第6話 いきなりの魔法少女デビュー ②

 2人の姿を見てカチンと来た僕は、早速自分の魔法を使って、建物の屋上に飛び上がる。


 僕の魔法は重力を操る魔法。こうやって自分の周りの重力を減らして、軽々飛び上がる事も出来る。頭の中に勝手に力の使い方が流れてきたよ。


 そして高い建物だと、声が届かなかったり姿が見えなかったりする。だからその辺りも考えながら、丁度良い高さの建物に飛び上がると、その上から下の花音達を見下ろします。


「……」


 反対側の歩道橋にいる心忍と目があったんだけど……なんで分かるのかなぁ。でもごめんね……ワザと負ける事は出来なさそう。


 真正面から花音達を見て気付いたけれど、花音達の服の襟元に何か丸い球が付いていました。そして、それが強く光り輝いたり弱くなったりしています。


『MP低下。バイタル正常。魔力供給増加』


「うっ……くっ」


「花音……無茶はするなよ、早めに決着付けないと」


「分かってる……だけど、こいつ強い」


 この姿になってたら耳も良くなるのかな?

 何処からかオペレーターの人の声が聞こえたと思ったら、花音の服の襟元に付いている丸い球が強く輝き、同時に花音が苦しみだした。


 それはいったい何なのかな? もしかして花音達は、その身に魔力を宿していないの? 外部から魔力みたいなものを流されてるの?


 なにその体の良い生体兵器は。


 Dr.Jが言っていたのはこういう事だったのか……偽物の魔法少女。


「ぐははは!! 今の俺には強い味方が付いているのさ! そいつから負の力が送られてきて、俺はパワーアップしているのだ!」


 そして、花音の前で構えを取っている大輔に向かって、真正面にいる怪人がそう叫ぶ。


 そっか、僕が近くにいると怪人がパワーアップしているのか。どういう原理かな? 僕から何か変なパワーが放たれてるのかも。


「ちっ……まだ敵が嫌がるのか! 他の魔法少女が到着するまで、まだ10分はかかるぞ。やべぇ……こりゃ逃げた方が良いな。花音!!」


「分かってる……でも、次々と魔力が流れてくるの!」


「なに?! おい、隊長!」


 大輔が一生懸命耳元の機械に話しかけている。なるほど、通信機も付けていたんですね。その声は流石に聞こえないけれど、大輔の表情が曇ってます。


「撤退はするな……だと。ふざけるな! そんな事……」


「……そうだね、逃げた方が良いんじゃない?」


 もう我慢出来ません。僕の大切な幼なじみを、使い捨てにする気ですか?


 政府の作った魔法少女機関は、正義の為にあるんでしょう? その正義の味方は簡単に死んでも良いの? 勝てない相手にも命を賭して戦えと?


 確かにそんなシーンは多いよ。でもそれは、それ相応の力と努力と経験を積んだから乗り越えられるんです。

 まだ力も上手く使えない花音達が、乗り越えられるわけがないでしょう! 命の危機に、急に能力が開花するわけないでしょう!


 しかも、花音は本物の魔法少女じゃない。無理やり力を与えられてるだけだ! そんなの許せない!


「誰だお前!」


「ぼ……私は真の魔法少女、ミュアー」


 危ない危ない、大輔が言ってきたからいつも通り答えちゃうところでした。

 とにかく、この姿で知り合いの前に出るのは恥ずかしい……誰だと言われたから、僕だって分かってないよね。


 それにしても、名前が咄嗟に思い付かなかったから、あいつが付けた歩美を逆にしてみました。我ながら安直です。

 それと心忍、なんで鼻血出してんの? しかも親指立てないでくれるかな……。


「悪いけど、私が来たからには今までとは違うからね。あなた達みたいな偽物の魔法少女では勝てないよ」


 そう言って、僕は下から見上げている大輔を見ます。


 とにかくワザと負ける事は出来ないよ。僕はもう分かっちゃったよ、君達の身に起きた事。君達が何をしていたのか。

 そんなのは本当の魔法少女じゃないね。だから、僕が3人の目を覚まさせて上げる。


 Dr.Jが正しいとは思わないけれど、少なくとも政府がやってる事も正しいとは思えない。


「シード・ショット!!」


 すると花音が、僕に向かって指から出した植物の種を飛ばしてくる。そうか、シード……種か。花音、君はまだ芽吹いてもいなかったんだね。


「ふん……」


 もちろん花音の攻撃は僕には届かずに、僕の重力魔法で下に向かって落下する。


 僕は、君達が立派な魔法少女と魔法戦士になって戦ってるのかと思っていた。でも違ったんだね。その機関は怪しいよ、大輔、花音、心忍。


「おっらぁぁあ!!」


「それも無駄だってば」


 下から飛び上がろうとしても、既に大輔達の周りの重力を倍にしといたから。それだけで、いつものようには動けないでしょ?


