第7話 異界の魔法少女
私は、花音と大輔の元にゆっくりと近付いて行く。
花音と大輔に政府の不信感を与え、目を覚まさせるため。でもその前に、大切な幼なじみを利用し、不敵な笑みを浮かべていたこいつの正体をバラした方が良いかもね。
「くっ……うぐっ!!」
「ねぇ、あなたは何を企んでいるの?」
「企む? 何もないな。お前のような世界を滅ぼす奴等を倒すために、正義の為に我々は……!! うぐぅあ!!」
それじゃあ、私が出て来た時に見せたあの笑顔はなんだろうね。とても正義の人が見せる表情じゃないよね。
だから私は、そいつの周りの重力を倍にし、更にそのお腹に自分の足を置き、そこにも重力をかけていく。重りが一個ずつ増えていくみたいにね。
「うぐぁ……かはっ」
その様子を、他の皆はただ黙って見ているだけしか出来ない。だって私が部屋全体の重力も増やしてるから。何とかしたくてもなんとも出来ないよね。
「ほら、吐いてよ。あなた達は何を狙っているの? 何をしようとしているの?」
「あっ、あぁぁぁぁ……! し、知らん! 俺は何も知らない!」
「本当に? それじゃあの笑みはなに? 私が現れた方が、あなた達にとっては都合が良いのかな?」
「うぐぁ……がっ……」
中々吐かないね。何かあるはずなんだけどね……しょうがない、ちょっとだけエグいことになるけれど、この手を使わないとダメなんだね。
「重力物質、グラビティマター。そして生成」
そして私は右手を広げると、その手のひらの上の一部の空間の重力を重くしていき、徐々に圧縮していく。
私達のいる空間には、チリやホコリなど様々な物質がある。それに重力を加えて重くし、固めていく。すると……。
「なんだ……あの黒い塊は……」
もの凄く重い物質が出来るわけ。これに更に重力を加えていくと、空間まで歪んでしまって、あの有名なブラックホールになるんだけど、そこまではしないよ。
そこから更に魔力を加えて形を変えていき、武器や様々なものを作る。これが私の魔法。あの子から貰ったのではない、私オリジナルの魔法。
リリンから貰ったのは魔力だけ。でも、それがきっかけで私は目覚め、そしてこの魔法が解放された。
私のこの魔法を見て大輔が驚き、声を出していたけれど、その後は凄く恐い顔をして私を睨んできた。
「進……」
「私はアンナだよ……大輔」
「うるさい。進にその体を返せ」
「変な事を言うね。この体は私の体でもあるんだよ? あの時、この体は私と進、2人で共有する事になったんだからね」
そして私は、手のひらの上の黒い重い物質から真っ黒な剣を作ると、それをスーツ姿の男性に突きつけながら、大輔に話しかける。
「だからそこで見ていなよ。あなたが信じていたものが崩れる所をね……」
そのまま私は剣を振り上げ、そしてスーツ姿の男に向かって振り下ろす。
「止めろ! 進!」
それを見て大輔は叫ぶけれど、多分私の攻撃は当たらない。大輔が叫ぶと同時に、スーツ姿の男性が発砲したから。
しかもそこから発射されたのは銃弾なんかじゃない。エネルギーの塊、それが放たれた。
「くっ……!! うぁ!!」
私は即座に、振り下ろしていた剣を盾にするようにしたから直撃は避けられたけれど、それでも窓の所まで吹き飛んで、そのまま壁に叩きつけられた。
この病室がそこそこの広さがあっても、ここで暴れられたら戦いづらいね。やっぱりこの男はただ者じゃなかった。
「ふぅ……全く、なにやってるんだ君達は……早く動けよ、早く。ボーッと突っ立ってないでよぉ」
そして、そのまま立ち上がったと思ったら、今までとは全く違う雰囲気になり、その口調も変化した。
今までは爽やかなイメージで、キッチリとした感じだったけれど、今は高圧的な態度で少し恐ろしい感じになってしまってる。
「おい、大輔。あいつの足落とせ。捕獲する」
「はっ……?」
すると、その男性は大輔に向かってとんでもない事を言い放った。足を切り落とすって、私の足かな? なるほど、何とかして私を捕獲したいのか。
「あんた何言って……がっ!!」
あっ、大輔の頬を拳銃の底で殴り付けた。あれは痛いよ、大輔になにやってるの……。
「もう一度言うぞガキ。あいつの足落とせ。おい、沙織! 雷でそいつの動き封じとけ!」
「いっ……な、何急に……いきなりどうしたんですか、
「良いから言うことを聞け、お前達の部隊の隊長は俺なんだ。逆らうな」
「グラビティ・シェル!」
「なっ、ぐぅ!! 貴様、まだ動けるのか!」
やっと本心を出したのは良いけれど、調子に乗りすぎだね。私をそう簡単に捕まえられると思ってるのかな?
