行けるんだよね?」
すると、花音まで私に向かってそんな事を言ってきた。嘘でしょう……まさか全員、進を助けるつもりなんじゃ……。
「ちょっと、冗談は止めてよ。歪みにはとんでもない化け物がいるのよ。そいつらのいる所に行こうとするなんて、正直どうかしてる。いや、その前に行けないんだけどね」
「だけど、さっき進は……!」
「二千兆分の一の確率……歪みに取り込まれ、エデン・ワールドに飛ばされる確率よ。でもこれ、一般の人達の確率だから」
「そんなの、ほぼ無理じゃ……なんで進は……」
「私とリンクしちゃったから。そして、リンクした私がこっちの世界に出現出来るようになったから。向こうの世界との繋がりが出来たことで、歪みに取り込まれる確率が飛躍的に上がっていたの」
そうでなければ、同位体が存在する世界を交代するなんてあり得ないの。昔はそういうのも研究していたけれど、歪みに取り込まれる確率をはじき出して絶望したんだから。
そこから更に向こうの世界とリンク出来なければ、そのまま歪みの中で永遠に漂う事になる。
因みに私は、その歪みの中で漂う寸前で、こっちの世界とリンク出来て、丁度同じ場所にいた同位体の進に入り込む事が出来た。
まさか歪みに取り込まれた時に、進が全く同じ場所にいるとは思わなかったよ。だから引っ張られたのかな?
「くそっ!! 現状どうしようも出来ないのかよ!」
すると、大輔が廊下の壁を思い切り殴り、そして声を荒げた。他のクラスの人達に聞こえるでしょう。うるさい人だね。
「進……嘘でしょう」
「…………」
まぁ、3人の気持ちも分かるけれど、今度からは私があなた達の幼なじみなの。そこは切り替えて欲しいかな。
「まだ……まだ手はある」
ただ、心忍だけはそう言って教室の方に向かって行ったね。
良いよ、好きなようにしたら。私も私で動くから。長年魔法少女機関が狙っていた少女、原初の魔法少女がここにいる。絶対に、私のものにしてあげる。
―― ―― ――
その後は何事もなく授業が終わり、私は原初の魔法少女がいる進の家に、いや、自分の家に帰る。
その時はちょっと勇み足だったかな。だって、だってやっと手に入るんだから……世界を牛耳れる圧倒的な力が。
世界の創造主の力が……手に入るんだから!
誰だって気持ちが昂ぶるよ、でもはやる気持ちを抑えて、私はいつも通りの進として玄関を開け、帰宅の声を上げ……ようとしたところで、Dr.Jが玄関の所に立って私を睨んできた。
「ド、Dr.J? どうしたんですか?」
えっと……進ってこういう言葉遣いだっけ? 慣れてないとこの言葉遣いは難しいな~
「ふん、下手な芝居は良いよ。ハデス・アンナ君」
「……えっ、なっ……Dr.J、何を」
「だから、その口調を止めたまえと言ってるんだよ、異界の魔法少女」
あら……ダメだ、バレてる。な~んで?
「……なんでバレてるの?」
「ふっ、君が知る必要はない。そして、君はこの家に入らないで貰おうか? 原初の魔法少女は君のものじゃない。僕のものだ……」
そう言いながら、その男は私を見下してくる。ちょっとそれ止めて貰おうかな~ムカついちゃうね。
「ちょっ~と、その目止めてくれない? グラビティ・マター」
どっちにしても、この家にいる原初の魔法少女は私のものなのよ。
そして私は、手のひらの上に超重力物質を作り出すと、目の前の気持ちわるい男に向けて放とうとするが……ここで変な事が起きた。
私の手のひらの重力物質が、一気に霧散した。
「……? なんで? あなた何したの?」
「さぁね~」
何か出来るとしたら、目の前のこの男だけね。だからその男に問いかけてみるけれど、ヘラヘラと不気味な笑みを浮かべているだけ。気味が悪い。
「さぁ、出て行って貰おうか。歩美ちゃんの両親も、今の君を娘とは思えないそうだ」
「ふん。娘じゃないでしょうが……」
しょうがない……何かおかしな物を使って私の魔法を無力化している。そんな事をしてくるとは思わなかったし、完全に準備不足だね。
「仕方ないわね……一旦退かせてもらうわ」
「出来れば魔法少女機関にも行かないで貰おうかな? 向こうとも話はついている」
ちっ、それもバレてるなんて……なんなのこいつ。どこまで知ってるの。誰よりも厄介な敵はこいつだったか。
「あ~ら、魔法少女機関とあなたは敵同士じゃ……」
「今回のは利害が一致してるんだよ」
完全に詰んでると思うけど……まだよ、私はまだ諦めない。
それにしても、いったいどこまでがこの男のシナリオ通りなの? そしてこの男は何者なの?
