第3話 原初の魔法少女
それから僕は、頭の中に響く声に従って2つ上の階にやって来ました。
この階は下の階と違って廊下ばかりです。そのサイドには扉がいくつも付いているから、部屋が沢山ある階なんだろうけれど、ここの何処かにこの声の主がいるのかな?
あれから怪人も襲って来ないし、力を使う事もないから自然と元のワンピースに戻っちゃったけれど、下着がないからこの格好は困るんです。
変身している時も下着はなかったし……せめて変身している時くらいは下着付いて欲しかったよ。
「ん~いったい何処の部屋に入れば良いの?」
『真っ直ぐ……』
真っ直ぐか左か右かしかないですけどね、それでもまるで迷路みたいになってるこの階は、案内がなければ目的の場所にも着けないと思う。
そして頭に響く声に従って、右に行ったり左に行ったりして進みます。
『止まって……ここ』
「へっ?」
そうやってひたすら歩いている内に、目の前の突き当たりの扉の所でそう言われました。
ここ? この中に……この声の主が?
『大丈夫、私はあなたの敵じゃない』
「本当に?」
『今のところは……』
凄く怪しいじゃないですか……でも、この声の主が脱出の術を持っているなら……。
「分かりました……今の僕にはこれ以外に脱出する方法が分からないし、あなたの誘いに乗ります」
『分かった……それじゃあ入って。鍵はかかってないから』
「へっ? あっ……本当だ」
不用心ですね。扉のノブを回したら簡単に開きましたよ。こんなの泥棒でも入ったらどうす……いや、この迷路の中でここに辿り着くのは不可能かな?
そして部屋の中に入った僕は、その目の前の光景に少し驚きました。
広めの部屋に星空になっている天井と壁が広がり、そして大小様々な無数のぬいぐるみが置いてある。
更にその奥には、装飾の施された天蓋の付いた煌びやかなベッドが置いてありました。そして、そこに誰かが寝ています。
ここはその子の寝室かな? それにしても、このぬいぐるみの数はいったい……。
「うわっ……大っきなぬいぐるみも……っ?! これ……」
そんな中で、僕はとんでもないものを見つけてしまいました。僕を攫ったあの大きな熊の着ぐるみが置いてあったのです。
どういう事? なんでこれがこんな所にあるの? やっぱりこの子は……。
『……ごめんなさい。あいつに命令されて、あなたの様子をその熊の着ぐるみを使って見に行っていたの。だけど、その熊の着ぐるみはあいつが改良していて、私は勝手にあなたを……』
「……」
果たして信用出来るのか……こんな事言っといて、実はあいつと手を組んでいて、僕を陥れようとしていたりするかも……。
とにかく、その沢山のぬいぐるみを見渡しながら、僕はベッドに横になっている少女に近付いていきます。
その子は良く見ると、凄い美少女でした。
僕と違って純白のワンピースを着ていて、そしてウェーブのかかった真っ白な髪は、窓から差し込む月の光に照らされて、キラキラと綺麗に輝いている。
肌も透き通るように綺麗で、成長したらとんでもない美人になるだろうなって感じです。
それと、今って夜だったんですね。
『それが私の体……ずっとずっと、ぬいぐるみに意識を移して動いているだけ』
すると、その部屋の中のぬいぐるみの1体が動き出して、僕に近付いて来ます。何も知らなければ普通にホラーです。僕もちょっとビックリしました。
「なんでずっと寝てるの?」
『……分からない……思い出せない』
記憶喪失? それも、僕を騙すための言葉だったら……。
『お願い……私の力に適応したあなたなら、私を起こせるかも。額に触れてくれる?』
だけど、僕は直ぐには動けなかった。本当にずっと寝ているのなら、助けて上げたいって思っちゃうけれど、それが本当にそうだという証拠もないんですよね。
だから、僕は悩んじゃってます。
『……あなたの事は分かっている。こんな状況でも……』
「そうだよ……悩んでいてもやっぱり僕は助けちゃう……あの時みたいになりたくはないから」
昔花音が他の男に襲われた時、僕は恐くて動けなかった。
結局大輔が助けたけれど、花音はそれで僕の事を男として見られなくなったのかも知れない。
花音は優しいから「しょうがないよ」って言ってくれたけれど、多分その時の印象が残っていると思う。だから僕はもう、後悔したくない。
この子が敵でも味方でも……僕は……。
そして僕は、ゆっくりとその子に近付くと、額にかかっている前髪を上げてその額に自分の手を当てます。すると……。
「わっ……」
自分の手が淡く光り出し、その子に僕の中の力が流れ込んでいくような、そんな感覚に襲われます。
この子は、自分の体からその力を奪われた感じなんでしょうか? それを、今僕が返してる? いや、一部だけなのかな?