「ぐはっ!」


 あぁ、大輔はジャンプしてたんだ。バカだね。


「うっ……くっ……体が重い」


 花音も、もう何も出来ないはず。もちろんそれを見た怪人は2人に近付いていきます。


「ぐははは! どうだ、我等の魔法少女は! 貴様等紛い物の魔法少女とはわけが違うんだよ! さぁ、貴様等もゴミにしてやるぞ!」


 流石にそれは駄目ですよ。怪人の好き勝手にさせるわけにもいきません。これは結構大変かも……。


「ちょっと、勝手な事をしないでくれますか? ゴミ箱さん」


「なっ! 俺はダストマンだ! それとこの姿は……」


「ゴミ箱はゴミ箱でしょ? あんまり勝手な事はしないで下さい。あなたは他の人達をゴミにしておいてくれませんか?」


「ぬっ……ぐぅ」


「例え強くなったとしても、魔法少女達は何をしてくるか分かったもんじゃないでしょう? それなら当初の目的をやった方が良いんじゃないんですか? 人々を恐怖に陥れる方を……」


「……それもそうか。よし分かった。そいつらはしっかりと倒しておけよ!」


「言われなくても……」


 ちゃんと倒して目を覚まさせて上げるから。


 そして街の人達……ごめんなさい。他の魔法少女が来るみたいだから、それまで逃げて下さい。


「さて……」


 そのあと、怪人が人だかりの出来てる方に走っていくのを確認してから、僕は自分の周りの重力を減らし、建物の上から飛び降りて軽やかに地面に着地します。


「…………なんで? 何やってるの」


 そして、心忍がさっきからブツブツ言ってるよ。確かにしょうがないかも。だけど、僕の中の何かが弾けたんだよ。この2人を見てね……。


 怒り……それと一緒に嫌な感情まで混ざってます。


「くっ……あなた、私達の事を偽物の魔法少女って……いったいどういう事?」


 すると、僕の重力魔法で身動きが取れなくなってる花音が、僕を睨みつけながらそう言ってきます。


 心が痛い……好きな人にこんな視線を向けられるのは辛いよ。でもね……。


「君達は有頂天になりすぎてる。選ばれた? なにそれ。大事なものを見失って、何が魔法少女ですか」


 そして僕は、威圧的な態度でそう言います。だけど次の瞬間、大輔が僕の後ろから斬りつけてきます。


「……!! へぇ、あの重力から抜け出すんだ。やるね」


 慌てて何か武器が出ろと念じると、丁度良いサイズの杖が出て来ました。どんな仕組みですか?! 

 それで咄嗟に大輔の攻撃は受け止めたけど、先に付いてる黒い水晶玉からは、コウモリみたいな羽根が……これじゃあ小悪魔の杖みたいですよ。


 とにかく、こういう不思議な事が出来るのが魔法って事かな。今の花音や大輔には出来ない事だと思う。だからこれで分かるよね、僕と大輔達との違いが。


「確かに……魔法少女機関にいるどの魔法少女とも違う……小さい頃アニメで見たような、その魔法少女に近いな」


 そして、僕の動きを見ながら大輔がそう言ってくる。


「でもな……それでも普通の人間とは違う力を使えるんだよ! それと、人を思いやる気持ちが俺達の……!」


「魔法だって、そう言われてるんですか? そう言いくるめられてるんだ」


 大輔、その台詞は昔僕と一緒に見た『魔法少女クルリン』と一緒だよ。僕が分からないと思ったの?


「君には分かってると思うけどね……真の魔法少女って何なのか……あのアニメが分かるなら……」


「……お前……」


 しまった、喋り過ぎた?!


 大輔がマジマジと僕の顔を見ている。


「はっ……!!」


「ぐっ!」


 それに慌てた僕は、咄嗟に持ってる杖を振り上げて、大輔を上に吹き飛ばします。

 重力を操れば、大輔の周りの重力を減らして飛びやすくし、飛んだ後にまた重力を増やせば……。


「ぐぁっ!!」


 そのまま落下して痛い事になります。とりあえずそこまで上には飛ばしてないから、打ち身くらいだけどね。でも距離を取るには十分です。


「お喋りが過ぎたね……さっ、早く倒れて」


「2人とも! その魔法少女は進よ!」


「!!!!」


 そのあと、倒れた大輔をどうしようかと思っていた僕の耳に、とんでもない言葉が飛び込んで来ました。


 心忍が僕の正体をバラした!


