蛇足の第1話 灰竜姫
蛇足の第1話 灰竜姫
「みなのもの、決して気を抜く出ないぞ! 死に繋がりかねん!」
マリィの悲痛な叫びが洞窟内に響く。
鋭く睨む目の先には、幾何学的な模様の上で燃え盛る炎があった。
それも普通の炎じゃあない。
どう見ても灰色という、奇妙な色味だった。
「なんて魔力……こいつはとんでもないバケモノよ。戦わずに、一度撤退した方がいいわ」
レイラが自分の肩を抱きながら、呟くように言った。
足も震えていて、立っているのがやっとという有り様だ。
「レイラよ、恐ろしいのは妾も同じじゃ。それでも討たねばならぬ。こやつを野放しにする訳にはいかぬのじゃ!」
「クソが。やるしかねぇってのか」
「タクミさん、このまま一戦を交えるので?」
「少し牽制をしてから、様子を見るぞ。敵わなきゃ逃げるしかねぇ」
目の前の炎は大きくなることはなく、むしろ萎んでいった。
それでも漂う禍々しさは変わらない。
どうやら周囲の魔力を吸い込むようにして集め、エネルギーが凝縮されていってるようだ。
「……止まった?」
揺らめく炎が動きを止めた。
辺りには静寂が訪れたが、それも束の間。
高さ1メートル程の炎が輝きながら、形を変えていく。
炎が人型に象(かたど)られると、熱波がゴウッと押し寄せてきた。
膨大な熱量の風が、髪や肌をチリチリと焦がしていく。
「現れたか、灰竜姫(はいりゅうき)よ! 妾たちが引導を渡してくれよう!」
「リョーガはオレと前衛! アイリス、マリィ、レイラは下がって援護! イリアは後列の護衛だ!」
熱で揺らぐ視界の中で指示を飛ばした。
たったそれだけでも肺が焼けるように熱くなる。
さらには口の粘膜も一瞬で乾ききってしまう。
戦う前から浮き彫りになる相手の潜在能力に、微かな戦慄を覚えた。
ーーポンッ!
現れたのは生物は、体長がせいぜいが50センチ。
竜と呼ばれる割に、妙に人に近い姿だ。
いや、着目すべきはそこじゃないか。
「なに、あれ?」
「見たところ赤ん坊のようです……けど」
「ようです、というか赤子そのものだろ。なぁマリィ?」
「むむっ!? こんなハズではなかったのじゃが……この力は紛れもなく灰竜姫なのじゃが……」
先程までの緊迫感は熱波に拐われたらしい。
それもそのはず。
目の前には、安らかに眠る赤ん坊が居るだけなのだから。
しかも攻撃や破壊を始める様子は欠片もない。
「なぁマリィさんや? 世界に災いを為す邪悪なバケモノが居るって言ってたよな?」
「いや、その」
「この子がそうだってのか? つうか、地底王の時もこんな感じだったよな」
「わからぬ! なぜ揃いも揃って愛らしく甦るのじゃ!?」
マリィが頭を抱える。
その気持ちはオレたちも同じだ。
この状況下で何をしろっつうんだか。
「さて、お前らどうするよ?」
「と、討伐……」
「赤子を手にかけろって? 嫌だね」
「じゃあ、封印を……」
「うーん。それも気がすすまねぇなぁ」
灰竜姫の方をチラリと見たら、ソイツと目が合った。
どうやら眠りから目が醒めたらしい。
宝石のようにキラキラ輝く目だと思った。
その輝きは次第に曇り、眼も湿り気を帯びていった。
口も『への字』に歪んでる。
この様子は、まずい。
「ビェェエエーーン!」
「やべぇ、泣き出したぞ!」
「凄い大泣きです、どうしますか?」
「よし、ともかく泣き止まそう!」
「いいの? だってこの子……」
「ゴチャゴチャ言うな! 悩むなんて後でも出来るんだよ!」
人里離れた山間の洞窟で、見知らぬ赤ん坊のご機嫌を取っている。
なんでこんな事態になったかというと、話は数日前に遡る。
そもそも発端は、マリィの話からだった。
その内容は『アシュレリタから北に進んだ山に、恐ろしい魔物が眠っている』という穏やかじゃないものだ。
ここ数日の間に魔力の波動とやらが急激に強くなっていて、目覚めの兆候があるとの事。
