第6話 覚醒

 病室内で拳銃を突きつけられ、完全に相手の罠にはまってしまった僕は、今打開する策を考えている。でもどうしようもないや。

 Dr.Jが乱入してくるくらい衝撃的な事でも起きないと、この状況を打開する事は出来ない。


「さて、君には聞きたい事が沢山ある。君はあの怪人の仲間か? それとも、あの怪人を生み出したのは君か?」


 そして、僕に銃を突きつけているスーツ姿の男性が、僕に向かって質問をしてくる。

 スラッと背が高くて髪も短めに整え、顔付きもキリッとしているからスーツがよく似合っています。しかも、世の女性達をあっという間に虜にしそうな程のイケメンですね。


「どっちもノーだよ」


 僕はその男にそう答えます。嘘ではないからそこはちゃんと答えましょう。


「あの……あなたは進よね?」


 すると、今度は花音が僕に向かってそう言ってくるけれど、これは無言で貫き通します。


「甘いぞ花音。そんなのはあの仮面を剥がせば良いだけだ」


 だけど、ロングポニーテールの女子がそう言うと、何も無いところからその手に刀を出現させ、僕に向かってきます。きっと仮面を斬る気だ!


「……くっ」


「おっと、その場から動かないで貰おうかな」


 すると、スーツ姿の男性が銃の撃鉄を起こしながらそう言ってくる。いつでも殺すぞって事かな? だけど、僕に対してそれは効かないよ。


「ん? 銃が重く……うぉっ!」


「気を付けて! そいつは物の重量を変える事が出来るの!」


 あ~そういう判断ですか。重力とまではいかなかったんだ。

 雷の魔法を使う金髪の女子が、僕を見ながらそう言ってくるけど、間違ってるよ。


 だから僕は、この病室内の重力を重くしていきます。


「ぐっ……これは?! どうなってるんだ、魔法少女達!」


「そんな……これは物の重さを変えているんじゃないぞ!」


「うん……重力だ!」


「つっ……進」

 

 皆それぞれ苦しそうな表情をしながら、ゆっくりと膝を折り、そして地面にへたり込んでいってるね。

 今でその体にかかる重力は2倍だし、自分と同じ体重の人が上に乗っかられている感じだね。


「やっぱり下らない……こんなので魔法少女なんてね」


 そう言って、僕は病室にいる皆を見下ろします。

 あれ? なんだろう……ちょっとだけ気分がいい気がする。見下ろすのって、こんなに危ない気分になるんだね。


「誰かを罠にかけようとしていたみたいだけど、無駄だから。私はあなたの会話を盗み聞きしただけ」


 そして僕は、そのまま花音を指差します。

 盗聴していた事にしてみよう。それが通じるかは分からないけどね……だって心忍がいるから。盗聴の対策はバッチリだったと言われたら、それこそなんとか嘘で言いくるめないと駄目になる。それは僕にはちょっとキツいかも。


 だって僕は、あんまり大胆な嘘がつけない体質だからね。どうしても顔か動作に出ちゃいます……って、今のも相当大胆な嘘なんです。だから顔に出ちゃってるかもしれないけれど、仮面を付けてて助かりまし……。


「おらぁ!!」


「わっ!!」


 すると突然、後ろから大輔が僕に向かって斬りかかってきました。背後から気配がしたから、しゃがんでなんとか避けられたけれど、もう怪人を倒したの? 早くない?!


「危ないな~! もう!」


「……お前!」


 あれ? 大輔が僕の顔を見て驚いている。

 あっ、仮面が僕の足先に……って、しまった! さっきの攻撃が仮面を掠めていて紐が切れた!


「……っ!!」


 慌ててその仮面の元にダイブし、急いで拾い上げて顔に付けてみるけれど、紐がないから固定出来ない。手で押さえておかないと。


「進……やっぱりお前」


「な、何の事? 私は魔法少女ミュアー」


「いや、無理あるからなそれ」


「…………」


 駄目? 無理? ガッツリと僕の顔見ました? 進って判断しちゃいました?