 ちょっと……僕が真剣に敵になるとでも思ったの? 信じられなかったの?


「……」


 あっ、あの目は信じてない。


 どうやら真剣になりすぎてしまって、流石の心忍も恐くなっちゃったんだ。


「心忍、何言って……」


「やっぱり……お前進か」


 大輔はさっきので勘づいていたようです。鈍感のくせに……!


 だけどまだ誤魔化せる……まだ、まだ大丈夫だ。


「……本当に、進なの?」


 流石に2人の雰囲気を見て、花音もおかしいと気付いたようです。なんとかしないと……。

 すると、遠くの方で何かの叫び声が聞こえてきた。良いタイミングで怪人が他の魔法少女にやられた?!


「何言ってるの? いきなり誰かと間違えられるなんて興醒めよ。どうやら怪人もやられちゃったようだし、増援が来られると面倒くさいね。仕方ない、今日はここまでにしといてあげる」


 そして、僕は魔法を使って建物の上に飛び上がると、そのまま大輔達に背を向けます。


「あっ、待て! 進!」


「だから誰よそれ! 良い? あなた達偽物の魔法少女は、私が全部変えて上げるから」


 とにかく僕は、最後まで進である事を否定します。そのあと、僕は心忍に分かるようにして最後の部分を強調します。


 これで分かるかな……僕の決めた事が。


 そう言った後に、僕は他の建物に飛び移りながら、その場を後にしました。


 ―― ―― ――


 実際に花音達と対峙して分かったよ。花音達の今の状態がね。


 僕が花音達の事を考えながら、街の建物の屋上を跳んでいたら、目の前から急に壺の怪人が現れて、その壺の中に入れられちゃいました。全力で逃げたけど駄目でした……。


 その後は普通でしたね。戻った直後にお風呂に入れられて、上がったら晩御飯が用意されていたから1人で食べました。


 リリンは目が覚めていたけれど、ご飯を食べなかったです。いらなかったのかな?


 そして今は、用意された寝室のベッドの上で、うつ伏せになっています。


「…………」


「何かヘマしたの?」


 その横からリリンが声をかけてくるけれど、ちょっと待って……胸が痛くてこの体制が苦しくなってきた。女の子の体は不便だなぁ……もう。


「ヘマしたと言うか……幼なじみに僕の事がバレたかも……」


「なんだ、そんな事か」


「そんな事って、僕にとっては……」


「あいつはそれで何か言ってたの?」


 そう言えば、Dr.Jは何も言ってこなかった。


 僕が撤退した事にお咎めは無し。怪人がやられるのもいつもの事らしく、1人研究室に籠もっちゃいました。


「幼なじみに正体がバレてもバレなくても、あいつの計画に支障はない。私達の脱出にも支障はない。違う?」


「……支障はあると思うよ」


 僕が女の子になったってバレたら、それこそ大騒ぎになっちゃうよ。男の子が女の子になることなんて、未だにないからね。


 それこそどこかの研究施設に送られる可能性だってある。

 そうしたら、ここの組織の事もバレて、僕の両親は……殺されちゃうかも知れない。


「バレるわけにはいかない。僕の両親の命がかかってるんだ……」


「……そう」


 するとリリンは、一言そう言った後に、僕の隣に置いてあるベッドに潜り込む。


「それなら、他にも考えないと……脱出方法」


 そしてリリンは静かになった。寝たのかな?


 彼女とも色々と話してみてるけれど、やっぱり記憶がないから思った程の情報がないですね。


 君の正体が分かれば、もっと違ってくるのかな。君の力を取り戻せれば、こんな奴等あっという間なのかな?

 僕がいつものあの日常に戻る為には、この子の記憶も必要かもしれない。だから、リリンの記憶も戻さないとだね。


 すると、そろそろ寝ようと思っていた時に、机に置いていた僕のスマホが振動します。

 一応スマホは持っていても良いことにはなったけれど、不審な事をしたら直ぐにバレると脅されたよ。僕のスマホには色々細工がされてしまっている。迂闊なメッセージは送れない。


「心忍……」


 そして、そのメッセージの差出人は心忍からでした。


『今日のあれはなに?』


 たった一言それだけ。


 顔文字も何もないね。これは怒ってる……だけど、迂闊な事は話せない。だから僕も、たった一言返事を返しました。


『ごめん』

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