蛇足の第3話 名付けの権利
蛇足の第3話 名付けの権利
ンフーー。
灰竜姫がコップ一杯分のミルクをイッキ飲みして、満足そうな息を吐く。
これはお腹一杯のサインだ。
何も無いときは量が足りてないらしく、催促の泣きが始まったりする。
「可愛いわねぇ。笑ってても泣いててもさ」
「こうしてみると、ただの赤子じゃな。儚さのあまり、どこぞへ消え入ってしまいそうじゃ」
小さなベビーベッドの前には何人も集り、身を寄せあっていた。
昼休みにはまだ早すぎる時間帯にも関わらず、だ。
お前ら仕事はどうしたんだよ。
「レイラ、なんでここに居るんだ。さっさと持ち場に戻れ」
「うんうん、もうちょっと見たら行くー」
「マリィ、お前もだ。職務放棄かオイ」
「フッフッフ。今日は急ぎの仕事がない。故にこうしてノンビリできるのじゃ」
できるのじゃ、じゃねえよ。
ここはオレの寝室なんだっつの。
そもそもマリィは討伐派だったろうが。
「イリア、つまみ出せ」
「はい、ただ今」
「ちょっとイリアさん。離してよ!」
「タクミィ! 子はみなの宝じゃぞ! 独り占めする気かぁぁーッ」
ーーバタン。
小荷物でも片すように、手を汚すこと無く追い出すことが出来た。
よし、悪は去ったな。
部屋に残ったのはオレ、イリア、そして……。
「プクプクしてるー。ほっぺがプクプクー」
「お前の妹だぞ、ダイチ。かわいいか?」
「いもおとー。かわいいー!」
「そうだろうそうだろう!」
4歳(推定)の少年を、オレは高々と抱き上げた。
こっちは元、地底王。
名前がないのが不便だから、ダイチと名付ける事にした。
安直だと言う意見もあったが、オレの心には一切響かない。
「ダイチ、お前はお兄ちゃんなんだ。妹をしっかり守ってやれよ」
「まもるー! クルミもあげるー!」
「それはまだ早いな、もっと大きくなってからだ」
「いつおっきくなる? あした?」
「うーん。もうしばらく先じゃないかな」
早くもダイチは未来に胸を膨らませてる。
こっちの子も負けじと可愛い。
思えば地底王も灰竜姫も、マリィは討伐しろと言っていたな。
実際目の当たりにすると、純粋で愛らしい子供だった訳だ。
どこが邪悪で危険な存在なんだか。
アイツの方がよっぽど危険人物に見えるっつうの。
ーーコンコン。
ドアがノックされる。
噂をすれば影というから、マリィが舞い戻ってきたのかもしれない。
念のため『炎竜』を呼び出す準備をしておく。
「空いてるぞ」
「タクミ様、洗濯が終わりました! 子供の様子はどうですか?」
「アイリスか、お疲れ。えーっと、子供ってどっちだ?」
「その、ダイちゃんじゃない方です」
「あぁ。赤子の方か。問題ない……」
「どうかされました? 何かご不都合でも?」
「やっぱり名前が必要だよな。あの子だの、灰竜姫だの言ってちゃ可哀想じゃねえか」
バタバタしててすっかり忘れてたが、肝心の呼び名がまだ決まってない。
今日明日にでも名付けちまおうかな。
「よし、赤ん坊の名前を決めるか!」
「賛成! もう遅いくらいだわ!」
「うおっ! びっくりした!」
窓からレイラが顔を覗き混ませて叫んだ。
お前はまだ彷徨(うろつ)いてたのかよ。
「よし、名付け親なら妾に任せてもらおうか!」
「早く仕事行けよオイ!」
部屋のドアをマリィが勢いよく開けた。
「タクミさーん。その権利、私が欲しいですー」
天井の板の隙間からシスティアが頭だけ出してきた。
お前らほんと大概にしとけよ。
子供たちが笑ってるからいいけども、泣き出したりしたら粛清するからな。
それからは阿呆どもがギャアギャアと騒ぎ続けた。
結局その場で決めることはなく、夜に持ち越しとなった。
晩飯後。
いつもの面子が我が家に集まった。
こんな事のために雁首を揃えてる光景が、なんとも滑稽だ。
そう感じる一方で、自分の考えた名前を付けたいとも思う。
たかが名前、されど名前だ。
「お前ら、ちゃんと紙には書いてきたよな? 今さら待ったは聞かねぇからな」
「もっちろん! 最高のアイディアを書いといたわ!」
「よし。じゃあテーブルの上に置け」
小さく折り畳まれた紙が、テーブルの上に小山を作った。
集まった連中には、事前に紙に書いてくるように伝えてある。
項目は名前と、由来や理由だ。
公平性を持たせるように、それを匿名で用意させたのだ。
「じゃあこれから適当に選ぶ。それをみんなで有り無しを採決する。オッケー?」