「……んっ」
そして僕がしばらくそうやっていたら、寝ていたその子の目がゆっくりと開き、真っ黒な綺麗な瞳が僕を見ました。
「……やっと、起きられた」
「あっ、大丈夫?」
その後、直ぐにその子は起き上がろうとしたけれど、当然ふらついています。慌てて体を支えたけれど、この子凄く軽いです。
「ごめん……ありがとう。とにかく、ここから脱出するわ」
「えっ? あっ……助けて、くれるの?」
「当然。だって、私を助けてくれたんだから……」
そう言いながら、その子は立ち上がろうとするけれど、中々力が入らないみたいです。どれだけ長い時間寝ていたんでしょうか?
「体が動かないなら……これで」
すると、その子が手を上にかざした瞬間、周りのぬいぐるみ達が動き出しました。
「さぁ……皆、私を支えて!」
……あの、踊ってますけど。
「え~と……」
「……よし、先ずは動きの動作。さぁ、次が本番……来て!」
あの、あっち向いてホイみたいな事をしていますけど……。
「うん、良し。相手に対しての反応も良い。次がいよいよ……本当の本番」
嫌な予感しかしませんけど……あっ、やっぱり。
同じようにその子が手を上にしても、今度は部屋に置いてあったチェスをやり始めましたよ。
「……」
「……あの」
だから僕は、ジッとその子を見ます。目で訴えています。本当は上手く動かせないんじゃないの?
「……力が上手く扱えない」
「それって……」
「あなたがまだ、未完成だから」
やっぱり僕のせいですか……。
この流れはもしかしたらと思ったけれど、原因は僕ですか。つまり僕はまだ、魔法少女として目覚めたばかり。この子にその力を流しても、十分じゃなかったのですね。
だからって、それがどうしたなんですけどね……僕は男に戻っ……あっ、待って……肝心な事を忘れていました。
「ふふふふ……駄目じゃないか~進君~いや、
「くっ……そんな……」
すると、後ろから気持ち悪い笑い声が聞こえてきました。Dr.Jがもう来たの?!
