第2話 ようこそアシュレリタへ
蛇足の第2話 ようこそアシュレリタへ
あれからオレたちは、全速力で帰還した。
なぜなら戦備えはしていても、育児対策なんか皆無だったからだ。
一杯分のミルクすら持ち合わせてねぇ。
空腹で泣かれる前に、アシュレリタへ戻る必要があった。
幸い赤子は泣くどころか、超スピードの移動を楽しんでくれたらしく、終始にこやかたった。
走り通しだったから疲労が激しいが、延々泣かれるよりは遥かにマシだった。
「はぁ、はぁ。ゴキゲンなうちに帰ってこれたな。この速さに着いてこれたのは……イリアだけか」
「はい陛下。昼も夜もお側に控えております」
寒気がするような事を、メイドのイリアがサラリと言う。
性別が逆なら問題発言だぞオイ。
ちなみにこいつの場合は比喩じゃなく、本当に離れない。
風呂やトイレだってお構いなしだ。
あまりにもムカついたから『オレの視界に入るな』と言ったら、天井や壁に張り付くようになる始末。
しかも笑顔のママという、ホラー要素を特盛りにして、だ。
なので命令は取り下げた。
だから今もこうして側に居ることを許している。
「ったく、お前だけかよ……。マリィも連れてくるべきだったな、失敗した」
「何かご不都合でもありましたでしょうか?」
「いやさ、この子が何を飲み食いするか知らねぇだろ。一番詳しそうなのがアイツじゃねぇか」
「恐れながら申し上げます。間に合わせであれば、母乳でよろしいかと」
「そうなのか? 勝手にやって平気かよ?」
「様子を見ながらであれば、問題ないでしょう。正しき対応はマリィ様が戻られてからになさっては?」
「なるほどな。それでいくか」
オレは育児中の女を探そうとしたが、イリアは全然違うことを考えたらしい。
目の前で自分の着ているブラウスのボタンを外しだした。
しかもオレの顔色をチラチラ窺いながら。
何だか無性に腹が立って、イリアの頭にゲンコツを落としてやった。
「何考えてんだ。とうとう露出に目覚めやがった変態か?」
「陛下のお力になりたい一心にございます」
「もしかして母乳出す気か? 出るわけねぇだろ。経産婦さんですかテメーはよ」
「陛下に先端を一頻(ひとしき)り吸われれば母性が目覚め、出るようになるかと……」
ーーガツン!
二発目のゲンコツが炸裂。
タクミ先輩の指導をありがたく受けとれ。
「こっちはもう良いから。お前はあれだ、ベビーベッドを作れ」
「はい、ただ今」
「今日中にな。それから服もだ」
「承知いたしました」
「あと、お前はそろそろノーパンを卒業しろ」
「お断り申す」
唐突におっさんみたいな声を発して、イリアが街へと消えていった。
相変わらず変な奴と思うが、それ以上追求はしない。
考えたってどうせ理解できないのだから。
そんな細やかな疑問も、赤子の世話をしているうちに忘れていった。
オレが切望したマリィたちの帰還は、翌早朝だった。
さすがに同日の戻りは不可能だったらしい。
出迎えに行くと異様に消耗したリョーガが目に付いた。
「おい、どうしたんだ? お前は何でそこまで疲れてんだよ?」
「妾たちはか弱き女にすぎぬ。故に執政官殿に運んで貰ったのじゃ」
「運んでって、3人ともか? バッカじゃねえの!? 人使い荒いにも程があるだろ!」
「た、タクミさん……ただいま、戻りました」
「リョーガ、災難だったな。じゃあ、執務室に行って今日の仕事を片付けてこい」
「あなたが、一番、荒いと、思いますが……」
後ろ髪を引かれる思いで、リョーガを仕事場に放り込んだ。
すまんリョーガ。
お前じゃないと国政が回らねえ。
今日くらいは仕事を変わってやりたいが、オレは働くことが苦手なんだ。
「それはさておき。マリィ、赤子には何をやればいいんだ?」
「食事の話かの? それならば、ヤギ乳か牛乳をあげておけば良い」
「そうなのか。昨晩は魔人の女に母乳を分けて貰ってたんだが」
「ふむ。魔人のものでは薄いじゃろうな。乳幼児とは申せ、竜の化身じゃ。濃厚なもんをくれてやるがいい」
「ふぅん。濃厚なものを、ねえ」
何の気無しに目線を巡らせると、レイラと目が合ってしまった。
オレとしたことがヘマをしたもんだ。
このタイミングで自意識過剰女を見てしまうだなんて。
それから事態は予想通りの展開を見せる。
レイラは顔を真っ赤にして両手で自分の胸元を覆い隠した。
そして羞恥をフルチャージしてから抗議を始める。
「ちょっと! どうしてそこで私を見るのよ! 言っておくけど、出ないからね!?」
「わーってるよ、うるせえ。お前の汚ねえ乳なんか、この子に吸わせる訳ねえだろうが」
「汚いって、ひどい! あのね、これでもまだ誰にも、その、触らせて無いんだからね!」
「はいはい凄いね偉いね純潔だねークソ邪魔臭いからしばらく口閉じててー」
「ぞんざい過ぎでしょ。今に始まったことじゃないけどさ……」
半裸の女が不機嫌そうに黙り込んだ。
こいつは毎日のように胸元の開いた服と、極端に裾の短いスカートを履いてるのに、妙に身持ちが固い。
きっと貞操観念が歪んでるんだろう。
淑女扱いを受けたきゃ、それなりの格好ってもんがあるだろうに。
「そんな事よりタクミ様、あの子は今どちらへ?」
「寝室だ。今頃ぐっすり眠ってる……」
「ビエェェエエーーン!」
「……泣いておるようじゃぞ?」
「マジかよ、さっきまで寝てたハズだぞ!」
オレたちは急いで寝室へと向かった。
思えば随分と安請け合いをしてしまったもんだ。
愛らしさに負けて受け入れてしまったが、ワンセットとなる苦労を考えていなかった。
別に育児を軽んじてた訳じゃないが、全く想定していなかったのも事実。
子育てという戦いの過酷さを、オレはこれから嫌という程知る事になる。
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