「よかろう。不正の入る余地は……無いな」
「そんじゃまず1枚目な」
名前はレリア
理由は、名前がそっくりな美人姉妹とか素敵じゃない(はーと) きっと大陸中の話題になるわよ!(キラキラ)
「レイラ、ちょっと頭出せ」
「なぁに?」
「教育的指導!」
「ヘモスッ!?」
クソくだらん案を出したレイラにデコピンをくれてやった。
しばらく眠ってろ。
「今のはレイラのか。なんとも煩悩剥き出しの意見じゃのう」
「じゃあ、2枚目いくぞ」
「うむ。早(はよ)うな」
名前はタリア。
理由は陛下と私の愛の、もとい真夜中の愛の結晶にございます。私めの名と、畏れ多くも陛下の御名をお借りしまして……
「イリア、ちょっと気絶してろ」
「はい、ただ今」
「今日はもう目覚めなくていいからな」
「承知致しました」
そう言い終えるなり、イリアがグシャリと床に崩れ落ちた。
まるで糸の切れた操り人形のように、関節を無茶苦茶に歪ませている。
机に突っ伏すとかを想像してただけに、怖い。
「愛の結晶って、そうなんですか?」
「信じるなよアイリス。痛々しい妄想に決まってんだろ」
「全く……みんな浮かれすぎじゃ。もっと地に足をつけて考えい」
「なんだよお前。よっぽど自信があるんだな。えっと、マリィのはどれだ?」
「おいタクミ! 趣旨が変わっておろうが!」
オレはわめき声を無視しつつ、お目当ての紙を探し当てた。
そこに書かれていたのは……。
名前はミリィ。
由来はもちろん妾じゃ。きっと高貴な娘に育つじゃろう。他の愚鈍な名では先行きが思いやられよう。
「マリィ?」
「なんじゃ……ヘムルッ!?」
気を持たせた分、強めの指導だこの野郎。
つうか、匿名って言ったよな?
名前書かなきゃオッケーって訳じゃねえぞ?
文面で書き手が分かるんじゃ意味ねぇだろ!
「クソが、しばらく死ね。じゃあ次いくぞー」
「タクミさん。段々と血生臭くなってませんか?」
「全部成り行きだ。いくぞ」
名前は無し。
理由は、名付け親になる権利だけが欲しいから。ひと儲けできそうなんで。
「これは誰が書いたんだろうな、システィア?」
「さぁー? 誰ですかねぇ知らない子ですねぇー」
「そうかそうか。書いたヤツに気前良くくれてやろうと思ったが、誰だかわかんねぇんじゃ持ち越しだな」
「はい! 実はそれ、書いたのはシスティアさんで……ヘンモッス!?」
椅子にもたれ掛かりながら、システィアは華麗に気絶。
犠牲者はこれで4人。
あと3人……か。
「さぁて、最後まで立っていられるのは誰かな?」
「タクミさん趣旨! 趣旨を忘れすぎです!」
名前はアメリア。
由来は、言葉そのものについては知りません。おとぎ話に出てくる可愛らしい女の子から取りました。
「うん。悪くねぇな」
「ほんとですかタクミ様!」
「アメリアって、僕らの居た世界でも使われる名前ですよね。意味は確か、愛される人とか……そんな感じです」
「うんうん、良いじゃねぇか。少なくとも今までで一番だぞ?」
「ありがとうございます! 調べた甲斐がありましたぁ!」
中々良い、というか気に入った。
オレが考えたやつと比べても、ずっとしっくり馴染むし。
というか、この後に発表する勇気がない。
後はリョーガの賛成さえ貰えれば、満場一致の可決となる。
「どうだ。お前さえ良けりゃ決めちまうが」
「構いませんよ。僕はこだわり無いですし」
「そうだったのかよ。じゃあどうしてこの場に居るんだ?」
「話半分で連れて来られたんですよ。レイラさんが強引に」
「なんだ、巻き込まれただけか。今日も災難だったな」
「いえ、もう慣れましたので」
ようやく赤ん坊の名前が決まった。
昼の段階では、ここまで面倒になるとは思いもしなかったぞ。
そして、並んでる4つの肉塊。
こいつら本当にどうすっかな。
「アイリス。こいつらは放っておけ」
「いいんですか? 風邪ひいちゃいますよ?」
「じゃあ毛布でもかけてやれ。自業自得なヤツらだが」
この時、アメリアはまだ夢の中にいた。
お腹が空いて泣き出すには、もう少し待つ必要がありそうだ。
ーー初めて名前を呼ぶのはオレだ。
新たな野望が胸に生まれる。
その時漏らした笑みが理解できなかったらしく、目の前の2人は揃って首を傾げた。
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