 無言のまま仮面を手で押さえているけれど、大輔は真剣な表情のままで僕を見ています。


「……うぅ」


「進……頼むから誤魔化さないでくれ。俺はお前とは戦いたくない」


 駄目です……完全に僕だと分かってる。鈍感な大輔でも、もう誤魔化せないや。


 そして僕は、目を閉じてからゆっくりと仮面を取り、目を開けて大輔の顔を見ます。

 1度そうやって気持ちを落ち着かせないと、何を話してしまうか分かったものじゃない。


 Dr.Jにはこの事は筒抜けなんだ。あいつの情報を渡してしまうと、人質になってる両親が……。


「進……やっぱり進なんだな」


「……大輔、花音」


 大輔の言葉の後に、僕はゆっくりと2人の名前を言います。

 花音はしっかりとした目で僕を見て、大輔は少し困惑しているような、ショックを受けているような、そんな顔をしています。


「なんでなの……進」


「花音、僕に僕の事情があるんだ」


 そして僕は、花音に向かってそう言います。


「お前……女装してまでなにを……」


「…………」


 あ~そう来ましたか~女装と判断しましたか~ちょっとカチンと来ちゃいました。


「あのね……女装じゃないよ。僕は女の子になっちゃったんですよ!!」


 そして僕は、勢いに任せて自分の服をめくり上げ、ささやかに膨らんでいる胸を見せてしまいました。


「……なっ!!」


「えっ……嘘。本当に?!」


「……はっ! うわぁ!! 違う違う! 今のなし!」


 しまったしまった……! 花音と大輔だけじゃなくて他の人もいるんだってば! 何やってるの僕!!

 スーツ姿の男性なんて和やかな笑顔ですからね! せめて顔反らしてよ!


 慌てて服を戻したけれど、女装なんて言った大輔のせいだからね!


「お前本当に……」


「こんなの嘘ついてなんの意味があるの?」


「でも、それならなんで怪人の味方なんかしてんだ!」


「味方なんかしてないよ」


「はっ?」


 困惑した顔をしているね、大輔。でも僕は、本当の事を言ってるよ。

 これは別にDr.Jも知ってるからね。それでも僕は、Dr.Jの言う事を聞くしかないんだ。気付いてくれる? 花音、大輔。


「だが君は、我々に協力する気もない。違うかい? ここに来たのも、怪我をしたであろう2人の魔法少女にトドメを刺すためだろう?」


 すると、扉の前に立っているスーツ姿の男性が、僕に向かってそう言ってくる。


「違うよ。ただ、本当に大怪我をしたのなら、それだけの事をするだけの価値があるのって言いたかっただけ。政府の魔法少女機関の、怪しい実験材料にされたままで良いのって、そう言いたかっただけ」


 だけど、スーツ姿の男性は顔色1つ変える事なく、僕に拳銃を突きつけたまま言ってくる。


「政府が怪しいと? 言っておくが、人々を危険に晒す奴を倒すのに、それだけの力が必要だったんだ。今まで人類が手にしたことのない力をね。その未知の力に、どんな副作用があるか分かったもんじゃない。それを私達は、彼女に説明していないとでも思ったか?」


「どういう事?」


 すると、僕のその問いかけに花音が返してくる。


「私達は、リスクは承知で魔法少女をやってるの。外部からのエネルギーが負担になろうと、それを使って皆を守る為に、私達は戦うって決めたの。進……それでもあなたは、私達が間違ってるって言うの?」


 その花音の言葉に、僕はショックを受けた。

 知ってた? 自分の体にどんな影響が出るか分からないのに、その力を使う事を了承したの? 魔法少女機関の実験体になることを選んだの?


 なんで……どうして。僕になんの相談もなく、なんで……?


「なんでだよ、なんで……」


「あなたを守る為でしょう!」


「違う……違うよ。花音、違うよ……君にはもっとドス黒い感情があるじゃん」


 綺麗事ばかり言ってさ……違うでしょ、花音。君にはもう一つ、邪な思いがあるじゃん。


「なっ……違っ……! あれは……あなたを油断させるために……」


「顔真っ赤な所を見ると、割と本音混じってるよね」


「うぅ……それなら進はどうなの? なんで魔法少女なんかやってるの! そんなリスクを……」


「僕のにはリスクはないですよ」


「嘘っ!」


 話しをはぐらかしてきたね。だけど僕のこの力は、僕の中にある力を使ってる。だから、花音達みたいに魔法を使うリスクはないんだよ。


「ほぉ、全くリスクがないのか? それはいったいどんな方法で魔法を? どうやってそれを手に入れた?」


「食いつくね、政府の人間は。でも秘密だよ」


「そうか、それならお前を倒せば教えてくれるのかな? 由利ちゃん」


「分かって……うっ!」


「動かないで」


 いつの間にか重力が戻っちゃってました。

 幼なじみの2人に正体がバレて、ちょっとパニックになってましたね。そうなると魔法が解けちゃうみたいだ。


「くそ……重力とはやっかいな。うぐぐぐ」


「由利……無理しちゃダメ……」


 金髪の子とロングポニーテールの子は、完全に床にへたり込んでるね。ただそんな中で動けるのが……。


「おっと……!」


 大輔です。多分体は重いはずなのに、身体能力の高い大輔はちょっと頑張ったら動けるみたいです。


「進……お前、なんでそんな風になったんだ!」


「……なんで? 気付かない? やっぱり大輔は鈍感だね」


 そして、花音も床にへたり込んでいるけれど、なんとか腕を上げて僕に向かって伸ばしています。種を魔法で撃つのかな?