だから私は、起き上がると同時に重力による銃弾を何発も放ったけれど、そいつは両腕を前にして防御姿勢を取り、私の攻撃に耐えていた。
普通の人間じゃない。こいつ、なにか改造を受けている?
「あ~面倒くせぇ。目の前に最重要捕獲対象がいるってのによぉ! ガキどもは言うこと聞きやがらねぇ!」
すると、その男性はスーツの上着を破り捨て、私の方を睨みつけてきた。すると次の瞬間、その男性の姿が消え、一瞬で私の目の前に現れた。速い……!!
「最初からこうすれば良かったんだ。さぁ、捕まえ……」
「グラビティ・ウェーブ!」
「ぐっ! なんだこれ……!」
危なかった。男の手がもう少しで私の体を掴む所だった。ギリギリの所で重力魔法を放ち、大量の重力波を相手に浴びせる。
重力波って凄そうに聞こえるけれど、実は現時点ではあまり力はないの。
ブラックホールとブラックホールが激突した時の衝撃波とかだけど、実は原子レベルでものを揺らすくらいしか出来ないから、実際人の体に何か影響を及ぼす事は確認されていない。
でもね、何事もそのエネルギーが強くなれば強くなるほど、何が起きるか分からないの。
「か、体が……バランスが……取れ……ぐっ」
「ん~フラフラするくらいか~まだまだだね~」
ただやっぱり、強いダメージにはならないね。それなら……。
「てぃ!」
「ぐっ……!!」
隙が出来た今の内に、相手のお腹に蹴りを入れておくよ。もちろん、相手のお腹に当たる直前に、私の足の周りの重力を重くして、蹴る時の衝撃を強くしておく。
それだけで、相手はまるで鉄球を叩きつけられたような衝撃を受けて、思い切り床に倒れ込む事になるの。
「くそが……! ガキども動け!!」
「残念……あなたの本性とその異質な体を見れば、誰もが言うことを聞いていいのか悩んでしまうよね」
現に大輔も花音も、他の2人も完全にパニックになってるからね。
だってスーツ姿の男性の体は、筋肉の量が倍になってそうな程に増えていたから。
たれ目の目がつり上がって恐くなっていて、爽やかそうな感じは残っていても、体は異常な程に硬そうな筋肉で覆われていたら、誰だって恐がるし混乱するってば。
そして胸元には、黒い宝玉のような球が埋め込まれている。あれがあいつの力の源かな?