だから戦備えもそこそこに、急いでやってきたと言うわけだ。
その結果として、オレの腕に乳児が抱かれている。
いや、おかしいだろ。
抗議の目線をマリィに向けるが、ヤツは一瞥(いちべつ)もしないで顔を背けた。
こっち向けよ、首をへし折るぞ。
「それにしても、ずいぶんとタクミに懐いてるわねぇ。ニッコニコじゃない」
「懐かれても困るんだが」
「その割にはアンタも嬉しそうじゃないの。顔がにやけてるわよ」
「そりゃお前、あれだよ。可愛いからな」
頭に二本の角と、トカゲっぽい尻尾が生えてる事以外は、この子も人間と変わりなかった。
プクプク膨らんだほっぺ、丸っこい体。
全身で愛を求めるかのように、父性を刺激するフォルムだ。
さらにはオモチャみたいに小さな手。
その両手がオレの服を掴んでいる。
そんな事をされたら、もう……。
「よし、連れて帰ろう」
「まぁそうなるわよね。知ってた」
「良いのか? 今は無害やもしれぬが、いつ牙を剥くかわからんのだぞ?」
「だったら尚更手元に置いとくべきだろ。様子をみながら何とか対応する」
「ハァ……。また不発弾が増えるんですね」
賛否両論の空気だが、オレの一存で話は決まった。
なにせオレは王様なの。
逆らうヤツは頭ボーンってしちゃうの。
「さぁ、アシュレリタに帰るか」
「その子はタクミが抱いてくの?」
「そりゃそうだろ。オレ以外じゃ騒ぎになるんだから」
オレがこうやって抱っこする前に、他のやつらが既に試していた。
レイラ、マリィだと泣かれる。
リョーガ、イリアだと怯える。
それからオレが抱いて、ようやく落ち着いたのだ。
「あの、タクミ様。私はまだ試していません」
「せっかく安定したから動かしたくねえが、やるか?」
「はい。お願いします!」
「わかった。頭がまだすわってない。首の所を支えてやれ」
「わかりました……よいしょっと」
きっとアイリスでも泣かれるだろう。
そう思いつつ手渡したのだが、予想外の事が起きた。
「キャハーーッ!」
「ええ!? 笑った!」
「キャハハッ キャァー!」
「お、おいアイリス。一度戻してくれ」
「はい、わかりました!」
再びオレは胸元に赤子を抱いた。
すると、さっきまでの笑い声がピタリと止んだ。
笑顔ではあるものの、今の様子に比べたら機嫌も悪そうに見えてしまう。
ちょっとくすぐってみたり、頭を撫でたりしてはみたが、ついに歓喜の声は聞くことができなかった。
「決まりね」
「決まりじゃな」
「なんだよお前ら。何がだよ」
一歩離れたところでレイラとマリィが声を揃えた。
この上なく嫌な予感がする。
何せこの組み合わせからは、ろくなモノが生まれそうにないからだ。
「父役はタクミ、母役はアイリスじゃ」
「私が……ですか? 役目を果たせますでしょうか?」
「不安なのは分かるがの。誰もが『初めて』を経験するものじゃ。我らもサポートする故、励むが良いぞ」
「……はい! 精一杯がんばります!」
「おいお前ら、勝手に決めんな」
「じゃあ早いとこ下山しよー! こんなとこ長居しても意味無いもんね」
「無視すんなよ!」
オレの抗議も空しく、役割が決められてしまった。
12歳(推定)の母誕生の瞬間である。
この事実を前に、改めて転生後の世界で良かったと思う。
転生前の事であったなら、病的なロリコンとして世間から抹殺される所だった。
今のオレはただでさえ『足フェチ』という重たい枷(かせ)を付けられている。
これ以上バッドステータスを増やされるのはゴメンだった。
そんな不安と向き合ってある最中、連中は楽しげに歩き去っていった。
こちらの気持ちを汲もうとする気は一切無いらしい。
何とも愉快な仲間たちですね、クソどもが。
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