「進、答えて! あなたのその力は、本当にリスクはないの?! あなたは私達の敵になる気なの?!」


「敵? 敵になる気はないよ。むしろ僕は、2人を助けるつもりなんだよ。分からない? 例え政府が説明をしていても、その力はもっと危ないかも知れないんだよ。2人は死んじゃうかも知れないんだよ。僕はそれが嫌なんだよ? ねぇ、分かってよ!」


「お前だって俺達の事分かってねぇだろう! どんな思いでトレーニングしているのか、俺達がなんでそこまでして戦うのか、その理由をしっかりと考えたのか!」


 しっかりと考える? 相談もなしに考える事なんて……。


「全部……」


「全て……」


『進を守るため!!』


 すると、2人一緒になってそう叫んで来ます。


 僕を守るため? なんで……別にこの街を守るついでに、幼なじみの僕も守ってるんじゃ……僕だけ? 違うよね。


「なに……言ってるの? 別に僕は何も……」


「お前……やっぱり忘れているのか」


 忘れてる? 何を?


「進……私達と昔、高原に遊びに行った時の事を覚えてる?」


「えっと……」


 高原? 小学生の頃だっけ……。


 花音と大輔と心忍、この3人とその両親、そして僕の両親と一緒に4泊ほど、高原にある花音の別荘に遊びに行った事があるんです。花音って実は社長令嬢なんですよ。


 でも、その時何もなかったと思うけどな……。


 ただ、夜空の星が綺麗で、皆で見ていて……星? あれ……1つだけ一際大きな星があって、そこから光線のようなものが降ってきて……えっ? 僕その後どうしたっけ? 嘘……記憶がない。


「えっ……あれ? えっ……と」


「なるほど……君だったのか。しかし、そんな君が怪人側にいるなんて……少しマズいね。それに、原初の魔法少女と接触させてもいけない」


 接触してます。既にしています。

 なに? なにかマズいの? ちょっと待って、いきなりもの凄い頭痛が僕を襲ってるんだけど? 何これ何これ? ねぇ、何が起こってるの?!


「進……」


「おい待て、お前まさか……聞いてないぞ、もうそんな状態になってたのかよ!」


「うっ、あっ……あぁぁぁ……」


 頭が痛い、体が熱い。僕の体が弾けそう。


 どうなってるのこれ、ねぇ……誰か助けてよ! 大輔……花音……!


「落ち着け進! 深呼吸しろ!」


「ダ……メ。頭が……うぐっ、そうだ……星からの光りを浴びて、僕、僕……!」


 視界が揺れる、自分が立っているのか座っているのかも分からない。

 だけど、そんな中で確かに見えたのは……スーツ姿の男性が満面の笑みを浮かべていた事です。


 なにそれ? さっきまでの言葉は……嘘だった?


「つっ……うぅ、うぅぅ。わぁぁぁあ!!」


 そう思った瞬間、自分の中の何かが更に大きく膨れ上がる。リリンから与えられた力とは別の力が、僕を支配していく。


 僕が僕じゃなくなっていく……!


「あぁ……手遅れだったか……星の光りによる病。魔法少女にして魔法少女にあらず。それに目覚めた者は正しき者を穿ち、悪しき者を守……げふっ!!」


「ふぅ……全くうるさいよ……その言葉も笑みも、もう嘘くさい」


「な、なに……?」


 さて……どこまでがあなたの想定外? どこまでが想定内?


 どうでも良いけれど、こうなったらもう止められない。


 私は、背中から生えた黒い鳥の様な羽根を広げ、銃を持っていた男性を魔法で吹き飛ばす。そうしたら凄く意外な顔をしていたね。


「す、進……?」


「なぁに? 花音」


 凄く恐がった顔をしているけれど、私は私。高梨進だよ。

 でも、もう一つ……その高梨進の体の中に宿り、ずっと療養していたもう1つの存在があった。それが私。


「お前、誰だよ……」


「もう、本当に鈍感だね大輔は。高梨進だよ」


「違う!」


「違わないよ。小さい頃あなたは、高い木に登り過ぎて降りられなくなって、半べそかいていたでしょ?」


「なっ……なんでそれを!」


「だから、私は高梨進だよ」


 私は彼の中にずっといた。だから記憶も彼と共有している。彼の精神と混ざり、私も高梨進になっているからね。私も彼も高梨進。でも……。


「あえてあなた達の問いかけに答えるとしたら……そうね、異空間の帝王の娘。ハデス・アンナ」


 私はそう言うと、目を細めて笑みを浮かべた。

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