「……ねぇ、最後に1つ。進が歪みに取り込まれ、向こうの世界に飛ばされたのも……あなたの想定内なのかしら?」
「それには答えない」
だけど、そいつの眼球がほんの少しだけ動いた。どうやら核心をついたようで、心の中では焦ったんじゃないかな。
とういうことは、これは想定内……全く、本当に食えない男だね。それなら私は、それを超える動きをすればいい。見ていなさい。
「OK、分かったわ。今この時点で私の敵は誰なのか、ハッキリ分かったわ。覚悟しておきなさい。このハデス・アンナが、あんたを完膚なきまでに叩きのめして上げる」
「ふっ……期待しているよ」
余裕を見せていられるのも今の内よ。進が、同位体の私が帰ってくる前に……私は私の足下を盤石なものにしておかないとね。
恐らく、進は帰ってくるだろうから。
その為には駒がいる。従順な駒が……誰が良いかな~そうだね、進の幼なじみなんかが1番取りやすいかな。
今1番動揺していて、その心に付け入りやすい状態になっているからね。
そして私は、その準備をするために家を後にする。
まぁ、先ずは今日の寝床かな~誰かバカな男でも引っ掛けて、家を明け渡して貰おう。
「……ん~?」
でも気のせいかな……空が歪んでいるような……まさか、また歪みが?
「……」
違う。歪んではいるけれど、違う。
ズレてる……空間がズレてるんだ。えっ……この現象って、ちょっと待ってよ。それはまだ早いわよ、世界の創造主が現れるのはまだ早いわよ!
「神罸の刻はまだ早いでしょうが!!」
すると、進の家にいたあの男も、同じように声を荒げていた。
「嘘だろう……! 早い、早すぎる! 何故だ!! 私の計算では、まだ2年はあった!」
でもその時、私は嫌なものを見てしまった。
「……リリン?」
あぁ、そうか……あの子が呼んだんだ。原初の魔法少女……リリン。あの子が、刻を早めた。
その家の屋根の上で、白い天使の翼を広げ、真っ赤な目でその空をしっかりと見上げていた。
あの子、覚醒している……なんで? 何がトリガーなの? 記憶はどうなったの?!
「リリン!! 止めるんだ!! まさか、歩美ちゃんを助けるために空間を?!」
「助ける……歩美。私を、救ってくれた……だから私も……!」
あぁ、なんだ……そうか、そういうことか。どういうわけか、この子進に助けられてたんだ。それじゃあ、最初からそれを利用すれば良かったんじゃん。
それを見た私はチャンスだと思った。こんなに早く、あの男を出し抜けるなんて……これは流石に想定外みたいね。
そして、私はリリンとは逆に、黒い堕天使のような翼を背中に出現させると、それを羽ばたかせてリリンの元に向かう。
「おい超人ども、あれを止めろ!!」
「おっと、そこを動かないで」
「くそっ!! ぐっ……」
そして、私はその男と、突然現れた謎の男性達の集団を、重力魔法で地面に押し付ける。慌て始めたやつほど、冷静さをかいて大事を逃すのよね。
今のこいつがまさにそれ。ほんと、おかしくて仕方がない。
「あなた……は? 歩美……じゃない」
そして屋上に辿り着き、その子の近くまでやって来た私に、リリンはそう言ってきた。でも、両腕は上に掲げたまま、赤い瞳はこっちを見ている。まぁ、警戒するのは当然だよね。
「そう、私はアンナ。進の……歩美ちゃんの同位体よ」
「…………」
そう言った私に対して、リリンはまだ警戒したままでいる。
さ~て、ここからが勝負所かな。油断したら、世界を壊すその力が、私に向けられる。そうなったら、私もただでは済まない。気を引き締めないと。
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