「てめぇら……隊長の言うことが聞けないのか! とっとと動け!」
しかも感情も不安定になっているね。それなら後は簡単だよね。冷静さを失ってたら、戦いには勝てないよ。
「残念だね。あなたは隊長失格だよ」
「ぐっ……! この!!」
「おっと……! もう、ちょっと動かないでくれるかな?」
また拳銃からエネルギー弾を撃ってきたよ。私が至近距離まで近付こうとしたら反応されたね。中々反応速度は良いみたい。
だけど、私がそれを交わした後の対応がないみたいで、慌てて私の魔法を避けようと、回避する動きを見せてくる。
でも残念、普通に殴るだけだから。蹴った時と同じ様に重力を増やしてね。
「あっ!」
だけど私のパンチを、そいつはしっかりと真正面から受け止め、そして私の手を掴んできた。
「ふっ……さぁ、捕まえた。観念しろよぉ……日本国民全員の為、その命……使って貰うぞ!」
「それはどういう事かしらね?」
私はそう言いながら、何とか引き込まれないように踏ん張って抵抗しているけれど、その男は握った手の力を緩めない。痛いな……もう。
「お前が知る必要はない。異界の悪魔が……ポゴァァア!!」
「悪魔じゃないわよ。魔法少女よ」
流石のこいつでも、私の蹴りによる金的は効いたみたいね。
まぁ、重力を操作したとは言え、野球のピッチャーの豪速球が当たったくらいにしておいたよ。
そうでないと、鉄球だったら完全に潰れるし、それはもう仕返しがとんでもない事になりそうだからね。
「んのほぉぉぉお!!」
爽やかなイケメンがかっこ悪い事になっちゃったけど。今の内に退散させて貰おうかな~
「さて……あなた達に罠にはめられた時点で私の目的はなくなってるし、とっとと逃げさせて貰うわね~」
そして私は、床にうずくまる男を無視して大輔の横を通り過ぎ、病室の扉に手をかける。
その間、誰も私を止めなかった。いや、止められなかったと思う。色々とショック過ぎてね。
だけど、病室の扉を開けた瞬間、やっぱり私はまだ逃げられないと悟った。目の前に新たに男性が立っていたからね。
「……えっと……」
「……ふん。なんだこの惨状は」
ただその男性は、なんだか他とは雰囲気が違う。初老の男だけど威厳がある。
おでこが広くてちょっと前からきているけれど、それでも全く威厳を損なっていない。しかも眼鏡の奥から覗く目は、目の前の出来事よりも、もっと先を見ている。そんな目だね。
「三山、この件お前に任せたのは間違いだったようだ。私情に塗れおってからに」
「かっ……
「えっ……官房長官? 待って、なんでそんな偉い人が……」
それを聞いて、思わず私はそう言ってしまった。
だって官房長官って、内閣の諸案件の調整役の人で、よっぽど重要な案件じゃなければ動かないんだよ……。
「私がいるのがおかしいか? 魔法少女機関MGOは、内閣直属の機関だ。その実態や活動結果等は、内閣が全て管理している。それなのに三山、今回のこの異界の魔法少女覚醒の件、この展開は完全に私情による独断だろう?」
「し、しかし……」
「黙れ!! この状況、日本国民にどう説明をすると言うのだ!!」
「うっ……」
うわっ、凄い恫喝。でも言ってる事は確かだよ。
するとその官房長官は、目の前の私に再度視線をやると、なんと頭を下げてきた。
「すまない。誤解を招くような事をしてしまった。更に、目の前で大声を出してしまい申し訳なかった」
「あっ、いえ……」
そんなに丁寧に対応されたら拍子抜けしちゃうね。なんだか戦う雰囲気じゃなくなっちゃった。
「ただ、君が何故怪人の元にいるのか、それを教えて欲しい。なにか訳があるなら、我々が……」
「ん~ごめん。私はまだ、政府を信じられないから。話す訳にはいかないよ」
政府が何処まで掴んでいるのか分からないからね。私、アンナの父親の事……何処まで掴んでいるのか……。
もしあの事まで知っていたら、私はこの場で問答無用で捕らえられる。だけど……。
「そうか、分かった。だが、もし解決出来そうにないなら、我々に頼ってくれ。君の友人を伝ってね」
「……どうも」
仁志官房長官はそう言うと、少し体をずらして道を開けた。つまりこのまま逃がしてくれるみたい。それなら遠慮なく逃げさせて貰うよ。長居しても意味ないからね。
「あっ、そうそう。大輔、花音」
「なんだ?」
「な、なに……?」
「また明日学校で。大丈夫、ちゃんと進で来るから」
そして私はそう言うと、2人にウィンクをしてから去って行く。
それでも収穫はあったかな? あの2人に、政府への不信感は植え付けられなかっただろうけれど、魔法少女機関の中で、政府に対立している派閥が出来ている可能性がある。
うん、面白くなってきたね。どうやって料理していこう。
月明かりが照らす廊下を歩きながら、私は少しだけ気分が高揚していた。
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