蛇足の第4話 鉄の掟
蛇足の第4話 鉄の掟
良く晴れた日は公園。
そんな事を自然と考えるようになったのも、子どもが居るからだろう。
ダイチがやって来るまでは、延々とベッドで寝てたもんな。
晴れの日も雨の日も風の日も、一日として休まずに。
「パパァ、ぼーるであそぼ!」
「いいぞ。ダイチから投げろ」
原っぱで、絵に描いたようなボール遊びが始まった。
ちなみにこの世界には『ボール』そのものが存在しない。
だから先日イリアに簡単に説明だけして、試作品を用意させてみた。
さすがに無理かなと内心思ってたよ。
しばらくして出来上がったのは、ビーチボールとゴムボールの中間みたいな物だ。
なめした動物の皮で作ったらしい。
割と軽いし柔らかいから、子供が触っても安全だ。
しかも小さなコルク栓まである。
これでメンテナンスも出来るから、後々長く使えますねってうるせぇよ。
要望以上の仕事をこなしつづけるイリアが不気味で仕方がない。
だから試作のボールを受け取ったときも、オレの返事は『ありがとう』でも『でかした』でもなかった。
「なんだお前。気持ち悪ぃ……」
と、本音中の本音が飛び出したのだ。
我ながら言いすぎたと思ったが、その心配は不要。
罵られたイリアが頬を染めて、身をくねらせだしたからだ。
そこでオレの目付きが、より一層厳しくなったのは言うまでもない。
そんな経緯で作られたボールだが、実用性は抜群だった。
ダイチはすっかり気に入ったらしく、外で遊ぶときは手放せなくなってしまった。
「パパァーいくよー」
「おう。いつでも良いぞ」
「やぁっ!」
勇ましい声と一緒に投げられたボールは、オレの手元どころか、中間地点あたりで転がる。
お前の腕力が可愛い。
今すぐにでも抱き上げたくなるが、ダイチはボール投げに夢中だ。
ここは慌てず泰然とし、息子の動きを見守る事にする。
それからダイチは何度もリトライするが、一度として長距離を飛ばせていない。
投げては追いかけ、投げては追いかけ。
世話を焼きたくなるがジッと我慢。
「何にせよ、良いもん作ってもらったな」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
「やっぱり居たのかよイリア」
「いつでもお側に。昼も夜も」
背後からの声について特に驚きもしない。
『夜も』の部分だけ若干うわずってたが、それも無視だ。
「子供にございますね」
「それは誰の事だ?」
「ダイチにございます。常識外の魔力を持つことを除けば、ごく普通の少年と言えます」
「そうだな。腕力も発想も幼い。あとは魔法がクリアできりゃいい」
普段は見かけないが、ごくたまにダイチは魔法を使う。
レイラやアイリスなんかとは比較にもならない、強力なものだ。
だから安全のためにも、何とかしてオレらで制御出来るようになりたいが。
「畏れながら、御懸念は不要かと存じます」
「なんでだよ。根拠はあんのか?」
「彼自身に危険が迫ったときにのみ、発動されております。力加減は不十分ですが、野放図でもございません。きっと本能がそうさせるのでしょう」
「手加減なぁ。この前、巻き添えをくったリョーガは結構な深傷(ふかで)を負ったぞ?」
「加減をしていなければ、リョーガ様は落命されていたかと」
「……まぁ、そうかもなぁ」
あれは先日、数人で森を散策してた時の事。
突然暴れイノシシが襲ってきたんだが、大人たちの反応が一呼吸遅れた。
だから倒したのはダイチの魔法。
イノシシと見間違われたリョーガが、第二波を食らって撃沈。
全治一ヶ月の怪我をしたことは、記憶に新しかった。
「オレたちは、ダイチをコントロールできると思うか?」
「可能です。前身の経歴にも関わらず、とても善良な人物ですので」
「そうか。そうだよな」
ダイチが純粋な笑みを浮かべたまま、オレたちのもとへ走り寄ってきた。
両手でしっかりとお気に入りのボールを抱えながら。
「ママ、あそぼ!」
「わかりました。ボールを使うのですね?」
相方のチェンジを言い渡されてしまった。
だからダイチはイリアに委ね、オレは大木の木陰へと向かった。
木の下には長椅子が置かれていて、そこにはアメリアを抱き抱えるアイリスがいた。
今度は娘の様子の確認だ。
自分がまるで浮気男のような気がして、何となく気まずい思いが過(よぎ)る。
「どうだ。アメリアの機嫌は」
「さっきミルクを飲み終えた所です。機嫌の方は……」
「エヒッ。エヒッ……」
「ちょっと泣いてんのな」
「うーん。眠たいのでしょうか?」
アメリアに教えてもらったのは、赤ん坊は眠るのが下手という事だ。
これまでは、放っておけば勝手に寝るもんだと思ってたが、とんだ認識違いだ。
眠い時にうまく寝つけないと、メチャクチャ泣きわめくのだ。
「ェェエエーーン!」
「おっと、本格的に泣いちまったな」
「どうしましょうか。一度家に戻った方が……」
「ギィヤァァアアーーッ!」
アメリアに教えてもらったこと、その2!
赤ん坊は遠慮無しに大声で泣く!
耳いってぇ!
「ああぁ、今までで一番激しい泣き方です! なんとかしないと!」
「……ちょっと待て。何だこの魔力は!?」
泣きわめくアメリアの前に、2つの火球が浮かび上がった。
そのうちの一つがオレに飛んできた。
「クソッ! あっちい!」
激突前に迎撃できたが、かなりの熱量だった。
直撃すれば怪我、下手すれば命を落とすかもしれない。
少なくとも一般人にとっては危険すぎるものだ。
「イリア! そっちにいったぞ、避けろッ!」
残りの火球が飛んでいった。
ダイチとイリアに向かって一直線にだ。
さらにはその2人の背後には民家がある。
避けりゃ良いってもんじゃない、何とか向きを反らさねぇと!
「なにすんだよぉーーッ!」
幼い金切り声が響く。
すぐさま高密度のエネルギーが集まりだし、ダイチの前にも火球が現れる。
そして向かい撃つように放たれ、真っ正面から激突した。
ーードォオオオッ!
互角の火勢が炎の向きを天に変えた。
まるで逆流する滝のようだ。
そして辺りに熱風を巻き起こし、消えた。
被害はほぼ無し。
地面をほんのり焦がし、香ばしい臭いを漂わすだけに留まった。
「おい、大丈夫か!?」
ダイチが地面に倒れこむ寸前、イリアが抱き抱えた。
「ご心配には及びません。力を使い果たして眠っただけです」
「そ、そうか……。マジで焦ったぞ」
「あれくらいの猛々しい情熱で、陛下に愛されたく思います」
「時と場所を考えろ。骨も残さずに焼き尽くすぞ」
一方アメリアも、スヤスヤと寝入っていた。
ずいぶんスッキリした寝顔だよ、まったく。
冷や汗をぬぐう大人たちに対し、子供たちは揃って夢の世界に遊びに行ってしまった。
この日を境に、我が家には鉄の掟が誕生した。
ひとつ、子供たちを激昂させないこと。
ひとつ、子供たちだけで過ごさせないこと。
破ったものは、ケツビンタ(破)の刑に処す。
一部の者を除き、掟は厳密に守られる事となる。
ちなみに頻繁に破ったヤツはイリアだ。
あまりの酷さに問い詰めようとしたが、やめた。
恍惚とした表情でヒップサイズを膨らませる姿を前にして、もはや言葉はなかったからだ。
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