それよりも、歩美ってもしかして……僕の事じゃないでしょうね。
「逃げても無駄だよ。君の体の中に発信機を付けさせて貰ってるからね~それと、君自身も気付いただろう? 君を女の子にさせたのは私だ。もし君が男に戻りたければ……」
「あなたに頼むしかない……」
「正解~!」
最悪です……ここから逃げてもなんとかなると思った、さっきまでの浅はかな自分を責めたいです。逃げる事に精一杯になっていました。
「……僕は、男に戻れるんですか?」
「それは……教えな~い」
「くっ……!」
最低な男です。だから僕は、さっきの力を使ってこいつを吹き飛ばそうとします。
そして体をそいつの方に向けて、さっきと同じ言葉を言おうとしたけど……。
「プリティ……うぐっ?!」
「大人しくしていて貰おうか」
僕の上から何者かが降ってきて、そのまま上にのしかかられて頭を押さえつけられてしまいました。
「離……して!」
因みにもう1人の子も、別の奴に捕まっちゃいました。
「えっ……! 普通の人間?!」
とんでもない力で押さえつけられているから、どんな怪人なのかと思ったけれど、普通の人間でした。
黒くて青いラインの入ったロングコートを着ていて、サングラスをしてて、髪の毛は全員オールバックですけどね。
「こいつらは最近私が作った改造人間だ。超人と分類はしている」
「超人? 改造人間?! そんなの許され……」
「それが許されるのさ。我々秘密結社は様々な所に根を生やしていてね……裏ルートを使い、死刑囚達を死刑執行した事にして、ここに連れて来て貰ってるのさ……人体実験の為に……ね」
Dr.Jがそう言った瞬間、僕は背筋が凍りました。
この人の狂気は異常です。目が細く歪になっていて、焦点の合ってない瞳はどこを見ているか分かりません。
「この……!」
そんな中、捕まったもう1人の子だけは必死に抵抗しています。だけど……。
「ふぅ、しょうがない……やっと起きてくれて嬉しいけれど、こうも暴れられたら話も出来ないね。少し大人しくしていてくれ」
「ガッ?!」
首筋にスタンガンを当てられて、その子は悲鳴を上げたままグッタリしてしまいました。それ、電力どれくいなんですか?
「おや、少し上げすぎたか……まぁ良い、この子は普通じゃない。原初の魔法少女だからね。さて……あとは分かるね?」
そしてその後、Dr.Jはさっきと同じ歪な表情を浮かべながら、僕を見てきます。
黒いマスクに描かれた赤い口が、それと絶妙に合っていて、僕を一気に恐怖のどん底に叩き落としてきます。
こ、恐い……こんな奴を前に逃げるなんて……簡単には出来ない。
だから、僕は無言で頷くしかなかったです。
「物わかりが良くて助かるよ。歩美ちゃん」
だけど、僕は女の子じゃない……その呼び方だけは……そうは思っても、またあの表情を向けられたらたまったものじゃないです。今度は絶対漏らします。
「まぁそう恐がらないでくれ。君は長い間寝ていた眠り姫を起こしてくれたんだ。悪いようにはしないさ」
「眠り姫って……さっき気絶させた子ですか?」
「そう、原初の魔法少女リリンだ」
リリン……それがあの子の名前。
周りを超人と言われた人達に囲まれ、Dr.Jの後を着いていきながら、僕は後ろで担がれているその子を見ます。
年端もいかない女の子に見えるのに、この子はこの人達にとって、逃がしちゃいけない重要な子なのかな?
そしてしばらく歩いた後、僕とその子はある部屋に通されます。
「さて……君達にはしばらくここにいて貰おう。もちろん報道への根回しも済んでいる。なんの騒動も起きてないから安心したまえ。だからこそ、君には普通に学校に通って貰う。なんの変化もなかった事としてね」
「……それを拒否したら?」
「出来ないのは分かっているだろう? 君は我々に協力するしかないんだ。君の身体、両親、原初の魔法少女……運命の歯車は回り出しているのだよ。君はもう……逃げられない」
「逃げてやる」
また歪に笑うDr.Jに、僕は精一杯の抵抗を見せます。こいつは何か悪い事を考えている。だからなんとかしないと。
なんとかして、大輔達に知らせないと!
だけど僕の考えを読んでいるのか、Dr.Jは更に気持ちの悪い笑みを浮かべて、僕を見下ろしてきます。
「くく……期待しているよ。真の魔法少女歩美ちゃん」
「気持ち悪いからその名前で呼ばないで下さい」
本当に背筋に悪寒が走ります。でも、こいつの歪な笑みを見ると、今度は恐怖で背筋が凍る。
本当に逃げられるのかな……。
そいつがこの部屋から去った後、僕は1人部屋の片隅でうずくまります。少し不安になってきました。
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